2 - 11 「夢に見た魔法」
(う、うぉおおおおお!?)
ハルトは、自身の右手から火炎放射の如く大量に吹き出す業火に圧倒されながらも、目の前の
だが、目の前の
(お、おいおいおい、来てる来てる来てる!)
『やはりか……
(なっ!? それ早く言って!? じゃあ火系の攻撃じゃダメじゃん!?)
『だからワシは言っただろう。火属性の攻撃は有効打にならないと。それをお主はなんでもいいからと……』
(わ、分かった分かった、その件は俺が悪かった! だから、は、早く、他の魔法を!)
『知らん。ワシは炎を出すしかできん』
(うぇえええ!? つ、使えねぇええ!)
『フンッ、失礼な奴め。記憶がないと言いながら、ハイデルトと同じことを言いおる。大精霊に対してそんな無礼な発言ができるのも、世界でお主くらいだぞ』
この世界での大精霊との契約は、大きく二つのメリットがあるとされる。
一つは、大精霊の持つ莫大な
もう一つは、大精霊の使える魔法が使用可能となること。
他にも大精霊の知恵を拝借できたり、大精霊が扱う属性の精霊に好かれたりする等、様々な恩恵が得られるはずなのだが、仮に契約者が大精霊に匹敵する量の
そして契約には当然、リスクも存在する。
それらを天秤にかけ、ハイデルトが使えないと判断したのかどうかは定かではないが、恐らくそういうことであろうことはハルトでも想像がついた。
少なくとも、大精霊の名に相応しい多彩な魔法を駆使できるようになると期待したハルトには、正直肩透かしを食らった印象が大きい。
そんなハルトに、
(うおっ!? 危ねっ!?)
空を切る
その籠手は熱により赤く光っている。
すかさず、距離を取るハルト。
(やばいやばい…… あんな高温の鉄の塊に捕まったら最後、死ぬより辛い生き地獄行きだよ…… 生きたまま鉄板で焼かれるのは勘弁…… )
『安心しろ。お主はワシと契約した恩恵で、火や熱に対する耐性が高くなっているはずだ。焼かれ死ぬようなことは起こらんだろう』
(そ、それは不幸中の幸い)
『それよりも、何か他に手はないのか?』
(それはこっちの台詞だって! くっそ…… この世界の記憶とか夢で見た奴しかないし…… )
ハルトがいつぞやに夢で見た雷撃を思い出す。
手から雷を放ったあの夢を。
『まだ手はあるではないか。お主のいう夢は、恐らくハイデルトの記憶だろう』
(え…… 考えたイメージまで見えるの?)
『見えるぞ。ワシら大精霊との契約とはそういうものだ』
(それは…… プライバシーも何もあったもんじゃないな…… )
『プライバシー? なんだそれは』
危機的な状況でも、呑気に話を脱線させる
(駄目だ…… なんて詠唱していたかまで思い出せない…… )
『雷撃を放った感覚を覚えているなら、その膨大な
(それだ! それでいこう!)
落ちた大剣を手に取り、ハルトへと迫る
その巨体へ向けて、両手を突き出すハルト。
イメージするのは雷。
だが、相手は全身鎧だ。
ただの雷では、電気が鎧の表面を伝って大地へと流れ、内部には影響がないかもしれない。
なので、そこへフィクション上のイメージも混ぜ込んだ。
追加で込めるのは、アニメでよく登場するプラズマ砲やら荷電粒子砲のイメージ。
より強力に、より強大に。
全てを一瞬で蒸発させるような雷撃をイメージする。
体内を流れる
そのイメージに近づけようと、膨大な
そして発現する数多の紫電。
突き出した両手には、白く発光する球体が発現し、四方八方へと眩い光を放つ紫電を伸ばし始める。
その形状は、ハルトが過去に科学博物館で見たプラズマボールのそれに酷似していた。
バチバチという電気の走る音が徐々に大きく、激しくなり、紫電の落ちた地面が抉れ、土埃を舞い上げていく。
『な、なんという
(じゃ、邪魔すんなって…… 集中集中集中!)
