第58話 やめられない止まらない♪

 さっき食べた物をまた食べに行こうと言われると『え?』ってなる。


 だから春太は素直に「え?」と聞き返した。

 するとマキンリアは顔の横で指を立てて説明した。

「だから、メルムのためにもクラザックスの食べ比べをしようって言ってるの。色んな店の味を確かめて、メルムにアドバイスするんだよ」

 良いアイデアでしょ、とばかりに得意げな語り方だ。

 一応、正論な気はする。

 でも、『メルムのため』なのだろうか。そこがちょっと怪しい。

「でも、さっき食べてきたばかりだし」


 春太達は後日お菓子研究部を訪ねる約束をしてメルムの家から出てきたところだ。

 メルムはこれから毎日腕を磨いていく。

 そうした中で彼女にアドバイスできたら良いのは分かるのだが……


「いいじゃん何度でも食べようよ」

「あんまり同じものを連続して食べるのはやめとこうよ」


「やめられない止まらない♪」


「なにそのパクリ。お菓子のCMじゃん」

「え? これお菓子じゃないよ。冒険者促進のキャッチフレーズだもん」

「えっ?! えびせんじゃないの?」

「えびせん……? なにそれおいしいの?」

「いや、まあ……おいしいけど」

 春太は顎に手を当てて考え込んだ。

 よくよく考えてみれば、どこの世界でも似たようなキャッチフレーズが考えられたって不思議ではない。

 自分の世界だけが特別だなんてことはないのかもしれない。よく「ウチが元祖だ!」とか「ウチが本家だ!」とか看板を掲げるのと一緒で。それから、知らない単語を耳にするとなにそれおいしいのって聞くところがブレないな……今回は奇跡的に食べ物だったけど。


「じゃあ今度えびせん持ってきて」

 マキンリアはえびせんに興味を持ってしまったようだった。

「無理だよ。元の世界のものだし」

「なにそれ、ズルいよー!」

「ズルくないよ。物理的に持ってこれないし」

「えー……? もー何でシュンたんの代わりにえびせんが転移してこなかったのぉ」

「おかしいだろそれ。食い物だけやってきたってなにもできないじゃん」

「少なくともあたしの食欲は満たされる。食べ物だったら食べられるけどシュンたんだったら食べられないじゃん」

「可能か不可能かで言うと人間だって可能なんだぞ。人間も肉の塊だし」

「えっ本当?!」

 マキンリアが「それは大発見だ!」という顔をした。えっ今この娘の目光らなかったか……? 俺、可能不可能のことしか言ってないからね。本気にしちゃだめだぞ。

「いや……嘘だよ。人間は食べられない」

 判断基準が食うか食えないかしかないことに恐怖を覚えた春太だった。


「ということで、毎日3軒はお店巡ろうね!」

「3軒はきついよ。せめて2軒にして」

「じゃあ間をとって2.5!」

「とれないよ。お店を半分に割るつもりか」

「シュンたん、食欲無いのは万病の素だよ!」

 そうやってマキンリアは嬉しそうにグルメマップを開き始めたのだった。

 春太は今から胸やけがした。甘いものはほどほどが良いな……


 次の日の朝。

 春太は起きると、自分の身辺に目を巡らす。

 プーミンかチーちゃんが寄り添って寝ているか確認するためだ。

 今日はどちらも寄り添ってはいないようだった。

 窓際を見上げてみると、プーミンとチーちゃんがそこから外を眺めていた。

 プーミンが後ろ足で首を掻き始める。

 そこで春太とプーミンの目が合う。

 プーミンが春太に気付き、変な体勢のまま春太の方へ身を乗り出す。

 ぐらりと体が傾き、プーミンは悲鳴を上げながらベッドへ落ちた。

 落下したままの姿勢でプーミンは春太の方を見ると、逃げるように春太の足裏へ隠れた。

 そこから顔を半分だけ出して春太の様子をうかがい始める。


 猫と暮らしてみると、どうも猫には羞恥心があるように思える。

 失敗したところを見られると、逃げたり隠れたり、何事も無かったように振る舞ったりするのだ。

 しかも、失敗した時『しまった!』という顔をしてこちらを見てくる。『見られた!』という感情もそこからうかがえる。

 犬には割とそういう光景は見られないかもしれない。セリーナは誤って池に落ちた時、何事も無かったようにしてごまかしたけど。


 この日は支度をすると、巨木の雨林ズーズへ再挑戦した。

 サクサク進み、一番奥でボスがうろついているのを見付ける。

 ボスの容姿は力士を倍の大きさにした超巨漢で、全身筋肉質、そして大きな鼻と大きな耳、醜悪な顔をしていた。

 春太の頭にはトロールというモンスターの名前が浮かんだ。

 沢山のチビトロールやゴブリンを引き連れており、生半可なパーティーではとても太刀打ちできそうにない。


 ゴブリンやチビトロールが春太達を見付けると騒ぎ始める。

 その声でボスが気付き、大きなベロを出して舌なめずりをした。

 巨木と巨木の間を通り、ボスの軍団がやってくる。

「よーし、セリーナ姉さん、やっちゃって下さい!」

 春太は迷いなくペットに丸投げした。

 きっと春太とマキンリアだけで戦えば五秒で瞬殺される。

 勝てない戦いはする必要無し。

 セリーナは軽く伸びをした後、二十匹はいるであろう軍団へ単騎で突っ込んでいった。


 ゴブリンやチビトロール達はセリーナを追いかけて攻撃しようとする。

 しかし、追いつけない。

 セリーナはぐんぐんスピードを上げ、全てを置き去りにしていく。

 惚れ惚れするほどの美しい走行フォームで白い軌跡を残していく。

 ボスのトロールは手当たり次第に石のハンマーを振り下ろし、その度に地面が揺れた。

 攻撃のことごとくを躱したセリーナはボスの斜め45度から切り込み、通り抜けざまに噛みつく。

『1458』『1411』

 二段攻撃なのでダメージが二回表示された。

 ボスが雄叫びを上げ、体色が赤色に上気していく。

 残りHPが減ってきた時に発揮される怒りモードだ。

 これによりボスのステータスが上昇してしまい、ボスと対峙する冒険者は更なる苦戦を強いられる。

 だがセリーナは容赦しなかった。

 ボスが雄叫びを上げている間に追撃を行う。

『1332』『1504』

 またも巨大なダメージが入る。

 ボスは硬直し、石のハンマーをポロリと手放した。

 筋肉ダルマのようだったトロールがズズンと倒れ、天に召されていった。


 今回も圧勝であった。

「うん、セリーナは今日も美しかったね」

 春太は愛犬の勇姿が見られて満足だ。

 セリーナは全力で走れて満足したように舌を出した。

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