エピローグ・メルム これは違うの

 メルムは春太達が帰り、九死に一生を得る思いをした。

 テーブルに戻ると、父に深々と頭を下げる。

「お父さんありがとう……分かってくれて」

「いや……娘の名誉のためだからな」

 父は微妙な顔でそう返した。

 春太達がいた時、父は危うく言ってしまうところだった。


 を。


 家出直前のメルムは、ダイニングテーブルにいた。

 クラザックス作りに行き詰まり、台所から離れていたのだ。

 飾り造りを始めてみたもののうまくいかないし、小さくて細かい作業を続けているとだんだんウガーッて全部投げ出したい気分になってくる。

 テーブルに着き、頬杖をついてイライラ。そもそも、何で靴下を作らないといけないんだろう。もっとカワイイ物でまとめた方がいいじゃないか。

 しかし、やたらと靴下推ししてくる春太に何といえばいいか。やっぱり靴下やめます、だと面倒なことになりそうな気がする。あれだけ謎の靴下推ししてたし。それに、ここまできて諦めるのも何だか癪だ。えーメルムって靴下すら満足に作れないの~? とか、言われそうな気がする。あー腹立つそれ!

 何だか妙な怒りが湧いてきて、今度は完璧な靴下を作ってやろうという気持ちになった。

 部屋の中央にぶら下がっている灯りに洗濯ばさみを引っ掻け、洗濯ばさみに靴下を噛ませる。

 更にはノートとペンも持ってきて、その場でデッサン会を始めた。

 描くことで形状を頭に叩き込むのだ。

 ここまでは良かった。いやぎりぎりアウトかもしれないが。

 描いている内に妙なテンションになったメルムは、とある思考を生み出してしまう。


 臭いってどうなんだろう?


 先日春太のペット達に靴下の臭いをさんざん嗅がれてしまったが、そんなに臭うのだろうか。

 だんだん確かめずにいられなくなってくる。

 いや……確かめないといけない。

 催眠術にかかったようにメルムは靴下に鼻を近付けた。

 爪先から踵辺りの臭いを嗅いでみる。

『………………………………別にそこまででもなくない?』

 割と自分にとって安心できる結果だったことに満足するメルム。そうだよ、そんなに臭いわけがないよ。きっとペット達が群がったのは、鼻が良すぎるからだよね……

 すると今度は、新たな実験をしたくなった。


 父のは、母のは、弟のは、どうなんだろう?


 メルムは家族の靴下を拝借してきて、それぞれ洗濯ばさみに下げてみた。

 しかしこのままだと洗って仕舞ってあった靴下だ、臭いを嗅いでも意味がない。

 じゃあどうすればいいのだろう?

 ここで電撃的な閃きが湧き起こる。

 そうだ、玄関の靴にこすりつければいいんだ!

 メルムは靴下を玄関に持っていき、家族の靴下を靴の中敷きにこすりつけた。

 この時点で父の靴からはちょっとヤバイ臭いがしていた。この靴の中敷きにはいっぱい汗が染み込んでいるはずで、これにこすりつけた靴下はきっと想像以上の結果を出してくれるに違いない。

