第42話 はんぺんの角に頭をぶつけて死ねばいいさ
「わたしからも謝るわ。弟がごめんなさい」
そう言って金髪少女は蘇生薬をテーブルに置いた。
猿顔の男子も軽い調子ながら「悪い悪い」と言って形だけは頭を下げる。
今春太達はテーブルに着き、正式な客人として挨拶を交わしたところだった。
金髪少女の名前は『メルム』。
その弟が猿顔の男子『クローザー』。
メルムは春太と同い年で、クローザーは一つ下だった。
春太としてはクローザーからの真摯な謝罪など期待していない。
蘇生薬さえ賠償してくれればそれで良い。
マキンリアが蘇生薬を受け取ったのを見届けると、メルムが話し始めた。
「メッソーラって観光地だけど、たまにトラブルがあるの。みんな柵の方に集まるでしょ。だから肩がぶつかったとかで言い合いになったり、喧嘩になったり。今回みたいにウチのバカ弟がフラフラしてることもあるしね」
「いや、ダチに押されたんだよ。俺が悪いわけじゃねえって」
クローザーがこの期に及んでも無実を主張したため、メルムが諫める。
「そーやってふざけ合って歩いてるのが駄目なの! ちゃんと前見て歩きなさい」
「つーかちょっとぶつかっただけで死ぬとか弱すぎね? 普通死ぬなんて思わないだろ」
「それは……」
メルムは言いにくそうに言葉を澱ませる。
確かに弱いと思ったのだろうが、親しくもない人に対して言っていいものでもない、という配慮がうかがえる。お互いにバカ話ができる間柄だったらギャグのノリで言えるんだろうけど。
「確かにシュンたんは弱すぎるよねえ」
マキンリアがメルムの代わりをするように頷いた。
確かにマキンリアはバカ話ができる間柄……と言えなくもない。が、全くギャグのノリではなかった。それにも関わらず嫌な気がしないのはやはりこの娘の率直さというか、裏が無いところだろう。実際は複雑な裏も持ってはいるんだけど、それがヤスリのようなザラザラしたものではないから痛くないのだ。
「本当……なの? まだ信じられないけど」
確認するようにメルムが訊いてきたので、春太は爽やかに応じた。
「うん。この子達よりも、ね」
そうしてさりげなく自慢のペット達を紹介する。
チーちゃんとプーミンは小さな布の袋に揃って頭を突っ込み、前が見えなくなってあっちへふらふら、こっちへふらふら二人三脚していた。前が見えなくなって焦っている姿が何とも可愛い。
見かねたセリーナが袋を咥えてスポンと引き上げ、二頭を救出。
しかし、袋が上昇中にそれを口から放してしまったため、袋はそのまま短い放物線を描いてセリーナの頭に被さってしまった。
袋が小さいため、彼女の顔を全て覆うことはできなかったようだ。
頭と目は隠れているが、鼻がちょこんと突き出ている。
「この子達より?」
メルムがセリーナ達を見て微笑みながら言った。
ペットの方が強いなんてギャグだと思っているのだろう。
しかしそれは誤解だ、と春太は内心ニヤリとする。
セリーナ達はこの場の誰よりも強い。彼女達がいかに強いか説明したい気もするが、まあもう会うことも無いだろうし、いいか。
誤解させといてやるか、と思うと何か優越感があって良い。自分の懐が深くなったような気がする。
そこでマキンリアが妙なことを言い出した。
「しかもね、この子よりも弱いんだよ」
そう言って指差したのは彼女の肩にとまるはんぺんだ。
「え?」「えっ?」
メルムだけでなく、春太も驚いた。
「さすがにはんぺんよりも下ってことはないだろう」
春太の抗議にマキンリアは不思議そうな顔をする。
するとマキンリアはこの世を憂うような顔をして応じた。
「フッ……はんぺんの角に頭をぶつけて死ねばいいさ」
「ちょ、それ豆腐でしょ。あんまり変わらない気がするけど」
「え、シュンたん気付いてなかったの? はんぺんって割とステータス高いんだよ。今日シュンたんが即死した程度の攻撃じゃ倒れないし」
「…………そうなの?」
「そだよ」
にわかには信じられない情報だった。
春太は首を捻って思い出してみる。
はんぺんの戦う姿を。
戦う姿というか、囮にされていたのだが。
あれは複数のモンスターにボコボコにされて可哀そうだった……
だが、そこであることに気付かされる。
はんぺんはボコボコにされながらも、けっこう耐えていたのだ。
考えてみれば、春太なら十回はお陀仏しているだろう。
春太ははんぺんを二度見した。
食べ物のはんぺんに漫画のような愛嬌ある顔。
人間の指くらいの太さしかない手(なお指は分かれていない)。
とても飛べなそうな小さな翼。
このマスコット感溢れるはんぺんよりも自分は下だという。
「…………それってヤバくない?」
「え、今そこ?!」
「うん、今ココ」
ようやく春太はマキンリアの認識に追いついた。これってヤバイじゃないか。
どことなく、はんぺんよりは上だと思っていた。
自分は一番下なわけではないという下っ端界なりの安心感を持っていた。
一番下とノット一番下というのは格段に違うのだ。響きだけの問題だけど。
それが、自分はこのパーティーの中で一番下だという。
さっきまで優越感に浸っていたのに、これでは真っ逆さまだ。
「シュンたん、セーネルでもうちょっとレベル上げてきた方が良かったんじゃない?」
「いや、上げようとは思ったんだよ。でも結局勢いで出発して今に至る」
「今のままのよわよわじゃ駄目だよ。ここでもっとレベル上げようよ」
「そうだよ、もうちょっとレベル上げた方が良い」
クローザーも追従する。
春太もその気になってきた。
「確かに弱いままじゃ駄目だな……」
しかしそんな時だ、メルムが声のトーンを落として遮った。
「弱い方が全然良いよ。中途半端に強い方が辛い」
春太とマキンリアがきょとんとしてメルムの方を向く。
まるでメルムの半径五センチだけが深刻な空気を帯びているかのようだ。
セリーナ達も空気が固まったことを察知し、メルムの様子をうかがう。
何か様子がおかしい。
気に障ることを言ってしまったのだろうか。
そんな風に春太が思っていると、クローザーが頬杖をついて口を動かした。
「姉貴は今お悩み中なんだよ。昨日も冒険者塾サボっただろ」
それを聞いてメルムはムスッとした。
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