2 - 7 「新しい二つ名、ジョーカー」

 メイリンとの事件から数日が過ぎ、なんとか回復したハルトは、キングから新たな呼び名を貰った。


 その名は、ジョーカー。


 何をしでかすか分からない。


 そしてどんな強敵でも最強の切り札に成り得る存在であり、誰にも理解できない異常者に相応しい二つ名だと言われた。


 因みにクイーンが、ララ。


 「ですの」とか「かしら」と語尾が特徴的な口の悪い娘だ。


 どうやら小人族らしい。


 魔術全般に詳しいみたいな自慢をしていた。


 自称なので、本当かどうかは分からない。


 ジャックは、ハルトが来る数日前にコロシアムで死んだとのことだった。


 二つ名を貰ってからは、舎房の上から三番目の場所で、比較的楽をさせてもらっている。


 小間使いとなる専属の囚人が付き、身の回りの世話をしてくれるのだ。


 舎弟にさせてくれとお願いされることも増えたが、全て断っている。


 どうやら、初日の激闘と、メイリンの拷問に耐えたという事実が、囚人達の中で伝説となりつつあるようで、少し気まずい。


 磔房で起こったことについて、キングは誰にも話していない様だった。


 息子の治療もしてくれていたりと、頼れる兄貴分であることは間違いない。


 女にはだらし無いが、女の囚人が強姦されないよう、最上階から順に住まわせるなど、独自のルールを作ったらしい。


 キングがキングであり続ける限り、そのルールは絶対とのことだ。



「おい、ジョーカー。調子はどうだ? 息子は治ったか?」


「流石に毎日毎日気色が悪いですの。キングはそんなにこの男のナニを気にして、回復したら一体全体どうするつもりなのかしら。きっと、焼いて食べようとでも考えているのよ」


「ララぁ、さすがにそれ自分で言ってて気持ち悪くねぇ〜か?」


「気持ち悪いですの…… うぇーおぇーかしら……」


「そう言うララこそ、なんでジョーカーのとこにいるんだよ。もしや…… 惚れたか?」


「なんでわたしがこんな奴に惚れるのかしら。まぁちょぴっとばかし、ほんのすこーしだけ、ジョーカーの魔力マナに触れていると心が落ち着くことだけは確かなのよ」


「ほぅ…… ってことはやっぱり、あれか?」


「あれですの。魔縛りの印で抑えきれない分が溢れ出ているかしら。凄い魔力マナ保有量なのよ」


「まぁ、そうじゃねぇ〜と初日のあれは無理だろうしな。俺でもここだと金色獅子キンシシは発動できて一瞬なんだぜ? それをずっと維持し続けるなんてどうかしてるっての」


「確かにジョーカーのあれは異常ですの。でも、ジョーカーの力があればここから逃げることも不可能じゃないかしら」


「おいおい、ここから逃げるなんて軽はずみに言うなよ。どこにスパイがいるかも分からねぇ〜んだから。またとばっちりはごめんだからな?」


「チッ、飛んだ腑抜けですの。いいかしら。わたしはジョーカーと一緒に逃げるのよ。その時にベソかいてお願いしてきても聞いてあげないかしら。プンスコ」


「プッ。プンスコってなんだよ。相変わらず小人族は面白い怒り方するのな…… って、バカやめろ! 痛い! 噛み付くなっ!」


「キーッ! 小人族をバカにするのは許さないですの! 覚悟するかしら! ガブガブ!」


「痛ッ! イテテッ! おいっ! いい加減に……」


「あ、あの……」



 キングとララのじゃれ合いはいつもこんな感じだ。


 そして、その会話に割り込むのはかなりハードルが高い。


 ハルトが引っ込み思案気味にオロオロとしていると、不意に大扉についている小窓の開く音が鳴り響いた。


 金属と金属の擦れる非常に不快な音だ。



「よく聞け囚人共! 明日の昼、コロシアムで試合を開催する! 出場者はハルト、一名だ! 準備しておけ!」



 囚人達がざわめく。


 それもそのはずだ。


 ここでのコロシアム出場は、半ば死刑宣告に等しい。


 生きて帰ってくるには、敵を殺すしかない。


 命を賭けた殺し合いの場である。



「意外に早かったな」


「ジョーカーが仕出かしたことを考えれば遅いくらいですの。舎房の床にクレーター作った囚人を、わたしは過去に知らないかしら」


「こ、コロシアム……」


「ジョーカーなら大丈夫だろ。初日にここで暴れたことをもう一回やればそれで済む」


「心配することないですの。ちゃちゃっと相手の首をチョンパして戻って来るかしら」


「いや…… でも……」


「なんだ? まさか殺せないとか言い出さないだろうな?」


「それは……」


「殺すのが嫌なら勝手に一人で殺されればいいですの。ジョーカーが死んでも誰も悲しまないかしら。プンスコ」


「プッ、だから笑わせんなって言だだだだ!? 噛むな噛むな!!」


「ガブガブガブガブ」



(殺さなければ、殺される…… か。確か、前世はそうやって殺されたんだっけな…… でも、もしこの手で人を殺めたら…… 来世は……)



 来世を手放すか、自らの命を手放すか……


 ハルトはまた大きな選択を迫られている気がしていた。



「もし、相手を殺すことに罪の意識を感じてるのなら、自分の命を無闇に捨てることも同じくらいの罪だと、頭の悪いジョーカーに教えてあげるですの。覚えておくといいかしら」



 ララの言葉がハルトの心に深く突き刺さる。


 もし、ララの言葉が正しいのであれば、ハルトにはもう来世への道が閉ざされたことになる。


 それは死後を知るハルトにとって、本当の意味での死を意味していた。




 そして翌日――




 ハルトは、演出用にと渡された仮面を被り、コロシアムへ出場することになる。


 観客で埋め尽くされたコロシアムの会場に、ジョーカーの名が盛大にアナウンスされ、その直後、観客の歓声により地面が微かに揺れた。


 観客は盛り上がり、目の前で起きる殺戮ショーを今か今かと楽しみに待っている。


 その狂気に触れ、呆然と立ち尽くすハルト。


 その心の底では、どす黒い何かが蠢き、外の狂気を求めて呻き声を上げるのだった。

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