第69話 俺とどちらがザコかいい勝負だな!
ボスを倒すと大量のドロップアイテムがばら撒かれる。
色とりどりの宝石たち。
「ハハハザコめ、俺とどちらがザコかいい勝負だな! チーちゃんとプーミンに倒せない敵はいないのだよ!」
高笑いで春太がドロップアイテムの回収に向かう。
「ボールロベルテは魔法対策がされてたんだね~」
マキンリアが感心の呟きを見せてついてくる。
確かに、何かしら冒険者を苦しめる対策がなされていなければ味気ないものになってしまう。
単純に威力の高い攻撃や魔法を撃つだけのゲームは飽きられてしまうだろう。同じ作業を繰り返すだけで大抵のことが済んでしまう状態は俗に『作業ゲー』と呼ばれる。俺のプレイしたことのあるゲームは遠距離職が優遇されていることが殆どだったので、近接職を一人前面に立たせて他はみんな遠距離職がバスバス高火力の攻撃を撃って大抵のことが済んでしまっていたな。酷いと全員遠距離職で集まって楽々敵が倒せるゲームもあった。これは作業感が半端なかったな。かといってわざわざ不遇の近接職を使いたくなかったし。
「ボスのドロップともなれば相当稼げるんじゃないかな~」
赤や緑、黄色の宝石を次々手に取っては確認してみる。
どれも綺麗で高価そうだ。
ここで稼げれば、色々なことに期待が膨らむ。
宿のグレードアップとか。
次の街へ行く時馬車で送ってもらうとか。
祖父がお金と時間について語っていたことを思い出す。
『金と時間の関係は常に意識しておくと良いぞ。車で6時間かかるところを新幹線なら2時間、飛行機なら45分で行けるとする。しかし車より新幹線の方が金がかかり、新幹線より飛行機の方が金がかかるとする。LCCが出てきてその都度安いのがどれかは場合によりけりになったんだが、複雑なことはこの際考慮しなくていい。要は、時間を金で買うのだ。時間の値段は高いと思っておけ』
聞いた当時は分からなかったが、今なら少し分かる。旅行に行った時、現地でより多くの観光ルートを辿るには時間が必要だ。そのためには高くても速い交通機関の方が良い。その後、こんなことも言っていたな……
『それから春太よ、お前が大人になれば自分の時間を売って金を稼ぐことになる。決して自分の時間を安売りするな。悪い大人達がお前の時間を安く買い叩こうと手ぐすね引いて待っているぞ』
これも聞いた時は分からなかったが、今でも分からない。俺はまだバイトもしたことないし。たぶん、ブラック企業のことを言っているんだろうけど。あー大人になりたくないなあ。
だいたいのドロップアイテムを回収し終わった頃、変な物を見付けた。
一つだけくすんだ鉱石がある。
これも宝石の原石かもしれないが、他はキラキラ光っているのに、これはハズレだろうか?
「何これ、石?」
マキンリアが覗き込んできたので、春太は分からないと首を振った。
ほのかに内側から青い光が漏れてきているが、職人に頼んで磨いてもらわないといけないかもしれない。
だが、形は既に成形後のように綺麗にカットされていた。
紋章らしき細工もある。
謎な石だった。
「これ何だろうねえ」
春太が地面付近まで手を降ろすと、チーちゃんとプーミンが寄ってきて鼻を近付けてフンフンした。
特に彼女達の興味を引く臭いは無かったようで、チーちゃんとプーミンはすぐに別の方へ行ってしまう。
セリーナもやってきて謎の石の臭いを嗅いでみたが、同じだった。
春太達に鑑定眼は無いので、考えてみても分からない。
分からないものはしょうがないということで、引き上げることにした。
パケラケの入口まで戻ってくると、謎な石がとんでもない代物だったと判明した。
ここでの稼ぎは、四割が税金として持っていかれるのだ。
「120万コロンの徴収となります」
兵士が事務的に金額を告げる。
「はぁ?!」
春太は固まってしまった。
どうやらそれなりに値が付く宝石もあるみたいだが、謎な石が飛び抜けて高いようだった。
そのせいで、120万。
「今、手持ちはございますか?」
「いや、そんな大金……」
あるわけないだろ、と内心で毒づく。
「お支払いいただけない場合没収となりますがよろしいですか?」
「いやいいわけないでしょ! っていうか税率高すぎません?」