 メルムのテンションはハイになっていて、もはやどれだけ臭いかチャンピオンを決めることしか頭になくなっていた。


 テーブルに戻ると第一回最臭選手権が始まる。


 行儀悪くテーブルに上り、次々と家族の靴下を嗅いでいった。

 やはり予想通りというか、父の靴下がチャンピオンだった。

『うわー臭い! これはヒドイ! なにこれぇ?!』

 弟のはただ単に臭いというだけだったが、父のは別格だった。何か奥底から頭痛を催すような不快成分が滲み出ている。

 もう一度嗅いでみる。

 ノックアウトされそうだった。

『うぉえええ! これはたまらん! まさにチャンピオンね!』


 その時だ。


『今日は先方都合で予定がなくなったから早く帰ったぞ。せっかくだから今日はどこか……食べに……?』

 父がダイニングに入ってこようとして、メルムの姿を目撃。そのまま入口で固まってしまった。

 メルムは父の靴下を嗅いで盛り上がっていたところだった。


 父が目撃した映像はこうだ。

 家に帰ってきたら、何故か娘が俺の靴下の臭いを嗅いで盛り上がっていた。

 しかもテーブルに上がって。

 洗濯ばさみに吊るした靴下を。


 メルムは蒼白になり、奈落へ突き落されたかのような顔で父を見つめた。

 父はフリーズしたまま、ドサッと鞄を取り落とした。

 その後ろに母もいて、母もバッグを取り落とした。

 メルムはわなわな震えた後、大声を出して家を飛び出した。

『違うの! これは違うのおおおおおっ!』


 メルムは今、物凄く後悔している。

 何故あんな馬鹿なことをしてしまったのか。

 そして、そんな時に限って何故両親が早く帰ってきてしまったのか。

 こんなこと、春太達に言えるわけがない。

 父としても、他人にこんなこと知られたくない。


 これはメルム家だけの、秘密だ。

 これからも、誰にも漏らすことなく。

 墓場まで持っていく秘密だ。

 メルムと父と母は、無言でうなずき合った。

 これぞ家族の絆である。




【あとがき】


 作者の滝神です。ここまでお読みいただきありがとうございます。

 今回も小さなお話を書きました。

 やりたいことはあるんだけれども、その道に進むことができない。

 学生の時に経験しそうな悩みですよね。

 プロになるためには、他を捨てて打ち込まなければならない。

 そういった「こうであるべき」という論も、みんな暗黙の了解みたいに共有しています。

 でも、なかなか「べき」論の通りに自分の生活を持っていくことも難しい。

 そしてうだうだしている内にこう思う。

 あー自分はやっぱり向いてないのかもしれないな、でもやってみたら案外うまくいくかもしれないし……

 そんな感じで微妙な感じになってしまう。

 ありふれた悩みと結果だと思うんですが、ありふれているからこそ親しみやすいんじゃないかなあと。

 作中のメルムは割と何でもできる子なんですが、それは周囲に比べれば、というだけで、全国から猛者が集まるようなレベルになると、やはりちょっと厳しくなってくるのが実情です。

 また、彼女は自身の適正に気付いていないところがあり、春太がこんな適正もあるんじゃないかな~なんて見出した路線に進んだ方が、恐らく大成するでしょう。

 でも、そんなもんですよね。

 ピタリと全てが噛み合ってうまくいく人生なんて、ないですからね~……

 全てがうまくいく人生なんてつまらないという見方もあるかもしれませんが、本当につまらないかどうか体験できるキットがほしいですね。

 一年くらい体験して、やっぱつまらないやと思ったら帰ってこれる体験キット。

 タイムマシンが作れるくらい技術が進歩したら、作ってほしいものです。

 タイムマシンがあれば体験キット要らないような気もしますけど、そこはそれ。


 予想外のことがありました。

 本作に登場したペット用装備に『マルカン強化牙、マルカンレッドスカーフ、マルカン小さな靴下』といったものが出てきます。

 これは架空の会社『マルカン社』が出している製品という設定にしてあるのですが、どうやらマルカン社は実在するようです。

 しかも、ペット用品の会社で。

 何たる奇蹟。


 これでペット無双に区切りがつきましたので、次回は真面目なやつを書きます。

 今書いておきたい、というネタが二つあるんですけど、どっちを書くか決めかねています。

 一つは問題作で、二つ目も問題作です。

 また第三の道として、昔小説賞に応募したものを書き直して公開するのもありかなと。

 前振りを色々書いてもあれなので、この辺で。

 いずれまた。


 ★2018年8月



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ペット無双で狩場をお散歩 滝神淡 @takigami

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