第86話 途中で試食を投げ出すなんて、あたしできないよ
メルム宅は奇妙な静寂に包まれていた。
メルムの父は横を向き、ストレスを表すようにせわしなく指でテーブルをノックしている。
春太も居心地悪く、とりあえず膝に上ってきたプーミンを撫でて時間を潰している。
マキンリアはこの空気の中でも上機嫌でクラザックスの出来上がりを待っていた。
メルムの母は意味深にニコニコしながら春太を見ていたが、勘違いしているようなので春太は無視している。
エルダルトは帰りに別れたので、ここにはいない。
今、メルムはここに集まった人数分のクラザックスを作っている。
彼女は帰ってくるなりこう言ったのだ。
『お説教は後でいくらでも聴くから、まずは何も言わずにわたしが作ったクラザックスを食べてみて』
メルムの父は言いたいことがいっぱいあったのだろう。
しかし言いたいことがいっぱいありすぎたのか言葉が出てこず、メルムに押し切られてしまった。
そして現在に至る。
テーブルを囲む空気は極めて微妙だ。
早く出来上がってくれと春太は念じる。
プーミンがお腹を上に向けて甘えてくる。
お腹を撫でてやるとプーミンは目を細め、次第にウトウトし始めた。
このまま続けていると寝てしまうんじゃないだろうか。
セリーナは伏せの状態で耳を立てている。
この空気でだらけるわけにはいかないと感じているのかもしれない。
チーちゃんはあまり空気が読める方ではないが、セリーナの隣でお座りし、良い子にしていた。良い子にしているんだぞとメルムに言われたのを守っているのかもしれないが、今更良い子にしても……ボスのドロップアイテムをつまみ食いした時点でアウトになっているからな。
「お待たせー!」
メルムが台所から出てくる。
お盆に乗ったクラザックスは花のような形をしていた。
ミズバショウのような、包み込むような形だ。
包まれているのは半透明の球体で、中には飾りが入っている。
靴下とか星とか、傘とか。
コンテストでも注目を集めること間違いなしの出来栄えだった。
「とにかく、まずは食べてみて」
それぞれの目の前に皿が置かれていく。
本当にコンテストの審査員になったかのようで、春太は緊張した。
こんな時は、誰かに先陣をきってほしいものである。まあこの場では、メルムのお父さんが最初にいくべきだよな。
などと考えている間にマキンリアが行ってしまった。
「良い子にしてたから1番のりだよ! んん~これは良いね! おいしー!」
どうやら絶賛するほどのものらしい。
それを見てメルムの父がいかめしい表情をしながら食べた。
もぐもぐ咀嚼していると、軽く驚いた顔に変わった。
「ほう……」
手放しでは褒めないが感心した、みたいな。
チーちゃんとセリーナを見てみると、既に食べ終わっている。
この子達は常にうまそうに食べるので違いがあまり分からない。
春太はプーミンを膝から下ろし、食べておいで、と促した。
プーミンの分をチーちゃんが欲しそうに見ていたが、手は出さなかった。
ただ、チーちゃんは口をモグモグ動かしたり唾を呑み込んだりしているので、かなりぎりぎりで我慢しているようだ。
この我慢している時の顔が何とも涙ぐましい努力で自制しているようで、可愛らしい。
春太も心の準備ができて、クラザックスを食べてみた。
酸味を強調した、爽やか系の味。
全体的に柔らかいかと思いきや、歯応えのある食感も隠れている。
半透明の球体の土台部分に果物の輪切りを仕込んでいたのではないだろうか。
中に入っていた飾りも違う味がしてしっかり主張していた。
飾りはミカン系の味か。
幾つかの食材を使っているが、全体的にまとまりが良く、思わず納得してしまう美味さだった。
「これは……良いんじゃない?」
春太が顔を向けると、メルムは自慢げな表情をした。
「今日とれた食材を使ってみたの。その場のインスピレーションで決めたから、もう少し食材の特徴を掴んでくればもっと良くなると思うけど」