「狩りの出発前に説明はしてありますよね?」
「そうですけど……」
「皆さんそう言われますけどねーこれは法律で定められていることですので」
兵士は言い慣れた調子で応対していた。
きっとこんなやり取りは頻繁に起こっていることなのだろう。
とはいえ、せっかくの収穫を簡単には諦められない。
「ちょっとー没収って酷すぎじゃん! ドロボーだよドロボー!」
マキンリアも不満を述べると兵士が顔をしかめた。
「これは正規の手続きによる徴収です。納税は義務なんですよ義務」
「そんなムズカシーこと分からないし! 欲しいなら自分でボールロベルテ倒してくればいいじゃん!」
「っ……! これ以上文句を言うなら逮捕しますよ!」
遂に兵士が怒りを露にする。
春太は逮捕という単語に青ざめ、マキンリアを止めに入った。
「マッキーここは諦めよう! 逮捕されたら元も子もないし」
急に態度が変わった春太の様子にマキンリアが不満を述べようと口を開きかける。
だが、そこで別の人物が声を上げた。
「私が払おう」
その声は、このパケラケでも聴いたことのあるものだった。
春太とマキンリアがピタリと止まり、声のする方へ振り向く。
そこにいたのはトージローだった。
後ろにはゴンもヒマワリもいる。
トージローは兵士の目の前にあるテーブルに次々と金貨を積んでいった。
誰もが呆気に取られている間に金貨の山ができあがり、トージローが穏やかな口調で兵士に話しかける。
「さあ、確認してくれ」
兵士はすっかり怒りを失ってしまい、引きつった顔で金貨の山を眺めた。
「…………あ、ああ、はい……………………確かに、あります、ね……」
「では彼らの支払いはこれで良いな? 今度は私達の分を計算してくれ」
淡々と進めるトージローのペースに誰も口を挟むことができない。
まるで大きな商談をし慣れているように、通常運行だ。
こうしてふっと現れたトージローによって、あっけなく事態は収束してしまった。
春太が我を取り戻したのはパケラケを出てからだった。
「あの、トージローさん……これを受け取ってください」
謎の石をトージローに差し出す。
トージローは穏やかな笑みを浮かべた。
「それは君達が獲得したものだ」
「いや、でもあんなに支払ってもらうわけにはいきません」
「石が君達を選んだんだ。私にはそう見えた。だからこのまま没収されて離れ離れにさせてはいけないと思ってね」
「いや、これはたまたま出ただけですよ。っていうか、トージローさんもボス捜してたんでしょ? これが欲しかったんじゃないんですか?」
「私達はボスに会えなかった。物事には巡り合わせというものがある。これは後々必要になると思うぞ、大切に持っておくといい」
春太はどうしても家の境遇が頭にちらついてしまう。
使えるものは何でも使っておけ、という姉達……彼女達は毎月親のお金で訳の分からない物を買いこんでいるが、その額はとてもアルバイトでは手に入らないようなところまで行っている。しかもそれを、ウチの親は叱らない。それどころか、母は『今の内にこういうことに慣れておきなさい』と言う。むしろ叱られるのは俺の方だ。『変な正義感なんて持たないでいいの。そんなことじゃ立派な大人になれないよ』なんて言われた。何だろう。何で人の金で豪遊することが立派な大人で、自分の力で稼いだお金を使ったら立派な大人じゃないんだろう。わけが分からない。
春太は躊躇いがちに口を動かす。
「人のお金で解決するのは……良くないと思うので……」
こういうことを言うのに躊躇ってしまうのは、正義感という言葉が悪者みたいに扱われているからだ。なんか、あいつ正義感強いんだぜみたいに思われるのが堪らなく嫌で……
それでも口に出して言ったのは、それなりに春太の中でお金に関する自立をしたい思いが膨らんでいるからだ。
トージローは春太の思いを受け止めるように数秒、目を閉じた。
それから優しい声で、こう言った。
「人のお金に頼ることに抵抗があるのなら、自分も誰かを助けられるようになりなさい」
そんなトージローが堪らなくカッコよくて、春太は敵わないなぁと手を引っ込めた。
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