第71話 気になるなあテロメアの味

 ミラはメルムの試作品を半分に切ると、目を閉じて黙々と咀嚼した。


 緊張の一瞬。


 彼女は咀嚼を終えて飲み下すと、うぅん、と思案の声を漏らす。

「……まあ、部の子達のもの以外を試食するのは初めてだけど」

 そこでいったん切って、頭を整理するように間を空ける。

 彼女の表情からして、芳しくないであろうことは容易に想像できた。

 この間は、言葉を選んでいるのだ。

 それが傷つけまいとするものなのか、分かりやすさを考慮してのものなのかは判別がつかない。

 後者であることは続く言葉で判明する。

「コンテストには、それに全身全霊をかけた猛者たちが集まる。全身全霊をかけた作品には、ある種の鋭さがあるんだ。制作過程の情熱を想像させるような、な。まずはこの部の子達と同じ領域に立つことが必要だろうな」


 メルムは明らかに動揺していた。

 試食しただけで気持ちまで見抜かれてしまったのだ。

 食べ物に気持ちが伝わるのかどうかは謎なところだが、現にミラはそれを感じ取ってしまった。

 ミラは忙しいらしく、すぐに他の部員達に呼ばれていってしまった。


 メルムは皿に残されたハーフサイズのクラザックスを見つめている。

 ミラは半分に切った後、残りの半分は皿に残していた。

 それが何かを物語っているようで、見ている春太も辛い。

「先生は沢山の試食をしなければならないから、全部を食べるわけにはいかないんだよ。残った半分は自分が食べて、先生の言葉の意味を理解するのに役立てると良い」

 マリアールがさりげないフォローをするが、メルムの落ち込みようは変わらない。

 プロがプロ志望に厳しいことを言うのは、ある意味当然のことではある。

 だがそれを間近で聴くと、その破壊力たるや。

 それでも、まだミラ先生は言葉を選んでくれた方だと思う。テレビ番組に出てくるプロがかける言葉はもっと辛辣で、容赦がない。

 などと、傍らにいる春太があれこれ思ってみたところでどうだというのだろう。

 直接打ちのめされたメルムのダメージは想像するに恐ろしい。

「これ食べないならあたしがもらっちゃうよ」

 マキンリアが空気の読めない感じで残った半切れを口に放り込む。

 それがあっても場が和むことはなく、メルムが重い息を吐き出した。

「やっぱり『とりあえず』とか『両方やってみる』とかだと駄目なのかな。いや、そうなんだろうね……気持ちがまず違うんだ、本気の人達とは」

 重苦しい空気。

 メルムの吐き出した息が皆を窒息させていく。

 近くの島からエルダルトが手を止め、やってきた。

「別にクラザックスにこだわらなくても良いんじゃないんですかね。これが世の中の全てってわけじゃないし」

 それは彼なりのフォローだったのか、それともクラザックスでは一歩先を行く彼の優越感からなのか、真意のほどは分からない。

 だがメルムにとっては耳の痛い言葉だったろう。

 一方でマリアールは別のことを言う。

「私はやるだけやってみた方が良いと思うよ。学生の内になるべく多くのことをやっておいた方が良い」

 彼は本当に同じ学生なのかと疑ってしまうほど大人びているのだが、幾らかわざとらしさが見えることに春太は気付いた。今はそれはどうでもいいことだが。

 エルダルトとマリアールの言葉が届いているのかいないのか、メルムは押し黙っていた。

 この日はメルムがそれ以上の試作品を作ることはなかった。


 翌日、春太が朝目を覚ますとプーミンがベッドの上で暴れていた。

 何をやっているのだろうか。

 どうやらプーミンは空中にいる何かを捕まえようとジャンピングキャッチをしているようだった。

 ビヨーンと飛び上がっては柏手を打ち、背中や尻で着地。

 しかしなかなか捕まえることができないのか、ジャンプを繰り返している。

 いったい何を捕まえようとしているのだろう。蚊か?

