第65話 褒めて伸ばすんだ

 階層が進むと、だんだん人が少なくなってくる。

 出てくるモンスターはサンゴ、ヒトデ、コウモリと変わらないが、モンスターの動きに変化が出てきた。


 サンゴが飛び跳ねて移動するようになったり。

 ヒトデがジャンプして天井に張り付き、そのまま移動を始めたり。

 コウモリは性能の高い色違いのやつが出てきたり。

 冒険者を阻むような仕様になってくる。


 それでも春太達が進めたのはひとえにペット達のお陰だった。

 コウモリがやってきてもチーちゃんやプーミンが魔法で撃ち落とし、モンスターが集まってきてもセリーナが一匹になるまで減らしてくれる。


「ねえ、あたし達っている意味あるの? この子達無敵過ぎるんだけど」

 マキンリアが素朴な疑問を口にしたので、春太は強くうなずいた。

「あるある。褒めてあげる人が必要じゃないか」

「えっ……?」

「だって俺達のためにこの子達が動いてくれてるんだよ? この子達はしもべじゃないんだ。我が子と一緒だよ。褒めて伸ばすんだ。ちなみに俺も褒めて伸びる子だ」

「そっかー褒めて伸ばすんだね! シュンたんも褒めたら伸びるの?」

「そりゃもう伸びるよ」

「シュンたん頑張ってるね!」

「そう? じゃあしばらく休んでてもいいかなあ?」

「伸びそうにないよ?!」

「いやいや伸びるって! 明日は本気出すから!」


 春太とマキンリア(+はんぺん)は常に一匹だけを相手にすれば良かった。

 それがいい経験値稼ぎになったのか、最深部に着く頃には春太のレベルも10になっていた。


 春太のステータス

 レベル:10 種族:ヒューマン

 攻撃力:69 防御力:68 素早さ:69 魔力:56

 HP:69 MP:69

 スキル:曲射、強撃、拡散撃ち(散弾のように複数の矢を同時に射る。MP消費5)

 装備:ラトリエの弓、ミルスブーツ、トレンサー弓用手袋、エルガ胸当て、エルガ腰当て(仮装大会仕様)


 新しいスキルを覚えた。

 これはどう使うのか。

 ちょうどサンゴが出てきたので、試し射ちしてみる。

 すると、一気に五本の矢が拡散しながら飛んでいった。

 だがサンゴにはその内の一本しか当たらない。

「これ、意味あるのかな……」

 春太は微妙な気持ちになる。もしかして、俺が特別使えないスキルばかり覚えるようにできているんじゃなかろうか。

 そんな呟く様子を見てマキンリアが教えてくれた。

「コウモリには有効だよ。あと、ボスみたいに体が大きいモンスターにはよく効くから」

「……なるほど」

 次にコウモリがやってきた時に、もう一度試してみた。

 拡散して飛んでいく矢のどれかが確実にコウモリを捉える。

 今までミスが頻発していたのが、必ず当てられるようになった。

 微妙な気持ちがV字で回復する。

「なんだ、使えるじゃん!」

 攻撃がミスすると割とイライラするものだ。

 必中になってスカッとした。


 最深部では新たなモンスターも出てきた。

 春太達の前を物凄いスピードで何かが横切る。

 ロケットみたいに飛んでいったそれは、最初何だか分からなかった。

「今何かいた?」

 春太が問いかけ、マキンリアが目をパチパチさせる。

「いたはず」

 それから二人でキョロキョロして、ようやく見つけた。

「いたいた、あれだ!」

 春太が指差した先には、ネズミがいた。

 そのネズミは体中に宝石をくっつけていた。

 しかも口には金貨を咥えている。

 いかにも高価なアイテムをドロップしそうだ。


 ネズミはこちらを見て少しすると、飛ぶように逃げていった。

 冒険者の一団がそれを追いかけていく。


『いたぞ、こっちだ!』『待てゴルァ!』『俺らから逃げられると思うなよ!』


 マフィアと区別がつかないが、恐らく冒険者達だ。金に目が眩むと人間こうなるらしい。

 これだけ冒険者が熱心に追っていくところを見ると、ネズミはよほどいいアイテムを落とすのかもしれない。

 次見付けたら倒してみたいところだ。


「シュンたんはどうやってこの世界にやってきたの?」

 もうすっかり慣れてしまったパケラケの薄暗さの中、マキンリアが問いかけてくる。

 それはあまりにも漠然としていて難しい問題だった。

「いや……知らないよ。いつの間にか……」

 単なる暇つぶしの世間話のつもりなんだろう。いいかげんに答えてもいい。でも、思い出そうとしてみる。

 確か、こんなクソな世界いらないからこの子達と一緒に別の世界にでも行けたらいいのにって毎日思っていたんだったか。

 来る日も来る日も、学校から帰ってくると庭に出て、セリーナやチーちゃんプーミンを抱き締めていた。あの日、俺は泣いていた……

 え、泣いていた?

 完全に忘れていた。

 幾つかのシーンが思い出される。

 病室で眠る祖父と下を向く自分。

 泣きながらセリーナ達を抱き締める自分。

 そこへ現れたゴールデンレトリバー。

 祖父とゴールデンレトリバーの写真。

 祖父がこのゴールデンレトリバーの名前を教えてくれたことがある。

『この子の名前は―――』

「ヒマワリ、そっち行ったぞおっ!」

 どこかで聞いたことのある声が響き渡る。

 春太はポンと手を打った。そうそう、ヒマワリだ!

 あのゴールデンレトリバーの名前は、ヒマワリだった。

「そんなこと言われても、追いつけないし~」

「俺がやる! ネズミよ待てええっ!」

 これまた聞いたことのある声が次々聴こえてくる。

 声のする方に目を向けると、トージロー一行がネズミを追いかけていた。


「シュンたん、ネズミがこっち来るよ!」

 マキンリアがクロスボウを構える。

「あ、ああ!」

 春太は反応が遅れ、わたわたと弓を構えた。

 マキンリアは自分が質問したことなどスパッと忘れてネズミに興味を移したようだ。これはこれで良かった。嫌なことを思い出しちゃったから……爺ちゃん危篤になったんだよな。

 まあ年齢的に早すぎることもない。これで逝ったとしても大往生である。でも……ペットの話で盛り上がれる唯一の家族だ。チーちゃん、プーミン、セリーナを連れてきてくれたのも爺ちゃんだ。死んでしまったら寂しい。というか死なないでほしい。


 こっちの世界にいる間に祖父が逝ってしまったら、と思うとモヤモヤする。

 帰らなくても問題ないと思っていた元の世界に、一点だけ後ろ髪を引かれる理由ができてしまった。

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