第79話 食べられないのに行くのってアリなの?
春太は大満足して街に帰ってきた。
「いや~今回は最高だったね! ほら見てよセリーナ姉さんの満ち足りた表情!」
「なんかずーっとハッハッハッハッって言ってるけど」
マキンリアが言うように、セリーナは呼吸が速い状態が続いている。
犬は体温調節のために舌を出してハッハする。
人間は汗をかいて体温調節をするが、犬は汗の量が少量のためハッハし熱を放出するのだとか。
そのため、激しい運動の後はしばらくハッハッハッハッと続くことになる。
人間も運動後はハァハァするが、犬よりは早く収まるはずだ。
マキンリアはじっとセリーナの顔を見つめ、不思議そうにした。
「んー……まるで笑っているみたいな顔してるよね」
「いや、笑ってるんだよ」
「犬って笑うの?」
「笑うさ。笑う時もあるし悲しむ時もある。今の表情は普段と違うでしょ、それが分かるようになっただけでもマッキー凄い進歩だよ」
犬の表情を分かるためには、共に過ごす必要がある。
怒っている時の犬の顔は牙を剥き出しにするのでまあ誰でも分かるだろう。
しかし笑顔と普段の顔の違いは飼ったことがないとなかなか分からない。
セリーナはあまりじーっと見られるのが嫌なのか、春太の後ろに隠れてしまった。
大型犬なので全く隠れられていないが。
そんなセリーナを見てマキンリアはクスクス笑った。
「なんか恥ずかしがってるみたいだね、カワイー!」
「ああセリーナは可愛いさ。その可愛さといったら今から語ると72時間はかかる」
「長すぎだよそれー。災害なら生存が絶望視されるラインだよ。もーこんなことしてる場合じゃないよ、これからメルムの試作品食べに行くんでしょ」
「メルムの上達のお手伝いに行くんだよ。試作品を食べることが目的じゃない」
「えっ……?」
「何でそこでナチュラルに驚いた顔できるの? 試作品は食べるけど、そこを目的として行くわけじゃないでしょ」
「なーんだ、てっきり今日は食べられないのかと思ったよ」
「食べられないならどうなんだよ。行かないのかよ」
「逆に、食べられないのに行くのってアリなの?」
「薄情っ! マッキーのそういうとこ時々怖いよ!」
「えへへウソウソ。たぶん行くよ、食べられなくても」
だと良いんだけど、と春太は軽く不安になった。しかも「たぶん」ってなんだ「たぶん」って。もう俺達は片足突っ込んでいる、というかどっぷりメルムに関わってしまっているんだから、ここまで来て放置とかありえないでしょ。
今日は学校の部室が開かないらしく、メルムは家で試作品作りに励んでいるはずだ。
彼女は早めに来てほしいみたいなことを言っていた。
というのも、『途中で親が帰ってきちゃったとしても、あなた達がいれば遊びに来た友達に振る舞っているだけだって言えるじゃない?』だそうである。
親にはまだクラザックス作りのことを伝えていないらしい。どうしても結果が出てからじゃないと嫌なんだろうな。コンテストである程度のところまで行ければ、その実績をもって親を説得することができるっていう思いがあるんだろう。確かに、実績があるのと無いのとじゃ大違いだ。実績なしに親に「これがやりたい」って言っても、遊びだと思われてしまう。
春太は自分が俳優になりたいと父に言ったとしたら、と想像してみる。
『そうか』
ちなみにこの「そうか」は肯定的な意味は持っていない、無関心の「そうか」である。駄目だこれじゃ参考にならない! 普通の家庭だったら……
『何をバカなこと言ってるんだ、それより勉強しろ』
こうだろう。二言目には勉強しろ、みたいな。
メルムのご両親はどうだろうか。確かお堅い職業だと言っていた気が……
腕組しながらそんなことを考えている内に、メルムの家が近付いてきた。
そうしたら、セリーナが春太の服を咥えて引っ張った。
犬はよく袖とか紐とかヒラヒラした物とかを噛んで服を駄目にしてしまうことがあるが、セリーナの場合遊びの意味でそれを行うことはない。
