第70話 だって食べ物は糧なんだから
街へ帰ってくると、春太達は食事処に入った。
「いやー色々あってお腹減ったねえ」
マキンリアが苦労を滲ませながらそんなことを言っているが、どうにも軽いというか、違和感がある。
彼女の場合、色々なくてもお腹が減るのだ。
色々あったことが果たして彼女の空腹にどれほど寄与しているのか、それは分からない。
とはいえ春太もお腹が減っているのは事実。
パケラケでは随分動き回ったものだ。
ボス戦こそペット達の独壇場だったが、そこに行くまでに多くのモンスターと戦った。
コウモリとの戦い方などまだ生々しく思い出すことができる。
そして、この石……
春太は謎の石を何とはなしに弄ぶ。
結局この石はトージローに渡すことができず、まだ春太の手に収まっている。
この石を売ってしまえば、立て替えてもらった額は返すことができるだろう。
でも、勝手に売ってしまっていいものか。
トージローが大切に持っておくといいと言ってくれた物だ、勝手に売るのは悪い気がする。
とすると、中途半端に、それこそ宙に浮いた物を所有しているようでどうにも居心地が悪い。
だいたい、これに何故そこまでの価値があるのか。
その効果も、更にはこの石の名前すらも知らないのである。
そんな春太の気持ちを知ってか知らずか、マキンリアはメニュー表に夢中だった。
「ねえシュンたん、このお店【メルージュ】はね、凄いんだよ」
全く、よく能天気に食い物の話ができるものだ、と春太は呆れとも感心ともつかない気持ちになった。
「凄いっていうのは?」
「ここはね、そうめんとクラザックスが楽しめるお店なんだよ!」
「……え?」
春太の呆れとも感心ともつかない気持ちは一瞬で吹き飛んだ。
そうめんとクラザックス。
予想だにしていなかった組み合わせだ。
「この街ではクラザックスだけでやっていくのは大変だからね。だから店主が他にも目玉が必要だっていうんでそうめんをやってみることにしたの。そうしたらなんと大当たり! やっぱりリリョーは暑いから、そうめんがバカ受けしたんだって」
「他店との差別化は重要だよね。と言ってもさ、それはクラザックスの方は期待できるの?」
その道一筋でやっていると言われた方が、何となく安心感があろうというものだ。そうめんにも手を出してみましたと言われると、クラザックスの方は中途半端になっていないだろうかと勘繰ってしまう。
「駄目だったらガイドに載ってないと思うよ。あーでも、ガイドも完璧じゃないからね。鵜呑みにするのも良くないからな~そう思うとドキドキだね」
「ハズレが出るかもって状況を楽しめるのはマッキーの美徳だと思うよ」
「シュンたん、ハズレなんて存在しないよ。ハズレだと思っているものも、何かしらの糧になるんだよ。そう、だって食べ物は糧なんだから、ね……」
格言を授ける仙人のようにマキンリアが言った。
実際、彼女の中では格言なのだろう。
春太はメニューを開き、ざっと目を通す。
メニューの種類はあまり多くなく、簡単に言えば、セットか単品かの選択肢しかなかった。
「無難にいけばセットかな。セリーナはどう?」
テーブルの下にいるセリーナにメニュー表を見せると、セリーナは手でセットを指し示した。プーミンはセリーナの背中にしがみついたままセリーナの真似をしているが、メニュー表まで手が届かない。チーちゃんはセリーナの背中で目を閉じていた。
クラザックスはつくづく創作菓子だと感じた。
メルージュのクラザックスは和菓子に近い味だった。
お店によって千差万別である。
メルムは現在クラザックスのコンテストに出すものを試作中だ。
春太達は街で食べたクラザックスの感想をメルムに伝えることで、その手助けをしている。
素人の感想がどれほどの手助けになっているかは分からないし、半分はマキンリアが食べ歩きをしたいだけなのだが。
しかし、メルムの方はとても参考になると喜んでいる。
今回も、メルージュの情報には強い関心を示したようだった。