その場で決めたにしては高い完成度だった。気持ちに整理がついて、一皮むけたのかもしれない。
そして、メルムが居住まいを正し、父親に向き直った。
メルムの父も雰囲気を察し、身構える。
「あのね、わたし……クラザックスの職人になりたいの」
メルムが切り出すと、父親の方は厳しい表情で腕組をした。
三十秒くらい無言が続いた。
「…………お前分かっているのか?」
重々しい声に、メルムはしっかり頷く。
「分かってる」
少ない言葉の中で、その奥では激しい応酬が繰り広げられているように感じられた。
どっと疲れたようにメルムの父が溜息をついた。
激論を交わした会議が終わったみたいに。
「…………まあ、どうしてもと言うのなら……やってみなさい」
「本当?!」
「ただし! 今日みたいに家出することがないように、だ」
「あの、あれは……あんな現場見られたら、死んじゃうし……」
「確かにあれは驚いたが。まさか帰ってきたら自分の娘が」
「あああああちょっと待って! ここから先はお友達がいるから、さ」
メルムが取り乱して父親を制止。
父親の方も頷いた。
「そうだな。ここから先は家族の問題だから、お友達には帰ってもらいなさい」
そうして春太達はメルム宅を後にすることになった。
精一杯の感謝の言葉と共に追い出された春太達。
春太はホテルへの帰り道、首を傾げざるを得なかった。
メルムと父親の、最後のやり取り。
何故メルムは急に取り乱したのだろう?
クラザックスをこそこそ作っていたのがバレて、家出……何もおかしなところは感じられない。
『あの、あれは……あんな現場見られたら、死んじゃうし……』
メルムはそう言っていたが、死ぬほどのことだったのだろうか。
それほど父親を怖がっていたとか?
いや……それだけあの時点では、思いつめていたのかもしれない。
春太は思いっ切り伸びをした。
メルムの肩の荷が下りたのと同時にこちらの方も肩が軽くなったようだ。案外見ているだけでも疲れるものなんだな。いや、見ているだけでもなかったか……割と関わった方だよな。
成り行き上ではあったが、彼女の悩みの端っこくらいは共有したはずだ。
試食、お店巡り、そして最後は家出したところを追いかけて。
所詮は他人事ではあるんだけど。まあ……成り行きだ、成り行き。
「シュンたん、ねえねえ、ここの狩場も行きつくしちゃったね」
マキンリアがそう言うので、春太はああそうか、と気付いた。
「そうだね」
魔力噴出孔の丘・メッソーラ。
巨木の雨林・ズーズ。
宝石鉱山・パケラケ。
お化け谷・マイス。
そして新規狩場の、名前もまだついていない洞窟。
全てクリアしてしまった。
ボスを倒したことが春太達にとってのクリア基準だ。
「あのさ、すぐにここを出ていくんじゃなくてさ、コンテストが終わるまでいようよ。途中で試食を投げ出すなんて、あたしできないよ」
この街に残る理由が試食。なんだそれ。
でも、マキンリアらしいと言えば、らしい。
春太はどうしよっかなーともったいつけたが、心は決まっていた。
まあ、成り行きだ、成り行き。
どうせ気ままな旅なのだ。俺達は狩場を求めてさすらうガチ勢ではない。
新天地へ行く前に少しゆっくりしていってもいいだろう。
リリョーの街は新狩場の発見で少しざわついていた。
水売りの少年に冒険者達が集まり、どんな狩場かを聴いている。
『そりゃもうパケラケも真っ青のお宝モンスターがうじゃうじゃいるんだから! おっとここからはチップが必要だぜ?』
商魂たくましく嘘を吹聴しているようだ。
春太は肩を竦め、遠くを見やった。
新規狩場の洞窟の近くにはメッソーラがある。
メッソーラの魔力噴出孔は今日も大量の魔力を空へ向かった噴き上げていた。
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