第66話 レッツ他力本願ッ!
ネズミの俊足は一回目では目で追うことができなかった。
しかし二回目の遭遇でもそこまで変わることはなかった。
慣れによりある程度は目で追えるものの、小動物特有の急カーブで見失ってしまう。
せっかく覚えた拡散撃ちも、視界から消えた相手には当てられない。
「うわあ駄目だ、速すぎる!」
春太は三回ミスしたところで諦めた。
これ以上頑張ったところで当てられそうにない。
「シュンたん諦めたらだめだよ。敵の動きを予測して撃てばいいんだよ!」
マキンリアの檄が飛ぶが、春太は首を振りつつ構えを解いてしまった。
「いや、無理だよ、ムリムリ! 俺の動体視力じゃ追えないもん」
「えー?! だってどんなアイテム落とすか見てみたくないの?」
そんな二人のやり取りを嘲笑うかのようにネズミが立ち止まり、見上げている。
きっと、二人のレベルでは到底倒せない設定なのだろう。
だから、春太はあっさり諦めた。
「そりゃあ見てみたいけどさ」
「だったらマグレを信じようよ!」
お説教モードになったマキンリアだが、そんな彼女に春太はニヤリと不敵な笑みで応じた。
「いや、マグレを信じるより確実な方法をとろうよ」
マキンリアは目を点にしてしまう。
「えっ……? 確実な方法?」
どうやら彼女は気付いていないようだ。
春太は謎解きをする名探偵の気分で秘策を明かす。
「あのネズミは俺達のレベルでは倒せない……俺達のレベルでは、な」
「え、ま、まさか……!」
マキンリアがまるで台本を読む役者のようにいい合の手を入れる。
そこで春太は深く頷いた。
速すぎて追いつけないなら、追いつける者に頼めばいい。
春太は腰に手を当て、思い切り仰け反り、むさ苦しい応援団長のように声を張り上げた。
「レッツ他力本願ッ!」
「なんか格好と言っている内容が合ってないよ?!」
それを春太はさらりと聞き流し、愛するペットに向き直って直角のお辞儀をキメた。
「セリーナ姉さん、やっちゃって下さい!」
今回のセリーナは、いつもよりやる気があるようだった。
いつもなら『しょうがないわね……』という表情をするものだが。
しかし、やる気の理由はすぐに判明する。
セリーナが姿勢を低くし、ロケットスタート。
ネズミがびっくりし、チョロチョロ逃げ回る。
これまで誰も追うことができなかったネズミに、同等、いやそれ以上の速度で追いすがるセリーナ。
何度も急転進するネズミは容易に捕まえることができない。
しかし、獲物を追うセリーナの表情は輝いていた。
セリーナのやる気は、猟犬の血が騒ぐからだったのだ。
サバンナの狩りの映像を観ているかのような光景が広がる。
セリーナが遂に飛びかかり、噛みついた。
『824』『1013』
二段攻撃が入り、ネズミがあっさりと昇天する。
ドロップアイテムがキンッと音を立て地面に落ちた。
それは、きらびやかに輝く金貨だった。
「さっすが姉さん!」
春太が我が事のように喜び、マキンリアが呆れ顔をする。
「あれに追いつけちゃうんだ……信じられない」
セリーナは舌を出し、本気で走れて満足げな表情をした。
トージロー一行が駆けつけてくる。
「あのネズミに追いつくとは、珍しいものを見せてもらったぞ」
楽しそうにニコニコしているトージローだが、その横では赤髪の男・ゴンが不満を滲ませている。
「なんだよ、俺達のネズミがとられちまったじゃないかよ」
春太は面倒くさいことになるんじゃないかと身構えてしまう。
ゲームをしていた時にはよくある話だった。
モンスターを倒す優先権は、『そのモンスターに最初に攻撃された(又は、した)者に優先権がある』という暗黙のルールがあることが多い。
今倒したネズミは元々トージロー一行が攻撃していたので、春太達はそれを『盗った』と言われてしまってもおかしくなかった。
だが不満を漏らすゴンを横のヒマワリが宥めにかかった。
「もーそんなケチなこと言わないの。どうせわたし達じゃあのまま逃がしちゃったでしょう?」
「そんなことないぞ。いずれは追いつけたはずだ!」
「ぜんぜん追いつけてなかったじゃないのー」
「ふん、俺が元のすが」
「あっ! あなたの足元に美味しそうなササミジャーキーがっ!」
「なにいっ?!」
ゴンが足元を覗き込むと、そこには不自然なことにササミジャーキーが落ちていた(というかヒマワリが落とした)。
とりつかれたようにゴンはササミジャーキーを拾い上げ、むしゃぶりつく。
「うむ、旨い! この洞窟もなかなか粋な計らいをするじゃないか! アイテムを換金して食い物を得るより、最初から食い物を落としてくれた方が早い!」
その豪快な食いっぷりを見てマキンリアがテンションを上げる。
「そうだよね! 最初から食べ物を落としてくれた方が良いよね!」
カオスな状況になり、トラブルの気配は吹き飛んでしまった。
春太はホッとした。トラブルには巻き込まれたくないからな。しかし『元のすが』って何だ?
「おお君達、また会ったか」
トージローが朗らかに挨拶してきたので春太も丁寧に応じる。
「こんにちは。トージローさんもここへ稼ぎに?」
「稼ぐというか、まあ、そうさな……ボスのドロップアイテムを入手しようかと」
さらりと言うトージローに春太は目を丸くした。
ボスを倒しに来たということは、トージロー一行はそれだけの強さがあるということだ。
「へ~ボス狩りですか」
一見するとのほほんとしたパーティーに見えるが、実は実力者揃いなのかもしれない。
「ここのボスはすぐに分かるぞ。クリスタルワームの『ボールロベルテ』という。キラキラ光る……ミミズの大きいやつだ。図体がでかいから細い道には入ってこん。この最下層には大きな広場は限られているから、そこを巡回していればいずれ会えるだろう」
春太は想像する。巨大ミミズ。細い道に入れないほどの。クリスタルと名前が付くからには宝石でできているのかもしれない。
「ここのボスともなると、ドロップアイテムも相当稼げそうですね」
「うむ、稼げるぞお。ただ……扱いに困るかもしれんがな」
呵々大笑するとトージローは身をひるがえした。
春太はその背中に手を振り、一行と別れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます