第78話 それ軽くホラーだよ
セリーナが猟犬の仕事をするならば、獲物を見付け、吠え立て、追いつめる役だ。
獲物を倒すのは主人であるハンターの役目である。
しかしここでは、セリーナはハンターだった。
広場に出たセリーナは軽いステップで駆けていく。
モンスター達はセリーナに気付くと獲物が一匹迷い込んできたとばかりに襲いかかる。
巨人達が壁のように横列で突っ込んできて、大きな光球がその後を飛行。
全部で二十匹はいそうな群れだ。
ザコモンスター達が離れたためにボス・ハントナの姿がはっきりする。
ハントナはRPGに登場しそうな精霊の姿をしていた。
ぼんやりと緑色の光を放ち、ゆらゆらと揺らめいている。
セリーナは巨人達と距離が縮まるにつれ徐々にスピードアップしていく。
普通なら巨人の集団に轢かれて終わり。
傍から見れば自殺行為である。
しかしこの世界では見た目は関係ない。
巨人の一匹が腕を振り上げた瞬間、セリーナの動きが変わった。
掻き込むような走行フォームに変化し、気付いた時には巨人の股下をくぐり背後へ。
巨人が腕を振り下ろす。
セリーナが既にいなくなった場所へ重量の乗った一撃が突き刺さる。
だが当たらない攻撃はどんなに威力が高くても無意味だ。
がら空きの巨人の背中へセリーナが飛びかかる。
『1051』『1127』
いつも通りの二段攻撃。
ザコモンスターで耐えられるダメージではなく、巨人はひっくり返って、天使になった。
さて、そこでセリーナが忽然と姿を消してしまった。
巨人が消えた地面には落ちてきたアイテムの鉄屑しかない。
他の巨人達が左右へ視線を彷徨わせる。
遠くから眺めていた春太達でさえ見失ってしまった。
いったいセリーナはどこへ消えてしまったのか?
答えはその直後に分かった。
丸い鉄球みたいなものが落ちてくる。
それはボンと煙になり、天使に変わる。
そのすぐ傍にセリーナが着地。
丸い鉄球みたいなものは何だったのか。天使に変わったのでモンスターであることには変わりはないが……
視線を上に移動させていくと、大きな光球が幾つか浮遊しているのが目に入る。そうか、あれか……!
春太は納得した。セリーナ、巨人の背中に飛びかかる → 巨人を土台にしてジャンプ → 空中の光球に攻撃 → そして華麗に着地! これだ!
一連の動作で敵を二匹もまとめて倒してしまった。さすが姉さん。
その時チーちゃんとプーミンは穴掘りをして遊んでいた。こらこら君達、姉さんの活躍をちゃんと見ないと駄目だぞ。
次にセリーナは鉄球みたいなものが落ちて天使に変わった場所に行き、何かを咥えて顔を上げた。
咥えたのは拳大のゴムボールみたいなもので、モンスターのドロップアイテムと見られる。
ボールを軽く空中に放るとセリーナはくるりと反転し、落下してきたボールを後ろ足で勢いよく蹴りつけた。
犬が穴を掘る様子を見たことがあるだろうか。
前足で掻き出した土を後ろ足で蹴り飛ばすと、かなりの勢いで飛散する。
飼い主は穴掘りしている後ろでボーッと突っ立っていると土飛沫が直撃するので注意しよう。顔まで届くこともある。
空中にいた光球の一つは赤く光り、周囲に火の球を幾つも発生させた。
しかしそれらの火の球が発射されることはなかった。
土飛沫の代わりに飛んでいったボールが光球にジャストミートしたのである。
『2625』
光球は光を失い、鉄球みたいになって落下し、天使に変わった。
空中を漂う光球は火の球を発生させる時だけ動きを止めていたが、セリーナはその瞬間を狙ってボールを蹴り上げたのだった。
セリーナはチーちゃんやプーミンと違って魔法で空を狙うことができない。
しかし道具を使ってそのハンデを補ってしまったのである。
なんという知能の高さであろうか!
