第68話 犬として死ねるならむしろ本望!

 全身をトパーズに染めたボールロベルテが手当たり次第に天井を打ち鳴らす。

 すると天井からつらら状の岩塊が落下してくるようになった。


 大広間のどこにいても、無作為な位置とタイミングで岩塊が落下してくる。

 春太とマキンリアは大広間に入る手前の通路にいたので難を逃れたが、チーちゃんとプーミンは岩塊の雨に晒されることになった。


 プーミンは一目散に逃げだし、春太達の所へ帰ってくる。

 しかしチーちゃんの方は状況が呑み込めないのか、その場から動かない。

 チーちゃんの身体は小さいので岩塊の直撃はないものの、岩塊が地面に衝突して撒き散らす破片でダメージを受けていった。

『5』

『3』

『4』

 一撃のダメージは大きくないものの、何回も重なると心配になってくる。

「チーちゃあん!」

 春太はあわあわして大広間に踏み出そうとする。

 それをマキンリアが制した。

「だからシュンたんが行っても無駄だって! 犬死にだよ!」


「犬死に……? 犬として死ねるならむしろ本望!」


「なんか違うスイッチが入っちゃった! どうしよう、セリーナ何とかして!」

 水を向けられたセリーナは微動だにしない。

 彼女の顔には『こんなことで何を慌てているの?』と書いてある。

 マキンリアは腕組して呟く。

「ねえシュンたん……セリーナは何でこんなに冷静なんだろう。何か攻略法を分かっちゃったんじゃない?」

「そりゃセリーナ姉さんだもん、俺らで分からないこともみーんなお見通しだよ」

 春太が自慢げに語る。姉さんに分からないことなんかない。っていうことは、姉さんに訊けば良いんじゃない?

 いいことを思いついたとばかりにポンと手を打つ。

「セリーナ姉さん、どうすればあいつを倒せる?!」


 すると、セリーナはダックスフントみたいな長いマズルを動かし、ボスの方を示した。


「……分かったよ姉さん!」

 春太は百人力を得た表情で拳を作る。

「なんて言ってるの?」

 マキンリアが期待の眼差しになる。

「『よく見ろ』だって!」

「それ何も解決してなくない?!」

「いやいいんだよ。セリーナ姉さんは常に正しいんだから! ほら、瞬きもせずに見ようじゃないか!」

「大丈夫かなあ……」

「心配ないさ、全て俺に任せろ!」

「さっきまで『チーちゃあん!』って言ってたのシュンたんじゃん!」

「俺はこの短時間で生まれ変わったのさ……」

 ニヒルな笑みを浮かべ春太はボールロベルテの観察を始めた。


 奴は天井の打ち鳴らしををやめ、首をもたげチーちゃんを睨み付けている。

 体格差100倍以上といった者に睨み付けられれば蛇に睨まれた蛙。

 チーちゃんもいくらステータスが高いからといって、心まで余裕でいられるわけではないようだ。耳をパタンと寝かせて怖がってしまっている。ちなみに犬が耳を寝かせるのは怖がっている時だけでなく、大好きな飼い主が帰ってきた時など喜びを爆発させた時もそうなる。