「それは取り合わせが良いのかもしれないね」
中学校のお菓子研究部。
メルムは作品制作の手を休め、春太達の話を聞いていた。
彼女の視点は春太達とは全く異なる所にあるようで、春太は真意を測りかねて聞き返す。
「取り合わせ?」
「そう。そうめんがあっさり系だから、クラザックスは味の主張を強くしてあるんだと思う。どちらもあっさりだと、お客さんの印象に残らなくなっちゃうから」
春太は和菓子みたいな味のことをどう伝えたものか、と思い、甘ったるいの一歩手前と表現していた。
その、甘ったるいの一歩手前を情報として受け取ったメルムは、このように解釈したのだ。
「なるほど」
そうめんと同じくあっさりしたクラザックスが出てきた場合を想像してみる。
果たしてその店はガイドブックに載るほどになるだろうか。
逆に、食事が濃い味だった場合はどうだろうか。
そうした取り合わせは今まで気にしたことがなかった。
普通の人は食べることにそこまでの掘り下げをしたりしないものだ。
とりあえず、食べたいものを食べる。
それ以上の思考力をそこに注ぎ込むのは難しいし、注ぎ込もうと思いつくことも無い。
でも、自然と選び取っているはずだ。
また行きたい店と、そうでない店を。
そうしたロジックをメルムは言葉にしただけなのだ。
「食というのはね、奥が深いんだよ」
マキンリアがウンウン頷いている。
たぶん、春太と同じくなるほどおー、と思っているのだろう。普段から並々ならぬ情熱を食に注いでいるのに、メルムのようにロジカルに考えたことはないのだろう。
春太達に近付いてくる影があった。
先頭は部長のマリアールだが、その後ろにキャリアウーマン風の大人の女性が付いてきている。
「やあメルム、今日は顧問の先生を紹介するよ」
マリアールが柔和な口調で紹介を始める。メルムが居住まいを正して立ち上がる。春太達も何となく立ち上がった。マリアールはそれを見て、続きを口にした。
「ミラ先生だ。五年前の菓子コンテストで優勝した凄腕のプロだよ」
紹介された方の女性はややうんざりした調子で言葉を引き継ぐ。
「『元プロ』だ。ミラだ、一時期プロに身を置いていたが、今では教師をしている」
それは言い慣れた響きを持っていて、洗練されたコントのように滑らかだった。このやりとりだけで、きっと何度も同じ訂正をしているであろうことが想像つく。
メルムは元プロと聞いて目を輝かせたようだった。
「元プロですか? どこのお店でやっていたんです?」
するとミラは苦い顔で答える。
「【ベルグリッド】だ。もう潰れた」
それは菓子職人の世界の厳しさを物語るものだった。
プロでやっていたけどお店が潰れ、先が見えなくなって教師に流れてくるというのはあり得るパターンだ。そうでなければ今でもプロで続けているはずである。
そんな春太の表情を読み取ったのか、マリアールが首を振った。
「先生、その説明だと勘違いされてしまいますよ。ほら、そこの少年なんかプロが挫折したというありきたりなストーリーを思い描いている」
「ある意味挫折だろう」
ミラが投げやりに応じると、マリアールは律儀に説明を始めた。
「諸君、ミラ先生はセクハラを告発して追放されてしまったんだ。ベルグリッドも名門だったんだけどね、セクハラの問題と、その後のミラ先生追放というマズイ対応が響いてあえなく閉店となってしまった。そこでミラ先生は業界の改革のため、これからプロになる子供達の性根を叩き直すという道を選んだわけさ」
「最後の方に若干の悪意が感じられるぞ」
「そんな滅相もございません。これは敬意の表れです。お陰で職人に求められるものの広さを知ることができましたので」
「まあいい。そういうわけで、私はいくらか厳しいが、これからプロを目指す者にとって何らかのプラスにはなれると思う」
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