春太は感動で目の端に涙を浮かべた。
「サルは道具を使い人間になった……セリーナも道具を使ったということは、いずれ人間に進化……いやホモサピエンスを超えたネオサピエンスになるんだ!」
「シュンたんごめんちょっと何言ってるか分かんないよ?!」
マキンリアが心配そうな顔をしたが春太は自分の世界に入り込んでしまっている。
「マッキー、これは重大だよ号外が出るよ。セリーナの子はきっと二足歩行をする。そしてその子は人語を喋るんだ」
「それ軽くホラーだよ。シュンたん現実に戻ってきて!」
「ホラーとは失礼な。セリーナはそれくらい凄いってことだよ。ほら見て、セリーナなら大丈夫、きっと敵を全滅させてくれるよ」
「それ毎回だし割と安心してるよ。シュンたん毎回そんなに感動してるの?」
「ああ。だって昨日の俺と今日の俺は別物だからね」
春太はそう言って親指を立てた。
愛するペットの活躍は何度見ても良いものである。
春太とマキンリアが掛け合いをしている内にザコモンスターの掃討は終わっていた。
残るはボス・ハントナのみである。
ハントナは右手を前方にかざした。
すると周囲で空気の流れに変化が起こる。
くるくると風が渦を巻き始め、つむじ風になる。
それは勢いを増し、轟音を立てて移動を始めた。
移動先はセリーナのいる方だ。
セリーナは渦を巻く風をしばし見つめ、行動を開始した。
左前方へ斜めに走って行く。
渦はそれに釣られて方向転換、セリーナを追うように進路をとる。
しかしそこからセリーナが急激に右に進路を変えた。
テニスで左サイドぎりぎりに打ち込んだかと思えば次の打球は逆サイドぎりぎりを狙うような、大きな揺さぶり。
風の渦は再度方向転換を迫られたが、先ほどの進路変更の途中であったため、もたついた。
セリーナはぐんぐんスピードを上げ、渦から大きく距離をとって駆け抜けていく。
渦に巻き込まれることもなく瞬時にハントナまで迫るセリーナ。
ハントナが右手を上に掲げると、ハントナの周囲も風が吹き荒れた。
風の渦ほどの凶悪さは無いが、強風で普通の冒険者なら姿勢を保っていられないだろう。
恐らく冒険者がまともに戦えなくなる状況を作り出すための、嫌がらせの魔法なのだろうと思われた。
しかし、セリーナは強風吹き荒れる中、切り裂くように進んでいく。
横風を受け純白の毛は滅茶苦茶に揺れているが、体勢が崩れない。
セリーナは大型犬ではあるが、ボルゾイという犬種はスリムで軽量が特徴だ。
アルプスの少女ハイジで有名な犬はセントバーナードという犬種だが、あのどっしりした体は100kgを超すことがある。
それに比べたらボルゾイはせいぜい30kg~40kgくらいである。
正直、風に煽られてしまっても不思議ではないくらいだ。
それがなぜ、全く影響を受けていないかのように走れるのか。
春太はあることを思い出した。
セリーナのステータスを見た時のことだ。
セリーナのステータス
レベル:491 種族:ボルゾイ
攻撃力:3403 防御力:3050 素早さ:6200 魔力:1752
HP:4422 MP:996
スキル:二段攻撃、タックル、ファイアバイト、アイスバイト、ウインドバイト、アースバイト、ハウリング、メテオタックル、全状態異常無効
春太は愛するペット達のステータスの一言一句を全て記憶している。
思い出すのは容易なことだった。
問題はスキルの最後だ。
全状態異常無効。
この世界では風圧も状態異常という扱いなのではないだろうか。
状態異常であれば、無効になる。
セリーナは悠々とハントナに近付けるわけだ。
じゃあさっきの渦巻き風は何だったのかという疑惑が出てくるが、それは安全策をとって避けたのかもしれない。
セリーナはハントナに飛びかかり、口を開く。
すると口の周囲にセリーナの二回りは大きな岩石の顎が出現。
セリーナと共に岩石の顎も、ハントナに噛みついた。
『3067』『3114』
ハントナは苦しそうに頭を抱える。
そうしたらその半身が黒く明滅し始めた。
これがこのボスの怒りモードか。
ハントナの両手が刃に変形、それを振り回す。
セリーナは伏せたりそこからダッシュしたりして攻撃をかわす。
『ミス!』『ミス!』『ミス!』『ミス!』
ハントナは追いかけては攻撃、追いかけては攻撃と猛攻撃を繰り広げる。
セリーナは避けてはダッシュ、避けてはダッシュと逃げまくる。
『ミス!』『ミス!』『ミス!』『ミス!』
その姿はまるで、犬同士の追いかけっこ。
犬同士のじゃれ合いを見たことがある人は、その始まりを目撃したことがあるかもしれない。
片方の犬が伏せ(腰を浮かせた半伏せ)てもう片方の気を引くのが、追いかけっこの合図だ。
ちなみにボルゾイの追いかけっこは猛烈なスピードで行われるため、犬も人も怪我の無いように注意しよう。
セリーナは楽しそうに駆け回り、五分くらいしてからとどめをさした。
『2996』『3001』
ハントナは足元から霧に変わっていき、天使になって空へ昇っていった。
セリーナは思い切り走れて満足したようで、舌を出して良い笑顔を見せた。
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