第61話 俺はここに残る!

 マリアールの導きで部屋に入れてもらった春太達。


 チーちゃんがそわそわし始めたが、セリーナが手を器用に使って押さえつける。

 きっと、ここではおとなしくしておいた方が良いということがセリーナには分かっているのだ。チーちゃんとプーミンのことはセリーナに任せておこう。


 部屋の中は会議室といった感じで、長机が並んでいた。

 部員達は椅子や机に腰掛けて話し合っており、隅の方で本を読んでいる者もいる。

 部長がやってきたということで、長机に尻を載せていた者は立ち上がり、部員達が次々に挨拶を口にした。

 それを受けてマリアールは短く返事をし、春太達を紹介した。

「お客さんがやってきたよ。誰か対応よろしく」

 すると、隅の方で本を読んでいた少年が歩み出てきた。

 細い目に面長の顔、尖った耳。

 エルフと思われる容姿だ。

「メルムさんですよね。クローザーから話、聞いてるんで」

 ぼそぼそした喋りで、あまり歓迎されていないのではないかという印象。

 どうやらクローザーはちゃんとアポをとっていたらしい。

 メルムは安堵の息を吐いた。

「良かったあ……初めまして。ウチの弟と仲良くしてくれてありがとうね」

 それを聞くと、なぜかエルダルトは微妙な顔をした。

「はあ、まあ……」

 クローザーとは話す程度で、仲がいいわけではないのかもしれない、と春太は思った。この人は寡黙そうだけど、クローザーははしゃぐ系のグループにいそうだし。


 早速メルムの腕を見てもらえることになり、春太達は部屋を移動することになる。

 そうすると、チーちゃん達を置いていかなければならない。

 それは春太にとって大問題だった。

「俺はここに残る! この子達を置いていくことなんてできない!」

 駄々をこねながら春太はチーちゃん達を抱き締めようとする。

 しかしセリーナが手を器用に使って春太の顔を押し返し、抱き着きを阻んだ。

「ちょっセリーナ姉さん何で拒否るの?!」

 どうやらセリーナは『行ってきなさい』と言っているようだった。

 確かにここはセリーナに任せておけばチーちゃんとプーミンの面倒は見ていてくれるだろう。

 でも春太はどちらかというとここに残りたい。

 ここで留守番していれば存分にセリーナ達と触れ合えるのだ。

 だがセリーナは頑なに手をどけなかった。

 大型犬のモチモチの肉球が顔に押し当てられていて、とても気持ちいい。

「『友達との付き合いも重要よ』って言っているんじゃない?」

 横からメルムが覗き込んできて、セリーナの表情を読み取る。

 春太がセリーナの顔を見てみても、確かにそう言っているような気がした。

 セリーナは時折、こうした教育的指導をすることがある。犬なのに人間の社会的教育ができるってどれだけ見識が広いんだ。というか、こういうことを言ってくれるのって、セリーナはやっぱり本当の姉さんだよな……

「……分かったよ」

 春太は従うことにした。

 友達なんて……という思いもあるけれど、セリーナに言われたらしょうがない。


 案内をしてくれたのはエルダルトという名前の少年だった。

「俺、冒険者塾行ってるんでメルムさんはいつも見てるんですよね」

 不機嫌さを纏った声がジャブのように放たれる。

 メルムが目を丸くして『しまった!』の顔をした。

「え、そうだったの?! ごめんなさい、いつも会ってるはずなのね……」

 メルムは先ほど『初めまして』と言ってしまっていた。

 しかし、エルダルトにとってはそうではなかった。

 春太はそういうことか、と得心する。

 エルダルトが『初めまして』と言われて微妙な顔をした原因が分かった。あれはクローザーと仲がいいわけではないんだけど……という意味じゃない。同じ冒険者塾に行っているのに、自分が眼中に無いと分かったからだ。スター選手に凡人が勝手に対抗心を燃やして、勝手に傷つく……というのは割とよくある。メルムには分からないだろうけど。

 春太はエルダルトの横顔を見て思案する。

 どこかで見たことがあるような気がしたが、街ですれ違うエルフの人は似たような顔が多いような気もする。外国人が『アジア人は区別がつかない』というのと同じかもしれない。慣れてくればある程度見分けがつくようになるんだけど。


 調理室は広々としていて、綺麗だった。

 幾つものキッチンが並んでいるが、それらはいかにも学校備え付けの、という感じではなく、お店で見かけるのと同等の物だ。

 メルムは期待と緊張のないまぜになった様子でクラザックス作りにとりかかった。

「家のキッチンと感じが違うから新鮮ね」

 一つ一つ器具や材料を確認しながらテキパキと進めていく。

 それをエルダルトが硬い表情で見つめていた。

 室内には他にも何組か調理をしていて、冷やす時間をあと3秒だけ早くしてみたらどうか、などと秒単位の調整を話し合ったりしているようだった。

 そんな高度な会話も聴こえてくると、メルムは緊張感を高めて険しい表情になっていった。


 力み過ぎじゃないか……という言葉が喉元までせりあがってくるが、春太は呑み込む。

 肩の力を抜けと言ったって、抜けるものではない。

 それに比べ、マキンリアの方はニコニコしていて緊張感が無いものだ。

 自分が審査されるわけではないから、というのもあるだろうが、出来上がりを楽しみにしている気持ちが脳みそを100%支配しているのだろう。

「楽しみだねーシュンたん」

 やはり楽しみにしている気持ちが100%のようだ。

 春太の読みに間違いはなかった。


 しばらく作業が進んでくると、マキンリアは銅像のようになっているエルダルトへ水を向けた。

「ねーねー、エルダルトは作らないの?」

 エルダルトはチラッとマキンリアの方に目を向ける。

 それからメルムの作業に目を戻し、少ししてから呟いた。

「……作る」

 もうメルムの作業の観察はこれくらいでいいだろうと判断したのかもしれない。

 隣の調理台にエルダルトが移動し、作業を開始した。

 マキンリアの口角がグググッと上がる。

 ニコニコ顔のレベルが上がった。

「ふふふ……これで二倍だね!」

 食べられる量が倍になったことにご満悦のようだった。


 出来上がりが人数分並び、試食タイムになる。

 一番に反応したのはメルムだった。

 自分のとエルダルトのを食べ比べ、悔しそうな顔をする。

「やっぱり部で頑張っている人のは違うなあ……凄くきめ細やかに仕上げているのね」

 春太は一口食べただけではよく分からなかったが、言われてみればそうかもしれない、と思った。

 マキンリアはどっちもおいしいと言って食べている。

 エルダルトは若干表情を緩めて応じた。

「まあ部員はみんな、毎日練習してるんで。メルムさんは家で練習を?」

「たまに作ったりはしてたけど、殆どは本を読んだり、食べ歩きをしたり……ちゃんと作ったことはあんまり無いの」

 そこへ部長のマリアールがやってきて、どれどれ、と言ってつまみ食いをした。

 マリアールは目を閉じて咀嚼し、うん、と一つ頷く。

「経験が少ないにしてはよくできていますよ。筋が良いですね」

「本当ですか?!」

 部長に褒められたことでメルムは顔を輝かせる。

「本当ですとも。これからは部室に自由に出入りしていいですよ。ここは腕を磨くには最適な環境が整っておりますので」

「あ、ありがとうございます!」

 メルムは興奮して顔を赤くしていた。

 このまま恋に落ちてしまうんじゃないかという勢いだ。

 何というイケメン力だろう、と春太は感心した。

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