第62話 色々とままならないものなんだよ

 また日付が変わり、朝。


 春太が目を覚ますと、腕にプーミンが抱き着いて寝ていた。

 まるで抱き着く形をしたヌイグルミみたいだ。

 両手両足を春太の腕に絡めて眠るプーミンのお腹が小さく膨らんで、萎んでを繰り返している。

 これを見ていると、それだけで癒される。

 鼓動というのは気持ちを穏やかにする何かがあるのだろうか。

 そして、こういう時触って反応を見たくなるのも何でだろう。

 春太は空いている方の手でプーミンの鼻をちょんとつついた。

 プーミンがまどろんだまま、両手で顔を隠す。

 堪らなく愛らしい。

 プーミンの意識がはっきりしてくると、春太が起きていることに気付き、頬を腕にこすりつけてきた。

 離れたベッドからはウヘヘヘヘと不気味な笑い声が漏れてきている。

 夢の中でも食べているのだろうか。

 今日はまた新しい狩場に行ってみよう。


【宝石鉱山パケラケ】

 これがゴールドラッシュか、的な賑わいを見せる狩場に遭遇した。

 本気で一攫千金を目指して集まってくる人達がぎらぎらした熱い空気を放出させている。

 標高の低い山を登っていくと台地が広がり、館が現れる。

 それから、そこかしこにある柵と、見張り台。

 睨みをきかせる屈強な兵士。


 物々しい。

 砦か何かに来てしまったのかと錯覚してしまう。

 しかしここは狩場だ。

 その証拠に雑多な装備に身を包んだ冒険者達が次々館に吸い込まれていく。

 館の中に入ると行列ができていた。

 列に加わり、順番が来ると、身体検査が待っていた。

 持ち物を全部見せた上で全品を記入させられる。

 行列を整理している兵士が何度も説明を繰り返していた。

「行きは持ち物を全て記入していって下さい! 帰りの時は記入した物以外全てが狩りの取得物と見做されます! 取得物には市場価格の四割が課税されます! 記入漏れは一切認められませんので注意してください!」


 身体検査が終わると館の奥へ案内される。

 そこに狩場の入口があった。

 入口で通行証を受け取り、中に入っていく。

「こんな狩場は初めてだね」

 春太が入口を振り返りながら呟く。

「兵士さんが言ってることよく分からなかったけど、何て言ってたの?」

 マキンリアが訊いてきたので、春太はどう説明したものか、と思った。

 春太は親と祖父の影響で、税金という言葉に一定の知識がある。主にどうやって節税するかなんていう言葉が食卓で飛び交ったりしているだけだけど……

「んー、なんかモンスター倒してドロップアイテム拾ったら、買取屋に持っていくでしょ。買取屋で1000コロンで買い取ってくれることになったら、その内の400コロンは国の取り分になる。俺達の取り分は600コロンになるってこと」

「え、モンスター倒したのはあたし達なのに何で国に取り分があるの?」

 マキンリアが目をぱちぱちさせて訊いてくる。

 春太は困ったな……と内心思いながら、表向きの説明で誤魔化すことにした。

「みんなで使う道路とか、建物とか、そういうものの維持管理に使われたりしてる。みんなで使うものはみんなでお金を出し合いましょう、みたいな感じ」

「へ~そうなんだ」

 マキンリアは特に疑問を持つことなく頷いていたので、春太はほっとした。爺ちゃんが言ってたけど、知ろうとすると腹立つから知らない方が良いんだって。

 これ以上の質問が来ないように春太はさりげなく話題を変える。

「メルム、とりあえずは一歩前進できたかな?」

 お菓子研究部に出入りすることが認められたのは、彼女にとってプラスになるだろう。

 部の人間と競い合えば自然と腕も上がっていくはずだ。

「そうだね! これでたくさん試食させてもらえるね!」

「でもさ、帰り際のアレがね……」

「アレって?」

「エルダルトがさ、言ってたじゃん。冒険者塾でメルムが良く思われてないってこと」

 帰り際にエルダルトが冒険者塾について言及したのだ。

『メルムさんは、塾では結構目立ってます。俺は別に悪く思ってはいないんですけど、中には嫌ってる奴がいるのも確かです』

 メルムは傷を負ったように苦しい表情になった。

 彼女は冒険者塾でどう思われているのか、薄々分かっていながらも生の声を聞きたがっていた。

 そうして何度か冒険者塾の話を振ったところ、エルダルトが言いにくそうに教えてくれたのだった。


 これはメルムが悪いわけではない。

 メルムは冒険者になりたかったわけではないが、冒険者の才能があった。

 冒険者の才能が無い方が良かったのかもしれない。

 いや、無い方が良かったのだろうか……?

 才能があるのは良いことなんじゃないのか?

 なんか、変だよな……

「色々とままならないものなんだよ」

 マキンリアが突然難しい言葉を使った。

 だから春太は思わず聞き返してしまう。

「えっ?」

 意味が分からないのではなく、どこでそんな言葉覚えたの、という意味だ。

「そういうことを誰かが言ってた。誰だったかなー……お母さんかも」

「お母さんが?」

「顔もよく覚えてないんだけどね、言われたことを断片的に思い出すんだよ。きっとねーお母さんはあたしに色々と言い聞かせてくれたんだね」

「へえ~」

 春太は深く訊かないように曖昧に相槌を打った。

 訊きたい気持ちもある。

 人の家庭はどうなっているのか。

 そういうものは下手に訊くもんじゃない、みたいなのはある。

 しかし興味はある。

 そういった人は多いのではないだろうか。

 だから漫画や小説には家庭の事情が書かれるのではないか。

 架空の中なら、家庭の事情を覗き見しても問題ないから。


 宝石鉱山パケラケは広々とした洞窟が続いている。

 薄暗いが、思っていたよりは灯りが多い。

 空気は澱んでいて、重い。

 それでも多くの冒険者が一攫千金を求め、奥へ奥へと進んでいくのだった。

「ここってそんなに稼げるのかなあ」

 春太が疑問を口にすると、マキンリアが夢想を始める。

「いっぱい稼いだら豪華なお店も行けるね!」

「俺はいっぱい稼いだら、この子達の専用ベッドを買ってあげたい」

 春太はチーちゃん達のことを指差した。

 いつもゆりかごだったりソファーだったり、ちゃんとしたベッドで寝かせてあげられていない。

 愛するペット達とベッドを並べて眠る……それが春太の夢だ。

 春太もマキンリアも、他の冒険者達と同じく高揚していった。

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