続 がんばれ!はるかわくん! -9-
――やめろ!
きつく目をつぶった、そのとき。
突然わき腹を固いもので強く殴られた。
衝撃で全身が硬直する。
壁が激しく頭の後ろからぶつかってきて、次の瞬間、床が目の前にせまっていて上半身が叩きつけられた。
息が止まる。
遠くで自分の激しく咳き込む声が聞こえた。
あのひとは軽く動いただけなのに。
必死に上を見上げると、無表情で俺を見下ろしている。
左手に握られているのは…
―ああ。スタンガンだ。
体中が痙攣を繰り返し、呼吸もままならない。
「かわいいカイト…。…俺には、もう、お前だけだ。」
やがてあのひとが覆い被さってきた。
タバコと酒の匂いで、さらに苦しくなる。
服のなかをまさぐられて、俺は思わず悲鳴のようなか細い声を出す。
「ほら。この体も、誰がここまで育ててやったと思ってるんだ?俺だろ?…俺が、俺だけのために、育てたんだ……」
「あ、っ」
冷たいフローリングの床が背中にあたり、服を脱がされているらしいことがわかった。
ざらざらした舌が胸にあたる。その動きはすぐに止まった。
「なんだこれは…」
寒い。
何も考えられない。
「ずいぶん新しいじゃないか。…お前、誰をくわえ込んだんだ?」
…たすけて…店長…
「答えろ!」
一瞬体が軽くなったが、今度は腰を攻撃された。
スタンガンだけど、まるでバットで殴られているみたいだ。間隔をおいて、何発も殴られる。
耳元で断続的に誰かの悲痛な悲鳴が聞こえた。
口のなかに何かを押し込まれると、悲鳴は聞こえなくなった。
なんだ。俺の声じゃないか。
体中がいたい。
「…俺以外の男に、やらせたのか。」
なんだよ。
あんただって、イズミさんと一緒になって俺をやってたじゃないか。
「誰だ。俺の許可もなく、誰にやらせた。」
今度は腰が冷たくなる。下着ごと脱がされている。
「言え…」
口にものを詰め込んでおいて、どうやって答えろっていうんだ。ばかかこいつ!
…どうせどうでもいいんだ。やりたいだけだろ。
服を全部おろしきらないまま、そのひとは俺の腰を抱えあげた。
「ん…う…!」
太い指が入ってきて、そこを押し広げてくる。
のけぞると上から押さえ込まれた。
「んん…っぐ…!」
指はさらに増えて、乱暴に俺の反応をうながす。
大きな手についた長い親指が、いやらしく「俺」を撫で回す。
腰を腿のうえに乗せられ、俺は不自然な体勢のまま、膝の向こうにあるあのひとの顔を見た。
無表情で俺を見下ろしている。
首もとを押さえつけられていて、苦しい。
息ができない。
頭のうえに上がった腕に力を込める。
やっと、俺を押さえつけているそのひとの右腕まで手が伸ばせたものの、震えて力が入らない。
目じりから涙が落ちた。
「久しぶりだな、カイト…」
口の端がかすかに笑う。
あのひとは興奮してきたようだ。
吐息の抑揚じゃない。細かな顔の動きでそれがわかる。
…それは、このひとに何年も付き合わされてきた俺の、唯一の「成果」。
俺は、この顔を見るたび覚悟した。
意識を通る前に感情を捨てた。
次にくる衝撃をなだめるため、わざと体を開き、喘いでみせたりもした。
そのほうが早く済む。
どうせ勝てない。
どうせ俺は、このひとには勝てないから――
「ッ!」
指が引き抜かれる。
下のほうでチャックをおろす音がした。
次の瞬間、硬くいきりたったあのひとのものを、無理やり押し込まれる。
「――――!!」
いやだ!
こんなやつとつながりたくない!