雑念を振り払うハルト。
さすがにこの状態で集中を途切れさせると、大爆発を起こしそうで気が気ではない。
対する
大剣が回転しながらハルトへと迫る。
(投げてくると思ったよ! おらぁ! いけぇぇえええ!!)
その刹那、閃光が走る。
白に支配される空間、そして視界。
直後、爆音と衝撃がその場にいた全員を襲った。
それは筋肉を弛緩させる程の、途轍もない爆音であり、衝撃であった。
ゆっくりと閃光が消え、視界が元に戻ってく。
そこには、楕円状に大きく消失した地面だけが存在していた。
◇◇◇
「ま、まさか…… 本当に…… あいつは……」
ジーディスだけではない。
その場に居た全員が、ジョーカーの行使した魔法に唖然としていた。
だが、それも一瞬。
次の瞬間には、会場は割れんばかりの大歓声に包まれた。
コロシアムという殺戮ショーを見世物とする場では、自身に被害の及ばない出来事は全て演出として消化される。
ジョーカーが放った閃光も、
意図してハルトが制御したのかは怪しいものだが……
「メイリン! 至急、魔封じの結界に加え、
ジーディスが端麗な容姿を歪ませながら叫ぶ。
メイリンはジーディスの突然の剣幕に怯みつつも、側近としての助言を呈する。
「よ、宜しいのですか? 最悪ジョーカーが魔力欠乏で死ぬ可能性が……」
「君は一体何を見ていた! 君もジョーカーの放ったあのデタラメな魔法を見ていただろう! あれがもし内壁まで届いていたらどうなったと思う!? シールドなど簡単に突き破る程の威力だったぞ! 奴を取り逃がして被害が出るのであれば殺してしまえ!!」
ジーディスに指摘され、メイリンは遅れて気付くことができた。
ジョーカーが纏った、異常な程に、濃厚で濃密な
メイリンの顔が見る見るうちに青白くなっていく。
「は、はッ! 直ちに対応させます!!」
「今いる精鋭を全て掻き集め、ジョーカーを取り押さえろ!!」
「はッ! カーン! 私に付いて来い!!」
「りょ、了解であります! 副館長殿!」
メイリンとカーンが、王の観覧席から慌ただしく退出する。
その二人を見届けず、ジーディスはすぐ様視線をジョーカーへと戻した。
「ジョーカー…… いや、あいつがハイデルトであるなら…… くくく、くはははは! やった、やったぞ! 大手柄だぞ! これで地方要塞の幹部から王都の将軍クラスへの昇格も可能になった! 奴がハイデルトなら、
一時はジョーカーの異常な力に驚愕し、最大の警戒を抱いたジーディスではあったが、既に彼の思考は王都への凱旋のことで埋め尽くされていた。
「くくく…… 本当によく来てくれたよ、ジョーカー、いや、ハイデルト。心から歓迎するよ」
◇◇◇
隣の客と会話が出来ない程に、会場は熱狂的な歓声で溢れている。
ほぼ全ての客が足を踏みならし、このショーへの幕引きを望んでいた。
最高潮に達した観客が次に求めたのは、ミーニャの断罪である。
既に勝敗は決している。
それは観客も理解している。
故の断罪要求だ。
そう、ここは罪人同士が自らが犯した罪を後悔しながら闘い、裁かれる処刑場でもあるのだ。
観客達はその処刑を、いつも行われている恒例行事を求めたに過ぎない。
そしてそれは、その場にいる全員が知っている事実でもある。
一人、この世界の住人ではないハルトを除いて……
(もしかして…… 俺が猫耳を殺さないと、この試合は終わらない?)
観客の一人が呟いた「殺せ」という掛け声は、まるで水面に水滴を垂らしたかのように、瞬く間に周囲へと広まり、ついには会場全体を震わす程の大合唱となって場を支配していた。
そして観客達が床を踏み鳴らす衝撃は、地響きとなって、地面に転がる小石を踊らせている。
司会が興奮気味に何か話しているが、それも観客達の大合唱に紛れて上手く聞き取れない。
(狂ってる…… 女も子供も、皆…… くそ…… 民度低すぎだろ! 幻滅だよ!!)
