第76話 俺は今、完璧だ

 翌朝、春太は起きるなりニマニマと口を歪めた。

「にゅふふふふふ……ウフフフフ……」

 昨日のことを思い出す。

 メルムの家から宿へ帰り、マキンリアが風呂に行っている隙を狙って春太は極秘作戦を決行した。

 一日中履いていた靴下を手に持ち、部屋の中央に座り込む。

 すると、チーちゃんやプーミンが駆けつけてきて靴下の臭いを熱心に嗅ぎ始めたのだ。

 セリーナもやってきて靴下に鼻を近付ける。

 完全に期待通り。

 入れ食いも入れ食いである。

 春太は調子に乗って靴下を腹の上に乗せ、寝そべってみた。

 そうしたらチーちゃんとプーミンは春太の腹に乗って靴下に群がり、セリーナも靴下に鼻を埋めるように一心不乱に臭いを嗅いだのだった。

 チーちゃん達が動いたり鼻を突っ込んでくる度にくすぐったくなる。

 愛するペット達に群がられる……それは最高に幸せな時間だった。


「シュンたん、寝言で笑ってるの?」

 隣のベッドから眠そうな声が聴こえてくる。

 彼女はこの極秘作戦のことを何も知らない。

 教えるつもりも春太にはなかった。

 これは自分だけの秘密の時間なのだ。

「起きてるよ」

「起きててそんな気味悪い笑い方してるの? 大丈夫?」


「ああ、大丈夫。俺は今、完璧だ」


「シュンたんのキャラに似合ってないセリフだよそれ。なんかハイになっちゃってる? 朝なのに」

「なに言ってるんだいマッキー、俺はいつもこうじゃないか。ほら見て、こんなに清々しい朝だよ。起きて活動しないともったいない」

 人は幸せを感じると世界がキラキラして見えるものだ。

 春太にとってこの朝は眩し過ぎるほどキラキラしていた。

 少ししてマキンリアがベッドから顔だけ出した。

 そして凄く低血圧そうなだるい声で言った。

「シュンたん、まだ5時台だからさ、もう少しだけ寝させて」

 春太は肩を竦め、枕元のプーミンに頬ずりした。

 プーミンも頬ずりをし返してきた。


 鬱蒼として不気味な森。

 お化け谷・マイスに再挑戦である。


 春太は入念にストレッチして戦闘に備える。

 それを見てマキンリアが感心したようだった。

「シュンたん気合入ってるね」

「もう無様な死に方はできないからね」

「今日はいけそうな感じ?」

「いけると思う。この子達次第だけど」

 そうして春太は愛するペット達に向き直り、

「良いかい、全ては君達に掛かっている……! 俺が死ぬか死なないかは全て君達次第だ。慎重に行こうね!」

 全力で頼ったのだった。

「シュンたんめっちゃ他力本願だし!」

「俺が他力本願じゃないことなんてあったかい?」

「じゃあその入念なストレッチはなんなのさ」

「形から入る主義でね。さあ行こう」

 春太自身も気を引き締めていないわけではない。

 もう油断はしない。

 そう心に誓ってやってきている。

 木々の間、頭上、地面、更には背後……抜かりなく注意を払いつつ森へ入っていった。


 空に向かい根を伸ばす木々からはサワサワとした音が聴こえてこない。

 根のいたる所から生えている葉状の瘤は揺れても音を立てないのだ。

 代わりに地面に生い茂る葉たちが春太達に踏まれてサクサク音を立てるのみ。

 鳥のさえずりも無い。

 獣の息遣いも無い。

 外界から切り離されたような静寂。

 マイスは来る度にお化け谷というネーミングを印象付けられる。


 セリーナがいつにも増してキョロキョロしている。

 しばらく鼻をヒクヒクさせていたが、どうもしっくりこないようだ。

 もしかしたら、敵の臭いを感知できないのかもしれない。

 マイスのモンスターはエレメンタル系ばかりだ。

 それらは臭いを発していなくても不思議ではない。

 犬の最も得意とする臭いが封じられるのはかなりの痛手と言えるだろう。

 幸い、猟犬のセリーナは目も良いため視界に頼ることはできるが。

 そんなわけでセリーナは緊張感を漂わせているが、チーちゃんとプーミンは相変わらずお散歩気分ではしゃいでいた。慎重に行こうと言い聞かせても理解できるのはセリーナだけなので、これは仕方ない。ちなみにマキンリアの肩の上を飛行するはんぺんはいつも緊張感が無い感じなので変わらない。