「…ほら…言えよ…」
荒々しい息が聞こえる。
「…ふ…ン…ンっ…」
自分の声がばかみたいに部屋に反響している。
寒いのに、冷たいのに、つながっているそこだけが、異様に熱い。
突き上げられて、のけぞると上から押さえつけられ、さらに深く飲み込まされる。
中心を強く握られ、またのけぞり、また押される…
いつもそうだ。
このひとは、こうやって何度も俺がいやがる場所をなぶりまわし、それに反発する俺の体を押さえつけて、それで、俺を服従させた気分になって、喜ぶ。
「…はぁッ…、はぁっ…、はぁっ…、」
獣じみた息づかいが耳につく。
目を開けると、顔がせつなそうに歪んでいる。
快楽をむさぼるのに必死なのだ。…出したくてたまらないんだろう。俺のなかに。
意識が朦朧としてくるが、そのたびに俺の首もとを押さえつけている手が動き、俺のからだの中心に向かって伸びてきて、「俺」を「覚醒」させる。
「…―ンんん…―っ!」
「…は…そんなにうれしいのか、カイト…―もっと…欲しいか?…」
あのひとがにやついた声を出した。
…うれしがってる?俺が?
…俺は…、喜んでるのか…?
いっそう激しく突き上げられ、反響して耳に届く俺の声は、悲痛なようにも聞こえ、しかし、言われてみれば、あのひとを求め続ける歓喜の声のようにも聞こえる。
「…は…はあっ…カイト…」
あのひとの腰が動き、俺の体は人形のように揺さぶられる。
「んん!」 「ん!」 「ん!」
…ああ。もういい。何もかもがどうでもいい。
いっそ、狂ったように受け入れてやろうか。
あの頃のように――
――そう思おうとすると、なぜか店長の優しい顔が浮かんできた。
そして、今の俺は、この苦しみから、逃れられない……
なんなんだ、この状況は。なさけなさすぎて笑いたくなる。
…―なるほど。俺は今、さぞかし喜んで見えているに違いない。
(…苦しい… …熱い… …たすけて…店長…)
―― いやだったら、ちゃんと抵抗しろよ。
…店長…
「…く…」
あのひとが体を折り曲げて、俺の上に被さってくる。
抱き寄せられ、背中が宙に浮く。
体が、跳ねる。
「…ンっ…んンン…!」
体の一番奥まで届いているあのひとの先端から、どくどくと生温いものが放出されるのを感じる。
――いやだ…!!
体のなかにあのひとの「汚物」が広がっていく。
あのひとの腕のなかで抱き上げられるようにして固定され、すべてを流し込まれる。
―くそ…!
…いやだ…!
…やめろ…!
無意識に頭を振っていた。あのひとの肩に頭を押し付けられて気づいた。
あのひとが笑みを含ませ、まだ荒いままのその吐息でささやく。
「…変わってないな…その癖…。」
…そうだよ。無かったことにしたいんだ。なにもかも。
あんたにされてることも。
あんたの存在も。
俺のこの、汚れた体も…
俺の意識外で目じりから次々と落ちていく涙を、あのひとの舌が舐めた。
口のなかに入っていた布のような何かが抜き取られた。薄目を開けたら、ネクタイだった。
「…お前は…俺のものだ…ずっと… …そうだな、カイト…?」
長くて太い舌が、俺の口のなかに入ってきて、俺の舌を舐めまわした。
中心にあったそのひとの右手が俺の下腹部から胸にかけてを撫で回すように動くと、その手も濡れていて、俺もイかされたんだと知った。…―最低だ…この体…。
「…そうですと言え、カイト…」
ひきつりそうになる声を押し戻して、俺はそのひとを睨んだ。
「……しね…」
そのひとは、一瞬まゆをつりあげ、そして、見たこともない顔をした。
――寂しげで、哀しそうな。
激昂するものと思っていた俺は、一瞬怯んだ。
「うっ…」
そのひとは俺の体からそれを抜き出すと、俺の足を下ろして服を戻した。
まだ動けずにいると、やがて首に何かが巻きついてきた。
(……?)
「…そうだな、カイト…」
首が、締め付けられる。
「一緒に、死のう」
死ぬ…?
…そうだ
それがいい
…こんな人生は、終わらせるべきなんだ…
もっと早くこうなっていれば良かった。どうして気づかなかったんだ。
俺はずっと、こうなることを望んでいた…これで、きっと、
…そうだ…楽に、なれる…
遠くで誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。
意識が遠のいていく。
薄れていく。なにもかも。
俺は…今…幸せだよな…
店長の、あの笑顔が見える。
…ああ…
…さよなら…
…店長………―――
(咲伯 DATE 2月14日 午後10時18分 へつづく)
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