すると、突然、全身から力が抜けて行くような感覚を覚えた。
(ん? 今何か……)
『
(えっ? あ、ほ、本当だ……)
ジョーカーを警戒して壁に背を預けていたミーニャが、胸元を掴んで苦しそうにしている。
その顔はみるみるうちに青白くなっていく。
『あの猫耳はあと数分も保たずに死ぬだろう。すまぬが、ワシも限界のようだ。少し眠る』
(ええ? あ、おい! まだ寝るな! おい! おいってば!)
まだ窮地を脱してないのにも関わらず、突然眠ると言い残し応答が途絶えた
(く、くそっ! どうすれば……)
嘆いていても状況は変わらない。
すぐ様自分でどうにかしなければと気持ちを切り替える。
まずは今にも気を失いそうなミーニャをどうにかしよう。
そう考えたハルトは、必死に夢の記憶を振り返った。
(そ、そうだ! あの夢! 女の子を目の前から消したあの夢だ! あれは…… きっとあれは転移魔法だったはず!)
夢に見た魔法行使の感触を必死に思い出しながら、ハルトはミーニャの前へと駆け寄った。
そのハルトの行動に、観客はついに審判が下されると喜び、ハルトが自身に向かって走ってくるのを見たミーニャは、恐怖により今にも落ちそうになっていた意識が一時的に復活したかのように目を見開き、顔を大きく引きつらせた。
「こ、怖いニャ…… 誰か助けてニャ……」
ミーニャに近付き過ぎると、そのまま白目を剥いて気絶するかもしれない。
そう感じたハルトは、適度な距離を保って止まる。
そして右手の掌をミーニャへ向けた。
そしてイメージする。
目の前の対象を別の場所へ転移させるイメージだ。
(し、集中! 集中! 集中!)
すると、掌に光の粒子が溢れ始めた。
「い、嫌だニャ…… 死にたくないニャ……」
ミーニャはとうとう地面にへたり込み、そのまん丸した両眼から、大粒の涙をポロポロと溢れさせた。
自分が殺されるとでも勘違いしたのだろう。
あの魔法の後ではそれも仕方のないことだと思う。
((大丈夫だから。俺がここから逃してやるから))
「え?」
まるでハルトの思考が伝わったかのように、今の今までペタンと倒れていたミーニャの耳がピンと上を向いた。
そしてミーニャの足元に突如出現する青白く光る魔法陣。
((外に出ても悪さすんなよ? 助けた相手が殺人鬼でしたーなんてなったら笑えないしな……))
「!?」
ミーニャの耳がピクピクと動き、その瞳はありえないものを見たかのように大きく見開かれた。
その顔は先ほどの絶望感よりも、自分の身に起きたことが理解できないといった表情に見えた。
次の瞬間、魔法陣から眩い光の柱が上空へと放たれ、その光は上空を覆っていた結界をぶち破る。
パリーンと何かが割れる音が響き、砕けた魔法障壁の欠片が、光の粒子を煙のように纏いながら上空から降り注ぐ。
観客達は、その幻想的な光景を、口を開けながら眺め、固まっていた。
◇◇◇
「な、何が起きた!? 奴は何をした!?