 春太は慎重に周囲を確認した甲斐あって一番最初に敵を見付けた。

 やや前方頭上からひらひらと葉状の物が落ちてくる。

 葉状の物は見る間に肥大化していき、春太と同じくらいの背を持つ木になった。

 その木がぎこちなく歩き出す。

 間違いなくモンスター。

 春太は木が歩き出した瞬間に第一射目を放っていた。

 矢は迷いが無いかのように真っすぐ飛び、生まれたてのモンスターに突き刺さる。

『24』

 それから春太は近くの木の陰に向かう。

 前回はこの後、新たな敵の発見が遅れて全てが狂ってしまった。

 今回は木の陰の周囲に目を配り、しかもチーちゃんを呼び寄せた。

 新たな敵を発見した場合にすぐ対処できるよう春太が考え出した作戦である。

 新たな敵がいないのを確認すると春太は再び弓を構えた。

 木の陰からわずかに身を乗り出す。

 歩く木にはマキンリアの矢が命中したところだ。

 敵はマキンリアのいる方へ進路をとる。

 春太はその側面に第二射。

 命中。

『22』

 今度は歩く木が春太の方に向き直る。

 はんぺんが敵の背中に体当たり。

『29』

 春太よりも高いダメージを与えている。

 なんだか複雑な気持ちになる春太。確かマッキーが言ってたな、はんぺんは俺より強いって。本当にはんぺんの方が俺より強いのかよ……これはもうはんぺん様と呼ぶしかないな。

 はんぺんが急旋回して逃げていくと、歩く木はそれを追おうとする。

 春太は更にそこへ攻撃を……と思ったが、抜き打ち検査をするように振り返った。こういう時に別の敵が出たりするからな。

 それが功を奏し、新手を発見。ほら見ろ! いたああああっ!

 鬼火だ。

「チーちゃん、奴をやるんだ!」

 春太が指差して指示を出すと、チーちゃんが火の球を作り出した。これくらいシンプルな内容だと理解できるらしい。

 チーちゃんの作り出した火の球は、小学生ならすっぽり収まるくらい巨大だった。

 鬼火が火の球を発射するのとチーちゃんが火の球を発射するのは同時だった。

 チーちゃんの火の球は鬼火の火の球を呑み込み、勢いそのまま突き進む。

 衝突、爆散。

『1282』

 空に向かって天使が旅立っていった。

 チーちゃんにしてはあまりダメージが出なかったが、即殺に代わりは無いのでまあいいだろう。

「チーちゃんよくやった! 帰ったら抱っこ増量だね!」

 それを聞いたチーちゃんは尻尾を高速フリフリした。

 他に新手がいないか確認し、安全だと分かると春太は再び歩く木に矢を射る。

『20』

 歩く木が春太に振り向く。

 そこへマキンリアの矢とはんぺんの体当たりが炸裂。

『39』『29』

 歩く木はひっくり返り、天使になって飛んでいった。

「今日の俺達に死角は無い!」

 春太が腰に手を当ててそう言ったところでレベルが上がった。


 春太のステータス

 レベル:11 種族:ヒューマン

 攻撃力:75 防御力:74 素早さ:75 魔力:61

 HP:77 MP:77

 スキル:曲射、強撃、拡散撃ち

 装備:ラトリエの弓、ミルスブーツ、トレンサー弓用手袋、エルガ胸当て、エルガ腰当て(仮装大会仕様)


「シュンたん今日はイケてるね!」

「来たコレ、俺の時代が来たよ」

「この調子で頼むよ!」

「それはこの子達次第だ、ねー?」

 春太は愛するペット達に満面の笑みを向けた。

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