第77話 ノーベル普通賞をもらった男

 マイスから帰還し、街を歩く春太達。

 春太は珍しくどやされながら歩いていた。


 再挑戦のマイスは順調に進んだ。

 しかし、順調に進んだものの、制覇するには至らなかった。

 原因は簡単だ。

「シュンたん、あれは慎重すぎるよ~」

 マキンリアがまだブーブー言っている。

「今日は慎重に行くって言ったじゃないか」

 ほんのわずかバツが悪そうに春太が返す。

 慎重に慎重を重ねた結果、マイスの行軍は亀より遅くなった。

 結果的に半分行ったか行かないかくらいで引き返してきたのだ。

 夕方になったので、これからメルムの様子を見に学校へ行くところである。

「シュンたんはいざ慎重になると石橋を叩いて渡るタイプなんだね」

「むしろ叩いてひびが入ったら『いやあ~これはリフォームが必要ですね。あと水道と床下も見せてもらえます?』って言っちゃうね」

「詐欺の臭いがする!」

「そんな臭いもきっとウチの子達なら嗅ぎ分けられるさ」

 自信満々に春太が言うと、セリーナの尻尾が春太の脚を打った。

 それを見てチーちゃんも真似しようとしたが、短すぎて春太には届かなかった。


 調理室の扉を開けると、メルムの作業する姿が目に入ってくる。

 メルムは椅子に着き、テーブルに目を落とし手を動かしていた。

 そっと近づいていくと、テーブルには幾つかのミニチュアの飾りが並んでいた。

 どうやら彼女はミニチュアの飾りをシート状の物から切り抜いていく作業をしているようである。

 それは縁日の型抜きのようでもあり、職人が版画を彫刻刀で作っていくようにも見えた。

 しばらくしてメルムは春太達に気付き、気恥ずかしそうにはにかんだ。

「まだ全然ダメね。靴下だか長靴だか分からないわこれじゃ」

 出来上がった飾りを春太が覗き込んでみたが、テトリスのブロックのように見える。

「うー……ん……靴下度がまだ足りない気がする」

「靴下度……?」

 怪訝な表情でメルムが問うてきたので春太は深刻な表情で頷いた。

「ああ。どこから見ても、いや目を閉じてもこれはまさに靴下だという靴下の格だよ。最上位は……靴下フェチという」

「なんかそれ違う気がするんだけど」

「今回は靴下が主役だからさ、むしろクラザックスも靴下のためにあると言っても過言ではない」

「主役と脇役が入れ替わっちゃってるじゃない。ていうかその謎の靴下推し、まだ続いてるの?」

「そりゃあ靴下だもん。寝ても覚めても靴下のことばっかり考えている靴下マイスターの俺が靴下推ししなくてどうするの」

「あまり意識してないのかもしれないけど、それだけ聞くと凄く変態だからね?」

 忠告するようにメルムが言ったが、春太の頭の中では『靴下とペットと俺』の構図しか頭に無かった。それのどこが変態なんだ。

 しかし近くの調理台で作業している女子部員達からはおぞましそうに「嫌ぁ~」という声が上がった。

 春太は外野の声にムッとして何か言ってやろうかと思ったが、やめた。この「嫌ぁ~」は言われた側が不快になるので女子は乱用しないことをおすすめする。言われた側は絶対心の中で悪態ついてるぞ。

 一つ息をつくと、春太は気を取り直してメルムにアドバイスした。

「とにかく、じっくり観察してみたら? 現物をさ」

「うーん、それもそうか……」

 メルムは出来上がった不格好なミニチュアをつまみ上げ、半眼で見つめた。

 そんなことは関係なくマキンリアは出来上がったものを試食して上機嫌だった。


 翌朝、春太とマキンリアはマイスにもう一度やってきた。

「シュンたん、今日は昨日みたいに慎重過ぎるのはやめてよね!」

 森の手前でマキンリアが釘を刺す。

 それを聞いた春太は片手で豚鼻を作り、もう片方の手で瞼を持ち上げて変顔をした。

「分かったぴょーん」

「今度は油断し過ぎになってるし! それ死亡フラグだよ!」

「うるさいなあ。じゃあどうしろっていうんだよ」

「極端なんだからもー。普通にすれば良いんだよ普通に」

「俺ほど普通の人はいないよ。ノーベル普通賞をもらった男だもん」

「意味が分からないし、そんな賞あるの?」

「あるといえばあるし、ないといえばない」

 変顔のままそう締めくくり、春太はセリーナに変顔を向けた。

 セリーナはチラ見すると一つ鼻息をした。

 それは溜息みたいに思われた。


 今回の挑戦は順調に進行した。

 敵は常に一匹だけを相手にし、そこへ追加の敵が来た場合ペット達が排除。

 セリーナ、チーちゃん、プーミンの活躍で春太が死亡することなく森の奥へ到達する。

 森の最奥は一本の大きな木があり、周囲に広い空間ができていた。

 いかにもボス戦向きの場所といった感じで、遠目からでもそれらしきモンスター集団が見えた。

 木や石を全身鎧のように纏った巨人が何体も見える。

 大きな光球も幾つも浮遊している。

 肝心のボスはどれだと思って様子を見ていると、巨人達の合間からちらちらと緑色に光る人影が見えた。

 マキンリアがガイドブックを捲る。

「ここのボスは揺らめく精霊『ハントナ』。魔法が効きにくくて風系の攻撃は無効なので注意だって」

「風系って雷も入るの?」

 春太が確認するように尋ねるとマキンリアは頷いた。

「そうだね」

「じゃあプーミンはお留守番だな」

「むしろここはセリーナで決まりじゃないの?」

 名前が挙がるとセリーナは思いっきり伸びをした。

 散歩に行く前に犬が伸びをすることがあるが、それは人間でいう準備体操みたいなものかもしれない。

 これから走らなくてはいけないという時に人間もよく準備体操を始めるものだ。

「おおセリーナ姉さんがやる気になっておられる……」

 春太が崇敬の念でセリーナを見ていると、セリーナが視線を合わせてきた。

 これは『行っていい?』と問いかけてきているものと思われる。

 春太はもちろんと頷いた。

「ではちゃちゃっとやっちゃって下さい!」

 それを合図にセリーナは広場へ躍り出た。

 神々しい純白の毛が揺れる後ろ姿。

 今日も完璧な毛ヅヤだと春太はご満悦だった。

 これも日頃のお手入れの賜物である。

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