先ほどの喜びの表情から一転、ジーディスの顔は再び驚愕の表情を浮かべていた。
そこへ、息を切らした兵が一人、駆け込んで来る。
「か、館長! 上空の魔法障壁が、や、破られました!」
「魔法障壁が!? そんな馬鹿な!?」
理解を超えた報告を聞き、ジーディスの左目はピクピクと痙攣し始めた。
自身の目にも、魔法障壁が破られたであろう光景はしっかりと確認している。
その報告も兵から先程聞いた。
しかし、その事実を直ぐ様受け入れられなかったのだ。
「くっ…… フィールド側面の結界はどうなってる」
「は、はっ! 破られたのは上空の魔法障壁だけであります! フィールド周辺の魔法障壁は未だ健在です!」
「
「は! 故障等の報告はありません!」
「ならば今いる兵士を全員集め、完全武装させよ。
「え、あ、はっ! 了解であります!」
ジーディスの命令を受けたその兵は、一瞬、ジーディスが何を言っているのか理解できなかった。
上空の魔法障壁が破られたといっても、まだフィールドには魔封じの結界があるし、何より
いくら熟練の魔導師といえど、
心の中では「そんなまさか」「そこまで警戒しなくとも」と思いつつも、上空の魔法障壁を破られたことも前例のないことであったため、命令を受けた兵士は自身の非常事態認識を一段階引き上げたのだった。
兵がジーディスの命令を遂行するため、直ぐ様退出する。
それを見届けたジーディスは、自身の自信が足元から音を立てて崩れるような、そんな不安感を感じ始めていた。
◇◇◇
―― エリア3、人族房 ――
「おいおい…… ジョーカーの奴、とうとう見た目からして完全な化け物になっちまったぞ」
無精髭をじょりじょりと右手で擦りながら、キングは舎房の壁面に設置された
勿論、
この魔液晶装置は、録画用の魔結晶で撮影された映像を投影させる装置だ。
コロシアム開幕時のみ、舎房へも放送されるため、囚人達唯一の娯楽にもなっている。
いつもであれば観客席以上の盛り上がりを見せるコロシアムショーも、ジョーカーの異常性の片鱗を味わったことのある囚人達にとっては、かの地獄の記憶を呼び覚ます恐怖映像となっていた。
キングの隣で同じく
「あれは大精霊と契約した証ですの。ジョーカーが
「あの牛が大精霊かよ。それも驚きだが、あいつはどうやって契約したんだ?」
「知らないですの」
「知らんのかい! まぁいいや。あんな角生やしたくねーしな」
「角のことなんでどうでもいいですの。それよりもジョーカーが猫耳に使った魔法の方が気になるかしら」
「空まで突き抜けた光の柱か? 俺は
「あれはバカみたいに膨大な魔力を凝縮させてぶっ放しただけの雷魔法ですの。原理は単純かしら」
「本当かぁ? お前また知ったかぶりして…… いダダダ!? いちいち噛み付くな!」
「ぺっ! ぺっ! なんだかしょっぱかったですの……」
「自業自得だ。あの雷はララも使えるのか?」
「無理に決まってるですの。あなたはバカかしら」
「だってお前、原理は単純って言ってただろ……」
「膨大な魔力が必要とも言ったですの。A級魔導師を1000人くらい集めてくれば可能…… かもしれないくらいの大量の
「……おい、世の中ではそれを不可能って言うんだぞ」
「キングのちっぽけな世の中の物差しなんて知らないですの。興味もないかしら。それよりも問題はあの猫耳に使った魔法なのよ!」
「あれがどうした?」
キングがいつものやる気のない顔をララへと向ける。
ララは腕を胸の前で組みながら、難しい顔で
「恐らく…… 転移魔法ですの」
「……は?」
間抜けな声を上げるキング。
その顔は、ララを苛つかせた。
「イダッ!? 何もしてねーだろ!? 何で噛み付いた!?」
「むかついたですの。バカキングにバカにされた顔をされたかしら。不愉快を通り越して吐き気がしたのよ」
「言われたい放題だな。で、転移魔法っていうのはマジか?」
「マジですの。猫耳は消滅したんじゃなくて、どこかに飛ばされただけかしら」
「ほぉ~。それが本当なら由々しき事態だねぇ~」
キングの口元がニヤリと歪む。
「脱獄のチャンスですの!」
「バ、バカ野朗! 大声で言う奴がいるか!」
「ギャッ!?」
キングの拳骨がララの後頭部に沈み、今度はララが短い悲鳴をあげた。
ララが良くもやったなと反撃に噛み付き、それを必死にキングが引き離そうと取っ組み合いになる。
周囲の囚人達にとってはいつもの見慣れた光景だった。
「お、おい! なんだか様子が可笑しいぞ!」
「兵士が大量に出てきて何するつもりだ?」
囚人の誰かが叫ぶ。
その声に釣られて再び
その
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