2 - 6 「亡国の記憶」
ハルトはまた夢を見ていた。
いつぞやに見た夢だ。
また空を飛んでいる。
心の不安を掻き立てるような、それでいて吸い込まれそうな夕闇に染まっていく空だ。
(……夜?)
その空を見つめながら、前回とは異なる様子に違和感を感じた。
違和感は大きく二つ。
一つは、全裸ではなく、漆黒のローブを身に纏い、全身を隠していたこと。
もう一つは、前回とは真逆の感情が身体を支配していたということ。
今にも爆発しそうな怒りが、身体の中で暴れ回っている。
理由は分からない。
分かるのは、ただ猛烈な怒りに支配されているということだけだった。
だが、怒りに任せて八つ当たりする訳でもなく、怒りを内に秘めたまま、どこかを目指してひたすら飛び続けた。
(どこまで行くんだろ……)
険しい山々を越えると、闇夜に数多の灯りがキラキラと輝く、大河に囲まれた大都市が見えた。
空には暗雲が立ち込めており、たまにポツポツと雨粒が顔に当たる。
(あ、人だ……)
都市を囲むようにしてそびえる城壁に近づくと、城壁の上にいた兵士が何やらこちらを指差し、叫んでいるようだった。
だが、またもや音は聞こえない。
夢の中なのに、聞こえる音はなく、入ってくる情報といえば、自由の利かない視界から入ってくる景色と、断片的に流れてくる感情のみだ。
(これって…… やっぱり…… この身体の…… 記憶?)
城壁にいた兵士を無視してそのまま都市の上空へと進む。
すると、一際大きな建物から、その広い園庭へと、大勢の人が出て来たのが見えた。
目的の人物がいたのか、その建物へと下降していく。
園庭に出ていた中に、一際豪華な服を着た男がいた。
その男へ向けて、何か言葉を投げかける。
勿論、何を話したのか、ハルトには分からない。
分かるのは、ただ口を開けて、何か言葉を話していることだけ。
男が何か叫び返した。
その表情は怒りに満ち溢れている。
その男の怒りが伝わったのか、はたまたその男の言葉が逆鱗に触れたのかは分からないが、どうしようもない怒りの感情が、再び身体を駆け巡った。
(誰だろう、あのおっさん…… 知り合いかな。嫌な感じだ)
行き場のない怒りが、出口を求めて身体の中で暴れ狂う。
ふいに、左手を空に向けると、大地を一瞬真っ白に染める程の強い閃光が走った。
閃光は稲妻となり、瞬く間に雨雲へ到達。
その衝撃に、庭でこちらを警戒していた多くの者が腰を抜かして尻餅をついた。
(はは…… 脅したのか。ちょっとスッキリした)
再びその男へ向けて何かを話す。
だが、男が首を縦に振ることはなかった。
ほんの一瞬だけ、何故分からないんだという焦燥感を感じるも、急激に冷めていく感情に上書きされ、もうどうでも良くなってしまう。
(頑固者は、どこの世界にもいるんだな。こっちは善意で助けてやろうとしてるのに…… いいよ、そんな奴等。見捨てて…… ん? 善意? 助ける? 俺何を……)
ポツポツと降り注いでいた雨足が急に勢いを増し、外に出ている者達を濡らし始めた。
時より上空から閃光が迸っているのだろうか。
その度に視界が一瞬明るくなり、こちらを見る者達の目に怯えが強くなっていくのが分かった。
ボソリとまた何かを口ずさみ、そのまま高度を上げていく。
ふと、その建物のテラスから覗いていた少女と目が合う。
その少女は、ブロンドの髪を一つに束ね、胸元へと垂らしていた。
その胸元で両手を結び、怯えるようにしてこちらを見つめている。
そして、その横には剣を構える褐色の美女が、その白い耳をギンギンに怒らせながら、こちらを最大限警戒していた。
(せめて、この子達だけでも……)
その少女と美女へ向け、手を伸ばす。
怯える少女と、警戒する美女。
ふと、視線を少し下に向けると、先ほど話し合っていた男が、目を見開きながら、また何か叫んでいる。
その顔は先ほどとは違い、焦っているようだった。
再び少女と美女に視線を戻す。
その二人に向け何かを口ずさむと、突如二人の足元に青白く光る魔法陣が出現した。
牙を剥きながら叫ぶ美女を無視し、魔法を行使する。
すると、魔法陣から眩い光の柱が上空へと放たれ、次の瞬間、二人の姿は光とともに消え去っていた。
(そうだ…… それでいい……)
伸ばした手に大量の雨が当たり、弾かれ、消えていく。
同じように、園庭から放たれ続けている弓矢もまた、身体に触れた瞬間に弾かれ、跡形もなく消え去っていった。
地上からの攻撃を気にすることなく、そのまま上空へと上昇していく。
都市全てを一望できる高さまで上がると、地上へ向けて掌を向け、また何かを口ずさんだ。
都市の至る所で、無数の紅い光が発現し、まるで停電したかのように、一斉に全ての光が消え去った。
それを見届けると、都市の上空から飛び去る。
城壁を越え、更に大河を越えたところで、同じように漆黒のローブに身を包んだ者とすれ違う。
それを見て、心がズキリと痛む。
(俺は…… 俺は……)
大河の先にある山頂から都市を振り返ると、そこには一面を真っ赤に染め上げた、地獄にいると錯覚させる様な、闇よりも更に濃い黒煙を巻き上げながら、轟々と燃え上がる火の海が見えた。
そして、ハルトの意識は再び闇へと沈んでいった。
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