第41話 友達ってのは無傷で手に入れられるものじゃないんだよ!
『はい?』
扉の向こうから少年の声が聞こえてくる。
そういえば、と春太は焦った。
扉を開けさせないといけないではないか。
ここで正直に『俺を殺した犯人を捕まえに来た』と言って開けてもらえるとは思えない。
即興で理由をでっち上げた。
「あのー……ここの家の裏手にボールが飛んでいってしまって」
敷地に入る許可を求める風を装う。
しかしこれは当てが外れる可能性がある、と気付いた。
少年がじゃあ勝手に取っていっていいよ、と言って扉を開けなかったら。
だが心配は杞憂に終わった。
あっさりと扉が開き、少年が顔を見せる。
坊主頭で猿系の、愛嬌のある顔の造り。
春太では判断がつかないのでマキンリアの反応を見る。
「あーっ! この人だよシュンたん!」
マキンリアが『犯人はお前だ!』と探偵モノでするが如く少年を指差した。
「げっ?!」
少年は目を剥き、扉を閉めようとする。
咄嗟に春太は扉に足を挟んだ。
昔友達から聞いたことがあるが、新聞の勧誘で扉に足を挟んでくる猛者がいたらしい。しかも猛者は営業スマイルのまま足を挟むのだとか。何と恐ろしい。それだけノルマがきついのだろう。
ということを思い出し、春太は足を挟んだままニッコリと笑みを浮かべた。
「俺を殺したのは君で間違いない?」
「ちげーよ!」
猿顔の少年は条件反射で否定を口にする。さっき『げっ』て言ったのに。人は核心を突かれると条件反射で嘘をつくものなのか。嘘とは防衛本能なのかもしれない。
焦って締めようとする猿顔の少年と不気味スマイルでそれを阻止する春太。
しかし春太のやわな体ではいつまでも足を挟んでいられない。
そこでセリーナの出番だった。
彼女は牙を剥き出しにして怒りの声を上げ、扉のすぐ傍に飛びかかった。
そして迫力が増すように壁に手を叩きつけて大きな音を出す。
「グギャルグゥッ!」バンバンッ!
「うぉわあああああああああっ!」
猿顔の少年は悲鳴を上げて奥へ逃げていった。
それを見届けるとセリーナは何事も無かったようにポスッと壁から降り、涼しい顔をした。
猟犬は獲物を知らせるだけでなく追いつめる能力も持っているものだが、彼女のそれはもはや役者と言っていいものだった。
後ろではチーちゃんが真似をして地面をペシペシ叩いて吠えていたが、可愛いだけだった。
春太とマキンリアが家の中へ突入する。
入ってすぐ左手のリビングルームで猿顔の少年と対峙した。
「俺を殺したのは君で間違いない?」
春太がテーブルを挟んで対峙した少年に尋問を始める。
「俺じゃねえって!」
少年は額に汗をかきながら否定する。
「でも目撃者がいる」
「人違いだろ!」
「犬の嗅覚も君が犯人だと突き止めている」
「だからちげえって!」
あくまでも白を切るつもりのようだ。
それなら、と春太はセリーナに目配せをした。
セリーナがさっきみたいに牙を剥き出しにして唸り始める。
「ゥゥゥグルルル……!」
「うわあああぉぅっ! なん、なんなんだよそいつは!」
「『友達になりたい』って言ってる」
「友達?! こんなに敵意剥き出しにしてて?!」
「甘えるんじゃねえ……友達ってのは無傷で手に入れられるものじゃないんだよ!」
春太は人生訓を語るように熱く語った。
ペット愛とはすべからく熱く語られるものである。
「傷っていうか、ちょっとの傷じゃ済みそうにないんですけど?!」
猿顔の少年が脂汗を垂らしながら主張するが、それは華麗にスルー。
またニッコリと営業スマイルで春太は尋問を続けた。
「さて、ぶつかったら謝らないといけないよね? それからこっちは蘇生薬も使ったから、それも弁償してもらわないといけない。なぜ逃げたの?」
「いや、逃げたっつか……単純にこっちはちょっとふざけてただけだし」
「君にはちょっとのことでもこっちには重大事故だよ」
「つーかちょっとぶつかっただけじゃん。それで死ぬとかなくね?」
「それは、俺の弱さを知らなかった君が悪い」
「自分で弱いっつってる?!」
春太は自信満々に親指で自身の胸をトントンと叩いた。
「ああ弱いさ。俺が、俺こそが、真の弱者だ……!」
「意味分かんねえし! つかここ俺のウチだから、出てってくれよ!」
あくまで反省の色を見せない猿顔の少年。
春太は残念だ、とため息をつく。まあ、分かってはいた。この手のギャハハ系は何をしたって反省などしない。笑いながら人に迷惑を振り撒いて平気でいる種類の人間だ。それでも言葉で説得を試みた俺って超偉い。警官と一緒だ、いきなりは撃たない。
そんな時、この場に新たな声が投げ込まれた。
「これはいったい、どういう状況なの?」
声のした方を振り向くと、そこにはどこかで見たことのある少女が立っていた。
褐色で金の髪、ツンとした高慢そうなお嬢といった顔立ち。
確実に、どこかで会っている。
春太はあとちょっとで思い出せそうなんだけど、という顔をしてマキンリアに助けを求めた。
マキンリアは覚えていたようで、驚きの顔でお嬢を指差した。
「あーーーーっ! クラザックスの人じゃん!」
クラザックスの人という言葉から春太はクラザックスを食べた時の光景を思い浮かべた。
そして、隣のテーブルにいた少女のことを思い出す。
記憶と目の前の少女が一致する。
「ああ、あのクラザックスを凝視してた人か!」
菓子店ノッテンバーグにて、ずいぶん真剣にクラザックスを眺めて食べていた少女がいた。
確かにその人である。
金髪少女の方も覚えていたようで、目を丸くした。
「あら、あなた達は……! どうしたの、こんなところで? ウチに何か用?」
「ああ、それがね……」
春太はここへ来た経緯を説明した。
人の家に勝手に上がり込んだからにはきちんと説明せねばならない。
マキンリアが犯人の顔を覚えていたこと、セリーナが臭いで犯人を突き止めていることも伝えると、金髪少女は目を閉じて何度も頷いた。
そしてその結果、犯人である猿顔の男子には金髪少女からゲンコツが落とされたのだった。
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