 これまでボスだって瞬殺してきたのだ。

 容易に倒せない状況というのは初めてである。

 戸惑うのも無理はない。

 チーちゃんはどうしていいか分からないまま、また炎の魔法を放った。

 赤紫の炎が波となってボールロベルテを呑み込む。

 しかし最初の一撃目以降ダメージはゼロばかりだ。

 ダメージを無効化してしまう何かがボールロベルテにはあるのである。

 それを見破らない限り状況は変わらない……


『1925』『0』『0』


 変わらないと思っていた状況が、変わった。

 またダメージが入った。

 そしてまた、一撃目以降ダメージがゼロだった。

「いったい何だこれは……?」

 春太は首を傾げる。

 ボールロベルテの体色がまた変わる。

 ルビーの色になった。

 しかも輝きが強くなり、ひときわ大きな咆哮を上げた。

 HPが減ってきたことによる怒りモードらしい。


 奴は一帯を塗り潰すようにのたくり始めた。

 地響きと土煙が広がる。

「チーちゃん危ない! とにかく撃て撃て!」

 春太は焦って指示を出すが、チーちゃんが火の球をボールロベルテにぶつけても……

『0』

 またダメージがゼロになってしまった。

「どういうことだ!」

 春太が頭を抱えている間にチーちゃんがのたくりに巻き込まれてしまう。

『10』『6』『7』『7』

 チーちゃんが火柱の魔法を連射するが、やはり同じ。

『0』『0』『0』『0』『0』『0』『0』『0』『0』『0』

 まるで無敵になったかのようだ。

 そこでマキンリアが叫んだ。

「あーーーっ分かった!」

「えっ……?」

 春太が振り返るとマキンリアが鋭く指示を出す。

「シュンたん、プーミンに魔法を撃たせて!」

「え、なんで?」

「いいから、早く!」

 急かされて春太は訳が分からないままプーミンに呼びかける。

「プーミン、また雷を撃って!」

 春太の足元まで戻ってきていたプーミンはしかし怖がっていて動かない。

「うわ駄目だ、どうしたらいいんだこれ?!」

 元々指示をあれこれ理解できる方ではないプーミンには言って聞かせても思い通りには動いてくれない。

「ちょっとーシュンたん、早くしてよーペットマスターなんでしょ!」


「…………ペットマスター……?」


 春太はハッとなる。そうだ、俺はペットマスター。ペットのことなら何でもお任せの頼れるお兄さん。プーミンをうまく動かすことができなくてどうする。

 そこでペットマスターの思考回路が激しく電流を帯びる。

 最適解を瞬時に弾き出す。

 ニヤリと春太は口端を歪めた。


「ヌハハハ、分かったぞ! こうするのが……一番だっ!」

 火の輪くぐりの前に水を被って勢いをつけるように叫び、春太は大広間へ走り出した。


「え、ちょっシュンたん?!」

 マキンリアが呼び止めようとしたが時すでに遅し。

 のたくり終わったボールロベルテが再びとぐろを巻くと、春太の方に首を向ける。

 新たな獲物に興味を示し、大きな口を開いたり閉じたりして品定めをした。


 そこで春太は入口の方を振り向く。

 わざと腹這いになり、手を伸ばす。


「プーミン助けてーっ!」

 プーミンからは、春太が危機的状況に陥っているように見えたはずだ。


 プーミンには特性がある。

 春太の危機に敏感という特性が。


 プーミンはそれまでの恐怖を忘れ、怒りに塗り潰された。

 奇声を上げながら大広間に走って行き、ボールロベルテに魔法を繰り出す。

 凄まじい雷球がボスに向かって飛んでいき、命中。

 爆発したように弾けた。

『1105』『0』『0』『0』『0』『0』『0』『0』『0』『0』

 猛烈な多段ヒット。

 先頭の一撃目だけダメージが入る。

 また、一撃目だけが。


「シュンたん、見て!」

 マキンリアがボールロベルテを指差す。

 ボールロベルテの体色がトパーズに変わる。


 春太は分かった気がした。

 攻略法が。

「この状態だと、雷の魔法はダメージゼロってこと……?」

「そうだよ、雷の魔法を一撃ヒットさせると、それ以降雷の魔法は無効になる。で、火の魔法を一撃ヒットさせると、それ以降火の魔法は無効になるんだよ!」

「……そういう仕組みか!」


 ボールロベルテは、属性攻撃を受けるとその属性を無効化するバリアを張るのだ。

 そしてそのバリアは、複数の属性に対応できない。


 だから火のバリアを張っている時は火は無効だが、雷は通る。

 雷のバリアを張っている時は雷は無効だが、火は通る。

 どのバリアを張っているかは体色で分かるようになっている。


 仕組みが分かってしまえば、攻略法は簡単だ。

 火と雷を交互に撃ち込めば良い。


「よおし、次はチーちゃんだ! チーちゃん魔法を撃って! その次はプーミンだ! 交互に撃てば良いんだよ!」

 しかしうまく伝わらないのか、プーミンが雷を撃ち込んでしまう。

『0』『0』『0』『0』『0』


「いや違う違う、チーちゃんだって! チーちゃん撃って!」

 チーちゃんの魔法で火柱が立ち、ボールロベルテを包み込む。

『1267』『0』『0』『0』『0』『0』『0』『0』『0』『0』


 殆ど同時にプーミンが雷撃ち込む。

『1212』『0』『0』『0』『0』『0』


「プーミン俺が言う前に撃ってるし! ああもういいや、とにかく二人でバンバン魔法撃って!」

 こうなりゃヤケだ、と春太は自由にやらせた。元々チーちゃんもプーミンも複雑な指示は理解できないのだ。二人で連射していれば結果的には倒せるしもういいや!


 ボールロベルテは炎と雷に何度も包まれ、洞窟に潜っているのを忘れるほどの閃光を発した。

 そして断末魔の叫びを上げ、クタッとくずおれた。

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