第75話 ペット愛の前ではデリカシーなど

 メルムの家の付近までやってきた。

 春太とマキンリアは宿に向かうため、次の分かれ道まで行ったら分かれることになる。


 分かれ道に到着したところでメルムが口を開いた。

「そろそろオリジナル作品を決めなきゃって思い始めたの」

 その言葉で春太はおでん屋・流浪のことを思い出した。

 流浪のレポートを伝え忘れていた。とりあえず思い出した以上は言っておこうか。参考になるか分からないけど。

「そうだ、今日もクラザックスの食べ歩きしてきたんだよ。それを言い忘れてた」

「そうなの? それならウチに来ない? 色々意見聞きながらオリジナルを決めていきたいの」

 ここで軽く挨拶を交わして別れるはずだったのが、メルムの家まで行くことになった。


 メルムの家に上がると、チーちゃんやプーミンがすぐさまリビングルームに駆け出していく。

 チーちゃんが床の臭いを熱心に嗅いでいるかと思えばプーミンはテーブルの脚に首をこすりつける。


 猫が頬や首をこすりつけるのは、幾つかの意味があるという。

 親しみを表す時や甘えたい時、それからマーキングしたい時など。

 猫には臭腺と呼ばれるニオイを出すための器官があり、それが顔にも存在している。

 猫が熱心に顔や首ををこすりつけている時、可愛い奴だと飼い主は思うかもしれない。

 しかし猫の視点で見ると「これはオレ(またはワタシ)のものだ」とニオイを一生懸命つけていたりもするのだ。なかなかしたたかである。


 メルムが階段を上りながら、後ろにいる春太達に声をかける。

「今日はわたしの部屋で話しましょ。セリーナ達はリビングにいてもいいけど」

 するとセリーナは遊ぼうとするプーミンの首根っこを咥え、チーちゃんの背中をトントンと前足で叩く。

 セリーナはプーミンを咥えたまま連れ帰ってきて、チーちゃんはその後ろをついてきた。

「セリーナも上に行きたいの?」

 春太が問いかけると、セリーナは考えるような顔をした。

 しかし何を思っているのかは読み取れない。

 とにかく春太達を追ってメルムの部屋までついてきた。


 メルムは部屋に入るなり靴下を脱いで放り投げた。

「あー疲れた~」

 高く舞った靴下が、後から入ってきた春太の顔に当たる。

「うわっ何だこれ?」

 春太はいきなりのことだったため、顔に当たるまでは何かしらの飛来物があることしか認識できなかった。

 それを手に取ってみて、初めて靴下だと認識する。

 そして振り返ったメルムが仰天したのだった。

「あ、ごめんつい普段のクセで! ていうかそれ放して、そこら辺に捨てて! 汚いから!」

 どうやら来客が来ていることをすっかり忘れての靴下投げだったらしい。

 自分の部屋に帰ってきて気が抜けてしまったからかもしれない。

 メルムが乙女らしい恥じらいを見せたことに春太はちょっと安心した。いつものキリッとした姿より今の姿の方が親しみを覚えてしまうんだよな。

 春太が部屋の隅に靴下を置こうとすると、チーちゃんがやってきて靴下の臭いを熱心に嗅ぎ始めた。それに釣られてプーミンとセリーナも靴下に鼻を近付ける。

「ちょっ! それやめて、臭い嗅がないでよお!」

 顔を真っ赤にしたメルムが春太から靴下を強奪していく。

「別にペットなんだから良いじゃないか」

 犬や猫は臭いを嗅ぐものである。そこにいやらしさは無い。大型犬なんかはちょうど人間の股間に鼻が届くのでその臭いを嗅いでくることもあるが、それをどうこう思ったことは無い。まあ人目があれば多少気にするけど。

「シュンたんってばデリカシー無いねー」

 マキンリアが部屋の入口でやれやれ顔をしているので春太は鼻で笑った。

「フッ……ペット愛の前ではデリカシーなどケーキに巻いてある透明なフィルムと一緒なりぃっ!」

「ちゃんとフィルムに付いている分をこそげとってから捨てないともったいないよ」

「うるさいなあ。まあこそげとるけど。とりあえず靴下の臭いなんか気にすること無いんだって。多分俺の靴下だってチーちゃん達は寄ってくるよ」

 そこで春太はあることを思いつく。そういえば俺の靴下をチーちゃん達に嗅がせたことなかったな。帰ったら試してみようか。もしかしたら入れ食いになるかも……!

 チーちゃん・プーミン・セリーナが自分に群がり夢中で臭いを嗅ぐ光景を想像する。

 それはどんなエロスよりも興奮するものだ。クラスメイト達はエロ話で盛り上がったりしていたが(野郎だけの時そうなることが多い)、そんなものよりも俺は犬猫にもみくちゃにされる方が幸せである。そう、ペット愛は性を超越したところにある。例えば、超絶可愛い女優が裸に毛皮のコートを着て目の前に立ったとしよう。18禁本でもこんなアホな展開はそうそう無いと思うけど、もし女優やアイドルが俺の目の前にっ……みたいな妄想はよくするものだろう。しかし俺は冷静にこう言うだろう……「うちのセリーナも同じファッションですよ」と。裸体など大したことではないのだ。

 ひとしきり心の中で力説すると、春太は思考を元に戻す。とにかく靴下だ。帰ったら靴下を試す。これだけは忘れてはいけない。最重要。靴下は使えそうだ。

 もはや靴下しか頭に無い。


 その後メルムとマキンリアと春太でクラザックスのオリジナル作品の構想に入ったが、真っ先に春太は提案した。

「靴下をクラザックスの中に入れてみたらいいんじゃないかな」

「え、靴下……?」

 メルムが気味悪そうに聞き返す。

 きっと彼女は本物の靴下をクラザックスの中に入れることを想像したのだろう。

 春太は思いついたアイデアを話した。

「ミニチュアの靴下を作ってさ、それを入れるんだよ」

 クラザックスは半透明のお菓子である。

 その特性を活かし、中に飾りを入れてみたら良いと思ったのだ。

 食べられる素材でミニチュアの靴下を作り、中に入れてみたらきっと見た目は楽しいものになる。

 メルムは意味を理解すると、うんうん頷いた。

「ああ~それ良いじゃない! 星とか入れてみても良さそう!」

「それ良いね! じゃああたしはステーキ入れたい!」

 マキンリアがそんなことを言い出したが、メルムも春太も口を合わせて「それはない」と言った。

 一方で春太は、

「まあまずは靴下だよね」

 もはや靴下以外のことは頭になかった。

「その謎の靴下推しはなんなの……?」

 メルムに訊ねられても春太はブレない。

「いや、とにかく靴下だよ」

「だからその靴下推しは何?!」

「とにかく靴下を入れてみようよ、それがいい」

 頭の中は靴下でいっぱいだ。

 そうしないと宿に帰るまでに忘れてしまう。

 繰り返し同じ言葉を口にすることで頭に刻み込ませるのだ。


 その後、春太は靴下推しを繰り返しマキンリアは刺身推しを展開、メルムは頭を抱えながらアイデアを練る羽目になった。

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