第59話 食の道を極めようという人を応援するのは当たり前

 巨木の雨林ズーズを攻略し、昼には街に戻ってきた春太達。


 いつものように水売りが点在する通りでマキンリアがグルメマップを広げていた。

「さあシュンたん……遂にこの時が来たよ……!」

「やけにハイテンションだね。嫌な予感しかしないんだけど」

 春太が微妙な顔をすると、マキンリアは空気が読めない感じでニヤリと口端を歪める。

 そして彼女は手にしていたグルメマップをよく見えるように突き出してきたのだった。

「ジャ~ン! グルメマップをパワーアップさせてきたのだ!」

 グルメマップには手書きで色々と書き足されていた。

「昨日の夜なんかごそごそやってるなと思ったら……」

 昨夜は春太が寝床に入った後もマキンリアが机で何やらごそごそやっていた。セーネルの街に残してきたオルカおばさんに手紙でも書いているんだろうか、などとちょっと感動してしまった過去の俺を殴りたい。グルメマップを研究していやがったのか。

「こんなこともあろうかと、夜なべをして作ったんだよ!」

 きっと『こんなこともあろうかと』の使い方は間違っているが、彼女としてはそれだけ頑張った感があるということだろう。


 春太は目をすがめてグルメマップを眺めてみる。

 どうやらクラザックスのお店巡りの順序まで書いてあるようだ。

「これは力作だね……」

「でしょでしょ? じゃ~早速今日はここ『メルージュ』行ってみようよ! メルージュはね、そうめんとクラザックスが食べられるお店なんだよ!」

「そうめんと……?」

 その手広さが心配になる。どっちかに絞ったらどうだろう。

「でも結構人気みたいだよ。ちょうどお昼も食べなきゃだし、まさにベストアンサーだよ」

「まあ良いか。俺にはこだわり無いし、そこで良いよ」

「この調子で一日3軒攻略しようね!」

「2軒ね」

 念を押すように春太は言ったが、マキンリアの耳に入ったかどうかは疑問だった。


 そうめんは、ある意味では当たりだった。

 チーちゃん達が大喜びだったのだ。

 つゆはかなり薄めて(人間では味気ないと思うくらい)かけたのだが、チーちゃん達の食いつきは普段の比ではない。

 セリーナが長い鼻を突っ込んで食べていると、顔を上げた時に奇跡が起こる。

 彼女の鼻に引っかかったそうめんの束がヒゲのようになっていたのだ。

 白い体毛の彼女には白いそうめんが違和感なくマッチしていて、無性におかしかった。

「セリーナ、ヒゲついてるよ」

 春太が自身の鼻を指差しながら指摘すると、セリーナは目を寄せて自分の鼻先を凝視し、それから前足を使って器用に食べた。

 目を寄せて自分の鼻を見ようとするセリーナはたまらなく可愛かった。


 昼過ぎにこの地区の中学校へ赴いた。

 ちょうど下校時刻になっていて、校舎からバラバラと生徒達が吐き出されてくる。

 春太達が校門の所で待っていると、通り過ぎる生徒が次々とチーちゃん達に目を留め、可愛い可愛いと騒いだ。

 春太としては自慢のペット達がモテモテで鼻が高い。


 しばらくするとメルムがやってきて、校舎へ招き入れてくれた。

「わざわざ来てくれてありがと。何だか恥ずかしいな、制服姿を見せるの」

 お嬢の外見をしたメルムは制服を着ると、スクールカーストの上位に君臨していそうな華やかさだった。

 そんな彼女が外部の人間を連れて校舎に入っていく……周囲の目は強烈に集まってきた。

 ひそひそとこっちを見ながら話す女子達はいったいどんな憶測を飛ばしているのだろう。


 今日待ち合わせて学校に入るのは、お菓子研究部を覗いてみるためだ。

 クローザーから紹介された友人に会いに行くのである。

 そしてあわよくば採点してもらったり技術を盗ませてもらったりできれば……という算段でもある。

 これから菓子職人になるべく腕を磨いていく上で、お菓子研究部は最も重要な場所になる。

 本気の人が集まると言われるこの部活では強力な猛者達が切磋琢磨している。

 きっと、そこの人と会うだけでもいい刺激になるはずだ。


「ホントにごめんね。私一人だけじゃ心細くって」

 メルムが恥ずかしげに頭を掻く姿は年相応の可愛らしさがある。

 みんなの前では気丈に振る舞っているけど、内面には弱さを持っているのだ。

 春太は首を振った。

「いいよ、乗り掛かった舟だし」

 マキンリアも同じ気持ちだ。

「そうだよ! 食の道を極めようという人を応援するのは当たり前のことだよ! それに作ったら食べさせてくれるんでしょ!」

 同じ気持ち、なのだろうか……春太は食の権化みたいな娘をチラ見した。


 お菓子研究部というからには、部活に調理場が必要になる。

 春太が思い描いたのは、家庭科実習室だった。

 家庭科実習室には裁縫も調理もできる特製の机がぼこぼこ並んでいて、授業で目玉焼きを作る実習をしたのを覚えている。その時、合体だーとか叫んで目玉を二つ並べて女子にヒンシュクを買ったバカが何人もいたな。


 メルムが歩いていく先に渡り廊下が見え、その先に二階建ての建造物が見える。

 部室棟みたいなものだろうか。

「あれ、全部お菓子研究部なのよ」

 予想を遥かに超えた言葉がメルムから発せられた。

「え、あれ全部?!」

 春太は思わず二階建ての建物を二度見してしまう。色んな部活の部室が詰まっているのを想像していたのに。

「お菓子研究部は主力だからね、そのために建てたのよ。クラザックス職人がいかに人気の職業か、分かった?」

「あ、ああ……凄いね」

 甲子園を目指している野球部なんかは特別な優遇がされていることがあるが、それと同じものなのかもしれない。サッカーの名門校も専用の施設を持っていたりするし。それと同じくらい、リリョーではお菓子研究部が厚遇されているのだ。

「あーいい匂いがしてきたよ!」

 マキンリアが輝くような笑顔になっている。

 春太は鼻をヒクヒクさせてみたが、別に何ともない。まだ匂いはしてこないけどなあ。

 しかしチーちゃんに目を落とすと、チーちゃんは嬉しそうに鼻をヒクヒクさせているではないか。

 これはいい匂いがしてきたというサインである。


 犬の嗅覚は人間の100万倍とか1億倍などとも言われており、非常に遠くからでも微量の匂いを嗅ぎ取ることができる。


 しかし、チーちゃんと同じ段階で匂いを嗅ぎ取るマキンリアとはいったい……

 人間の限界を超えた特殊能力でも持っているのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る