第73話 死に明けには食べるのが一番
額に柔らかくてしっとりした肉の感触が伝わってくる。
春太が目を覚ますと、セリーナがこめかみの辺りを舐めてくれていた。
セリーナは春太の意識が回復したのを認めると、顔を覗き込んでくる。
親が子を気遣うような仕草。
普段ベタベタしないのに、何かあれば優しく包み込んでくれる……これがセリーナの魅力だ。
「セリーナは優しいね」
春太がセリーナに頬ずりすると、セリーナは目を閉じてじっとしていた。
油断した。
敗因はそこにある、と春太は分析する。
お化け谷・マイスがハイレベルだと聞いてはいたが、いつもの調子で行ってしまっていた。
最近調子が良かったというのもある。
宝石鉱山・パケラケではある程度戦えるようになった。
いや、なった気がしていただけかもしれないが。
その流れで、ザコ敵くらいなら何とかなるだろうみたいな意識になっていたのかもしれない。
まさか即死させられるとは……
冒険に油断は禁物。
この世界には仮死亡という制度があるからいいものの、普通なら『その後、彼を見た者はいない- Fin -』である。
「セリーナ、俺はもう油断しないからね」
固く決意する春太。
セリーナは春太のことをチラ見したが、その目は『あ、そう』という感じであまり真剣な決意と受け取っていないようだった。
春太が回復するとすぐにクラザックス店舗巡りになった。
「シュンたん、こんな時は食べないとね!」
行商や冒険者で賑わう通りをマキンリアが意気揚々と先導していく。
「こんな時って……いつものことじゃないの?」
訝しげに春太が尋ねてみたが、マキンリアはどこ吹く風という感じでとりあわない。
「『死に明けには食べるのが一番』って昔から言われているんだよ」
夜勤明けには的な、あるいは病み上がりには的な言い方だ。そんなことわざがあるんだろうか。今創った感が拭えないけれど。
今日辿り着いたのは、店らしい店ではなかった。
【流浪】は屋外で小ぢんまりと構えている店、要は屋台である。
しかも、おでん屋。
春太は目が点になった。
こんな所にクラザックスを食べに来たのだ。
屋台の屋根裏からは札が沢山吊られているが、それがメニューだ。
札の一つには、確かにクラザックスと筆で書かれている。
「シュンたん、今日はこのおでん屋・流浪のクラザックスを行ってみよう!」
「おでん屋にクラザックスを食べに来るのって何か違和感が……」
春太の疑問にマキンリアは大仰に頷く。
「そう、良い所に気が付いたね。おでん屋に来ておでんを食べないなんて失礼じゃないか……食の道として邪道なんじゃないか……そう思ったわけだね?」
「いや、そういうわけじゃ」
「シュンたんも食の道がようやく分かってきたね。確かに邪道だよ。『それを視界に収めたらそれの真髄を味わうべし』ってセーネル出身の陶芸家が言ってた。だからね、今回はクラザックスの前におでんも食べるよ……!」
「それ絶対味わうの意味が違うよ。食のことを言ってるんじゃないよ」
「ここはね、おでん屋さんとして始めたんだけど冷たいおでんを開発した革新的なおでん屋さんなんだよ。でもね、昼間からやっててもあまりお客が来ないから二年前までは夜だけの営業に切り替えてたんだって。でもね、ある時お客が酔っぱらった勢いで『リリョーで店を出すならクラザックスもやらなきゃ!』って言ったのを機に店主がクラザックスも出すようになったんだってさ。それが人気が出て今では昼もやるようになったんだよ」
マキンリアはガイドブックを見ずにおでん屋・流浪の歴史を語った。彼女の海馬はこういうことで埋め尽くされているのだろうか。ある意味脳の効率化かもしれない。
「なんか割と軽いノリで始めちゃったみたいだけど、それが当たったの?」
「そう! 今ではガイドブックで紹介されるほどになったんだよ。そこにも紆余曲折があってね~店主は職人の資格があるわけじゃないから最初はクラザックスの名前を使えなかったの。『クラザックン』て名前で出してたんだって」
「……旅行先のバッタもんおみやげみたいだな」
「そこから口コミでだんだん広がって、ガイドブックに載せようと取材に行った人が『資格が無いから正式名称を名乗れないなんておかしい』って主張して、勝手に正式名称でガイドブックに掲載しちゃったんだって。そうしたら職人協会と出版社でバトルになって、一年くらいずっと論争やってたらしいよ。でも最近になって、もう正式名称で載せちゃってるからいいやって空気になってきて、特例でここだけは正式名称を使っていいってなったの。だからね~ここだけなんよ、無資格だけどクラザックスを名乗って良いのは」
「なんだかこの屋台歴史詰まりすぎだろ。逆に食いづらいよ。聞かない方が気楽だったよ」
「食の道はその歴史も一緒にいただくんだからいいんだよ。チーちゃん達も分かった?」
マキンリアがペット達に尋ねると、反応は様々だった。
チーちゃんはお座りして真っすぐマキンリアのことを見上げている(聞いてた風)。
セリーナは優雅に伏せていてマキンリアをチラ見したが、耳を盛んに動かして周囲の音を拾っているようだ。
プーミンはごろ寝していて、セリーナのふさふさ尻尾を抱き枕にしていた。
猫は抱き枕に高速キックを繰り出すことがある。
これは構ってほしい時などのサインである場合もあるが、単純にストレス発散と思われる時もあってよく分からない。
プーミンがセリーナの尻尾に高速キックを始めると、セリーナは嫌がって立ち上がった。
プーミンはボテッと落ちると、名残惜しそうにセリーナの尻尾を見つめていた。
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