セリーナは異変を報せているのだ。
春太はセリーナが鼻で示した方へ意識を向けた。
どうやらメルムの家の様子がおかしい。
玄関前に夫婦と見られる男女が立ち、ああでもないこうでもないと話している。
ここで誰だろうと思うほど春太も鈍感ではない、恐らくあの夫婦はメルムの両親だ。
一番最初に思いついたのは、親による説教である。
メルムがクラザックス作りをしている所へ両親が帰ってきて、その場の流れでクラザックス職人の夢を打ち明けたところ両親が激怒、というパターン。
だが、それならなぜ両親が家の外へ出ているのだろう。
説教の内容を夫婦ですり合わせして……いや、ありえないか。
それとも母は容認派だけど父は反対派で意見が割れて……それでも家の外でやる必要は無い。
見たところ、夫婦は焦ったような空気で会話している。
何があったのだろうか。
とはいえ、話しかけづらいのも確かで。
これまで面識が無いため、何と言って話しかけたらいいのか分からない。
『あなたの娘さんの友達です』
こんな風に話しかけたらどうなるか。
『ほぉ~それはどんな友達なのかなぁ?(手をバキバキ鳴らしながら)』
面倒かつ青あざができそうな未来しか思いつかない。
さてどうしたものか、と春太が黙考しているうちに。
「どうしたんですかー?」
マキンリアが夫婦に話しかけていた。
男性の方がきょとんとして振り返る。
理知的ではあるが気難しそうな雰囲気の顔立ちだ。
「ええと、君は?」
「メルムさんの友達です! お二人はメルムさんのご両親ですか?」
それを聞いた男性は女性と顔を見合わせ、それからマキンリアへ戻した。
「ああそうだよ。や、これは失礼、あの子が友達を……あのー初めまして、というか、いやいやそんな場合じゃない。悪いけれども、今あの子はちょっと家にいなくてね……」
やはりこの男女はメルムの両親だった。
しかしどうも歯切れが悪い喋り方。
「え、本当ですか?! 私達呼ばれて来たんですけど」
そこで男性が初めて春太の存在に気付いたようだった。
はあどうも、と男性が会釈するので春太も同じように返す。メルムの父としては友達に男もいたのか、と軽く警戒感を持ったものの、グループの中に男がいるだけなら明確に危険というわけではないし、みたいな微妙な感情なんだと思われる。
男性は更にセリーナ、チーちゃん、プーミンへと目を移し、いよいよなんだこの組み合わせは、とわけわからなくなったようだった。
「まあちょっと出かけてしまったというか……」
苦そうな声を絞り出す男性にマキンリアは素直な感想を述べてしまう。
「そうですか……おかしいなあ。クラザックスの試食をさせてくれるはずだったのに。材料切れて買いに行ってしまったとか?」
まさかのメルムの夢をカミングアウトである。
春太は口をあんぐり開けて凍り付いてしまった。
メルムが秘密にしていた夢を、その親に他人が暴露してしまう……それはとても恐ろしいことに思われた。
これはマキンリアの素直さ故のことだろう。
男性の方も驚きの表情を浮かべた。
しかし男性は今知った、という風ではない。
一度天を仰ぎ、それからやるせない感じで溜息をついたのだった。
「やはり、そうなのか……」
マキンリアの方はわけがわからず疑問の表情を浮かべるだけである。
長い沈黙があった。
見かねた女性の方が男性の腕を引っ張る。
「あなた、これはもう言った方がいいでしょ。こうしている間にも」
男性の方は、でもなあ、と渋っている。
しかし、何か隠している感は既にバレバレな状態なので、男性の方も諦めたように白状した。
「実は……あの子が家を飛び出していってしまってね、ついさっき。それで……初対面の君達に頼むのはあれなんだけど、捜すのを手伝ってもらえないだろうか?」
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