続 がんばれ!はるかわくん! -10-
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咲 伯
《 DATE 2月14日 午前10時18分》
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一番近くのパーキングに「満」の文字が見えたので、
まーまー。すぐ向こうにも「P」って見えるから。
ところが、平日のこの時間帯は、ここらのパーキングには満車が多く、路肩にもコンビニや宅配業者の貨物トラックがほぼ隙間なく詰め込まれている。
さすがの冷水もこの事態は計算外だったようで、ようやく駐車できたのは、春川のアパートから500mほど離れたコインパーキングだった。
「なにか聞こえますか。」
冷水は無表情でイラだっている。
実はさっきイヤホンにいやな声が入ったのを聞いた。
―― オオクボがどうなってもいいのか
「ええとね。」
ぼくがだまってしまったので、冷水は自分のスマホを取り出し、耳にイヤホンを取り付けてアプリを開く。
冷水は顔色を変えた。(やばい。)
「冷水、」
とたんに車から飛び出そうとするのを、後ろから服をつかんで引っ張り戻す。
冷水が驚いて振り返った。
「行かなければ」
ぼくは口に人差し指をあててみせる。(様子が見たい。)
冷水はぼくを睨んだまま車のドアを閉める。
「…春川になにかあったら」
「ダッシュすればスグだよ。」
「あなたでも許さない。」
「うん。殺されてもいいよ、冷水になら。
…だから、ちょっと。春川がどうするか見たいんだ。」
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冷水の考えでは、春川が最も危険にさらされるのは昨日までだった。
春川の後見人であり、なおかつ春川の天敵でもある
今まで「管理」の名目で春川の財産を着服していた佐東は、今後もその影の実権を失わないよう、逃亡を続けようとする春川に接触を試みるに違いない…というのが冷水の読みだ。
佐東は、この数日、やっきになって春川を探しまわっているらしい。
奇遇にも春川は、その最も危険な最後の1日を、ぼくの家にいることで回避することができた。
だが冷水は念を押して、今日1日、春川の周辺を張り込みたいと言ってきたのだった。
正確には、春川が入居している部屋の隣の空き室を借り、しばらくの期間張り込みたいと言われたのだが、さすがにやり過ぎだろうとぼくが止めた。
…ちょっと春川に嫉妬したというのも、まあ、あったりして。(いーなあ、春川。)
とりあえず冷水は、春川が出て行く前にいくつか仕掛けをした。
盗聴器が3つ。
春川のかばんの中と、服の裏地と、スニーカーの布地の間。小型のやつだから、万が一見つかっても春川は何かの部品の一部かと思って怪しむことなくそれを捨ててしまうだろう。
冷水はバイトのころのように春川に携帯電話を持たせたがったが、春川は頑として受け取らなかったので、苦し紛れに箱にしかけた。(というか、春川がバイトのころから携帯を発信機として使い、春川の位置情報を確認していた冷水、こわい。)
箱はすぐに捨てられるよ、と言ったら、多分発信機は無事だと言うので、冷水が言うならまあそうなんだろうとそれ以上は何も言わなかった。
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そんな次第で、2人で近くのパーキングに車をとめて、今日1日、春川の行動を探ることにしたのだ。
が。
いきなり予感的中だったようで、春川の部屋には、明らかに今、誰かがいる。
危ない。
そいつが佐東だとして、佐東が危ない。
今の冷水は春川に危害を加える人間に容赦がない。(さっきの様子だと、ぼくすらもすでに安全圏にはいない様子)
イヤホンのなかでは、現在、春川以外の声が、神崎麻衣について話している。
やがて、春川の声が聞こえた。
―― 来ないでください!
(おお!)
いいね。
多分その台詞は、「飼われていた」頃には佐東には言えなかった種類のものだ。佐東も少しは怯んだろう。
冷水を見て(よしゃ)と小さくガッツポーズを作ってみせたが、冷水はまったくの無表情でぼくを見た。安心させるために少し笑って、またイヤホンに耳を傾ける。
―― 俺の通帳です。全部揃ってます。黙って持ち出して、すみませんでした。
やっぱりあの通帳の束は、家出する前にどうにかして持ち出したやつだったんだな。やるな、春川。それは佐東も怒ったろう。
―― だからもう、俺につきまとわないでください!
