第57話 甘い物の話なのにね!
まさかまたメルムの家に来ることになるとは思わなかった。
春太とマキンリアがテーブルに着くと、チーちゃん達がそこらの匂いを嗅ぎ始める。
セリーナはクッションを見付けてそこへ寝そべった。
するとプーミンもチーちゃんもセリーナに寄り添うようにして、横になる。
午後のまったりした時間はお昼寝タイムだ。
セリーナとプーミンは早々に目を閉じ、チーちゃんはウトウトしながら春太を見上げる。
まぶたがだんだん閉じていき、それからハッとなって目を開け、またまぶたが……このウトウトしている姿がとても良い。ずっと眺めていたくなる。
メルムは今、台所に立っている。
午後の冒険者塾を終えた後、早速クラザックスを作ってみようということになったのだ。
「メルム、元気になって良かったね」
春太が待っている間に隣席に話しかけると、噛み合わない答えが返ってくる。
「クラザックス楽しみだね~」
これから食べ物がやってくる、という状況下ではまともな会話が成立しないのかもしれない。もはやこの娘の頭には食い物のことしかない。
メルムの気分を上向かせた立役者はこの食いしん坊娘なのだが、その自覚はあるのだろうか。マキンリアも、みんなと一緒に祭に出たいけど我慢していたという過去がある。
そんな『したいことがあるけど我慢』という境遇をメルムに重ね、励まそうとしたのではないか。我慢する必要は無いんだと教えようとしたのではないか。
それは考え過ぎだろうか、と春太は頬杖をつく。
マキンリアの表情からは気持ちが読み取れない。
本当にただ食べたいから説得したかのようだ。
「お待たせっ」
メルムが完成したクラザックスを持ってくる。
その顔は嬉しそうでいて、それでいて恥ずかしそうでもあった。
自分の作ったものを他人に評価してもらう時は、そうなるのかもしれない。
「待ってましたー! ね、チーちゃん?」
マキンリアが諸手を上げて喜び、最後の方でチーちゃんへ顔を向ける。マキンリアは最近チーちゃんを友として扱うようになってきた。彼女が動物へフレンドリーになってきたのは、多大なる進歩だ。
しかしチーちゃんは既に夢の中へと落ちていた。
ウトウトしている内に睡魔に負けてしまったらしい。
「その子達、仲いいのね」
メルムが頬を緩めてチーちゃん達を見ている。
「この子達は全然喧嘩しないんだよ。凄いでしょ」
春太が自慢げに語ると、メルムは頷く。
「猫と犬が一緒にいても大丈夫って不思議ね」
「プーミンの性格が良かったんだよ。プーミンは殆ど人間にしか興味示さないから、セリーナとチーちゃんの前で、初見の時、いきなりお腹見せて降参のポーズをとったんだ。セリーナは無駄に喧嘩しないし、チーちゃんだけちょっと心配だったんだけど、何とかなった」
ちなみに猫と犬は小さい頃から一緒に飼うと仲良くなることが多いが、ウチの場合は大きくなってからなので珍しい。更に言えば、大型犬と小型犬という組み合わせもうまくいかない場合が多い。
大型犬が本気で怒った場合、小型犬はひとたまりもない。
一緒に飼育する場合は入念に相性を見たり、口輪を使用したりと細心の注意が必要だ。ウチはこの組み合わせで喧嘩が無いのだからかなり珍しいだろう。
「おいしいー全然イケてるじゃん!」
マキンリアの感想で、春太とメルムの意識がテーブルに引き戻される。
春太とメルムが話している内に、もう食いしん坊娘は食べていたようだ。
どれどれ、と春太もクラザックスを食べてみる。
濃厚な味だった。お店よりも少し濃厚な気がするが、別にお店に出したって良いような気もする。
「いいじゃん。これならコンテストも結構いけるんじゃないの?」
巨木の雨林ズーズでメルムを説得した時、どうせ作るなら……とメルムが言い出したのがクラザックスのコンテストだった。
今度コンテストがあるので、そこで入賞するのを目指し特訓するというのだ。
メルムは春太達の反応に照れたような、ほっとしたような顔になった。
「ありがとう。でもまだまだよ。コンテストには日夜腕を磨いているツワモノが集まってくるんだから」
それからメルムはコンテストについて滔々と語った。
街のコンテストでは基本作品の他にオリジナル作品が求められる。
そこで5位以内に入らなければ道が開けない。
5位以内に入らなければ店で修行することすら許されない。
クラザックス職人を目指すなら登竜門はそこしかなく、街じゅうの猛者が集まってくる。
本気で目指している者は学校でお菓子研究部に入っており、毎日自己研鑽に励んでいる。
「……聞けば聞くほど甘い話じゃないんだな」
難しい顔になって春太は言った。
「甘い物の話なのにね!」
マキンリアが会心のギャグを言ってやったみたいな清々しい顔をしている。
春太は一瞬だけマキンリアの方を向いたが、触れないことにした。正直、どう弄っても面白い感じにはならないだろう。
さて、テーブルにはペット用に用意してくれたクラザックスが余っている。
チーちゃん達が眠っているからだ。
こんな時、飼い主としてはどうしてもやりたくなる実験がある。
春太はクラザックスを1つスプーンに載せると、チーちゃんの鼻先へと持って行った。
寝ているペットにおいしい匂いを嗅がせてみたらどうなるか。
試してみたい。
これは抑えがたい衝動だ。
期待で胸が高鳴る。
起きるのか、起きないのか。
クラザックスが鼻先に近付くと、チーちゃんは鼻をヒクヒクさせた。
唾液が出てきたのか、口をモグモグさせる。
モグモグさせた時にベロが出て、ベロがクラザックスに触れた。
一瞬『ん?』という反応を見せた後(この『ん?』の顔が萌えポイント高い)、チーちゃんはバチッと目を開く。
目の前にはおいしそうな食べ物。
寝起きも構わずチーちゃんはクラザックスにかぶりついた。
「うむ、流石に匂いには敏感だね」
春太は目を細めて頷く。
愛犬の優れた嗅覚を確認できたのでご満悦だ。
プーミンはどうだろうか。
試してみると、プーミンは匂いには気付いたものの、目を開けてしばらくクラザックスを観察してから食べた。
セリーナはというと、最初から気配に気付いていたようで、薄目を開けて横着しながら食べた。セリーナの熟睡を狙うのは難しい。
クローザーが帰ってくると、家の中の光景にたいそう驚いたようだった。
春太達がまた来たことに。セリーナがいることに(セリーナが寝ているのを見たらホッとしたようだった)。
それから、メルムがクラザックスを作っていたことに。
「姉貴、ようやくやる気になったのかよ」
「まあね」
メルムは恥ずかしそうに視線を逸らしながら応える。
「最初からこうしてりゃ良かったんだよ。ウダウダしすぎ」
「うるさい」
「俺、友達にお菓子研究部員いるから紹介してやるよ。なんか教えてもらえるんじゃねーの」
クローザーはそう言うと二階へと消えていった。
その横顔はとても嬉しそうだった。
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