 しばらく見ていたが、プーミンは何もないところでキャッチをしているようだった。

 プーミンは落下しては手を開いて中を確認し、首を傾げている。

 その姿が何とも微笑ましい。

 春太はようやく気付いた。

 どうやらプーミンは空中の塵をキャッチしようとしているみたいだった。

 窓から差し込む陽の光でキラキラと空中の塵が見えている。

 そのキラキラ光る塵に興味を示し、捕まえてみようと思ったのだろう。

 塵は捕まえようとしたってなかなか手の中に収まるものではない。

 しかも、仮に捕まえたって下に落ちてきて手を開けば、もう判別できなくなっている。

 光の通り道でキラキラしているところでしか、塵を認識するのは難しいのだ。

 プーミンは飛び上がることに疲れたのか、寝転がって春太の顔を覗き込んできた。

「プーミン残念だったね。次は捕まえられるといいね」

 春太は子供をあやすように語りかけた。プーミンのキラキラした好奇心を大事にしてあげたい。

 プーミンは塵を捕まえられなかった代わりに春太の鼻を手で挟んできた。

 何と幸せな朝だろうか。


 リリョーの中で最もレベルが高い狩場はお化け谷【マイス】である。

 ここは魔力噴出孔の丘メッソーラで噴き出た魔力が降り注ぐ場所らしく、モンスターが強いらしい。

 その光景も独特だ。


 リリョーに来るまでの荒涼とした大地からは考えられない青々とした谷は山を登ってきて見付けた谷間のようだ。

 この谷に近付いていくと、木々の付ける葉が透明に近い緑であることが分かる。

 それは正確には葉ではなく、根に付いた瘤だという。

 マイスの木々は、上に向かって根を伸ばす。

 降り注ぐ魔力を求めて逆さまになったのだ。

 そして摂取した魔力の余剰分は根のいたる所から瘤として出てきて、変形して葉の形になる。

 最後にはそれが落葉し、エレメンタル系のモンスターになる。

 逆さまの木々の本当の葉は地面付近に付いている。

 下草だと思っていたものは、木々の葉が密集してできたものだった。

 マイスをお化け谷と定めた人は、この異様な森とエレメンタル系のモンスターが彷徨う様を見て、お化けの住む場所のようだと思ったからだという。

 春太も全くその通りだと思った。


 マキンリアがガイドブックをしまい、クロスボウを点検する。

「というわけだから、本当にお化けが出るわけじゃないから安心してね」

「マッキー何それ俺を心配してるの? 俺子供じゃないんだからさーそんなの怖がるわけないじゃん」

 不服そうに春太が言うと、その顔の前を何かが横切る。

「あわああああああああああああああっ!」

 春太は叫び声をあげ尻もちをついた。

 心臓をバクバクいわせながら横切ったものを確認すると、それは何のことはない、空中を動き回るはんぺんだった。

「あれえ、シュンたん、そんなの怖がるわけないんじゃなかったの?」

 ニヤリと笑うマキンリアに春太は怨嗟をぶつける。

「やめろよそういうのマジやめろよほんとやめろよ心臓に悪いから! 何秒か寿命縮んだよ今。テロメアがおかしくなったらどうすんの!」

「テロメア? 何それおいしいの?」

「おいしいかどうかなんて知らないよっ」

「へえー気になるなあテロメアの味」

「変なことでうっとりしないでくれる? テロメアは食べ物じゃないから」

「なーんだ、つまんないの。さ、シュンたん座ってないで、行くよ」

「切り替え早っ!」

 春太はパンパンと尻を払い立ち上がる。食べ物じゃないと分かると一気に興味を失うんだから、もう。いっそ潔いくらいだ。さて、俺も切り替えよう。

 そうして愛するペット達に向き直る。

「さあみんな、お散歩だぞー」

 号令をかけると、チーちゃんもプーミンもセリーナも目を輝かせた。

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