…これは、本当に、春川は佐東に勝てるかも知れないぞ。
ぼくは割と楽観的に様子を眺めていたのだが、しかし、ここで風向きが変わってきた。
佐東が、「オオクボ」とやらの人物の話を始めたのだ。春川の知り合いらしい。
どうやら佐東は、春川の居場所を探るために、安いゴロツキを雇ってオオクボを襲わせ、吐かせようとしたようだ。
まずい。脅しだから、おそらく内容はかなり誇張されて、虚言もだいぶ混ざっているはず。果たして春川に耐えられるか…
「嘘だ。」
冷水が悔しそうにつぶやく。
「オオクボは、確かに先日複数名の男たちから暴行を受け、現在は市内の病院の外科病棟に入院していますが、ケガの程度は打撲や打ち身程度で、後遺症として残るようなものなどはなく、経過は良好で、近日中にも退院予定です。」
早口で教えてもらう。
(うん。冷水、きみ、こわい。) でも、
「春川にはそんなこと、わからないからなあ…」
純真無垢で無防備な春川の心にとって、今、佐東が話している内容は、酷でしかない。
そして予想どおり、春川は大きくブレはじめた。動揺で声が震えている。冷水がぼくを見る。佐東を越えられるか、春川。
――「パンッ」
何かが弾ける音と、ゴトゴトとものがぶつかりあう音がした。音声が乱れる。しばらくして、春川のかすかなうめき声。
「撃たれた!」
ヒミズが声を荒げる。(いや、まさか。)
「行きます。」
「…わかった。あ、ちょっと待って、相手が武器を持ってるとしたら…」
「銃なら私も持っています。」
冷水は今度こそ車から飛び出した。
えっ…!
(こらこらこらこら!なんに使うのそれちょっと!)
さっきの目つきはヤバ過ぎないか。
(ああ~もう!)
こっちも全速力で冷水を追う。針のような細い小雨が降っている。
冷水に何かあったら佐東のせいだ。
今の冷水は佐東を本気で殺しかねない。
冷水のことだからもちろん自首するとか言い出すし、そうなれば、ぼくの面倒は誰が見てくれるのだ!なにより、冷水と離れて暮らすのなんて耐えられない!
ビルの角を曲がる冷水を、あとちょっとのところで「取り逃がす」。
(あれ?)
脚力では冷水に負けたことないのに。
(愛のちからかしら♪※安堂風)…言ってる場合じゃない。
と、突然トラックの影からコンビニ用のパンやら惣菜やらが積まれた台車が現れ、冷水に向かって突っ込んでいる。
「おにーさん、危ない!」
冷水にではなく、配達の彼へと叫ぶ。
彼は冷水に気付いていないようで、え、という顔をして動きを止めた。
次の瞬間、冷水はまったく立ち止まることなく、ひらりとワゴンを越えてしまった。まるで陸上の障害物競技のように。
黒い革のジャケットがひるがえって、下のもこもこしたウール地がのぞく。…なんか、腰に銃っぽいのが一瞬見えた。
「わっ!」
おにーさんは、そこで初めて冷水に気づいて声をあげた。
「ごめんごめんごめんごめん、通ります!」
おにーさんが呆けているうちに、すかさずぼくもワゴンの横をすり抜ける。
―「パン」「パン」
間隔を置いて、イヤホンにまたあの音。次いで、春川が絶叫する声が途切れ途切れに聞こえたが、すぐに止んだ。
冷水にも聞こえているはずで、一瞬立ち止まるそぶりを見せたが、すぐにさっきよりも勢いを増して走り始める。
やばいやばいやばい。
今の冷水は誰にも止められないぞ。
冷水が人殺しになってしまう。
走っているせいか、イヤホンの音声は先ほどから音飛びが激しい。
春川の苦しそうなうめき声が飛び飛びで耳に入る。佐東の声もときおり混ざるが、内容まではわからない。
とにかく春川は今、ピンチだが少なくとも生きてはいる。
冷水はどうあっても春川を救いたいのだ。
こういうときの冷水は、自分の身なんか省みない。冷静さを失ったときの冷水ほど怖いものはない。
信号待ちで距離が縮まる。もう少し。
春川のアパートの直前で「捕獲圏内」に入って、階段で思い切り手を伸ばしてようやく「捕獲」。
久しぶりに本気で走った。マイちゃんみたいに転ばなくて良かった。
「…
「大声は目立つ。」
冷水をまた人差し指で制する。
二人で、白い息を整えながら辺りを見る。
そばを走る国道の騒音がうるさいが、アパートの廊下はがらんとしていて
…行こうか。冷水にそう目で合図した、そのとき。
イヤホンから、佐東の声がくっきりと聞こえた。
―― 一緒に、死のう。
冷水と目を合わす。
音飛びせずにようやく聞こえたその声は最悪なことを言ったが、裏を返せば、春川の命は無事だということだ。落ち着け、冷水。
冷水に、イヤホンを取るようにジェスチャーでうながし、ドアを指さす。予想どおり冷水は合い鍵を用意していた。
冷水と呼吸を合わせる。
ドアを引いて一気に中に入ると、狭い玄関があり、その先、短い廊下のすぐ向こう、薄暗い床のうえでうずくまっている男が見えた。
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