第43話 昨日の食欲、今日の食欲、明日の食欲

 解散の空気、というものがある。

 これ以上話を広げない方が良いな、という沈黙とか。

 既に蘇生薬を賠償してもらうという目的は達成できたため、春太達はメルムの家を辞去することにした。


 暗くなり始めた道をクローザーの案内で歩く。

 メルムの指令でクローザーが宿までの道案内をしてくれることになったのだ。

 別にセリーナ達がいれば迷うことも無かったのだが、クローザーに反省がない分は労働で返してもらうのもいいかもしれない、と春太は思った。

 正攻法はバカがするものだ、と父が言っていたのを思い出す。相手が悪いことをしたら謝罪など求めるな、謝罪などどうせしないに決まっている。それよりも取引を持ち掛けなさい。うまくすれば相手に大きな貸しを作ることができて、仲間も増えていく……だったか。現状クローザーが働いているところを見るに、世の中はそうなのかもしれない。まあ、俺は正攻法をバカだとは思わないけど。ペットとの触れ合いは常に正攻法だからね。


 クローザーは黙っているのもなんだから、という感じでメルムのことを話し始めた。

「まああんた達に言ってもしょうがないんだけど、姉貴は夢で揺れ動いているみたいなんだよな」

 間を持たせるだけのために話すにしては真面目な話だった。

「夢?」

 春太が先を促すように質問すると、クローザーが頷く。

 そして彼は道の小石を蹴りながら語った。

「なんつうかさ、夢の職業だよ。アイドルみたいなさ。なりたい奴なんか多すぎて、とてもじゃないけどなれないっていう。まあ誰しも一度は憧れるじゃん? んで自分には無理だってみんな折り合いつけてく。でも姉貴はその折り合いがつかねーんだよ」

 割と誰にでもありそうな内容だった。


 何とも言えないもどかしさに苛まれる時期が、誰しもある。

 春太も足が速ければと何度思ったことか。

 小学校では体育で短距離走も長距離走も経験することになる。

 そうした場でトップ争いをしているクラスメイトを見て、恨めしそうに遠くから見ていることしかできなかった。

 そんな春太だって、入学当初はトップ争いとはいかなくても、それなりに上位には行けるんじゃないかと無邪気に思っていたのだ。

 初めての競争で歴然とした差を見せつけられても、その段階ではまだ諦められない。

 そこから諦めがつくまで、しばらくの期間はもどかしさに苛まれるのだ。


 何も言うことができないなあという春太に代わり、マキンリアが応答した。

「せっかくやりたいことあるんならとりあえずやるだけやってみれば良いじゃん!」

 クローザーは頭を後ろで手を組んで、苦笑した。

「そりゃそうだけど、なんかはっきりしねーんだよな。ウジウジしてるから」

 春太とマキンリアは顔を見合わせた。

 ウジウジしている?

 まだメルムと大して話したわけではないが、そんな風には見えなかった。

 むしろはきはきしている方ではないだろうか。

 宿が見えてくると、クローザーは役目は済んだとばかりに帰っていった。


 宿屋【冒険者の灯台】は豪華なものもなく、また質素でもない機能的な内装だった。

 狩場から帰ってきたと思しき冒険者たちで賑わっており、見たところ満室と言われても不思議でない感じだ。

 部屋でビジネスホテル風のベッドに着き、二人で話し合う。

「今日は結局メッソーラで狩りができなかったね。何だかんだで散歩にはなったけど」

 春太はプーミンを抱いて寝ころびながら。

「クラザックスが食べられたから良いよ」

 寝ころんでテレビを観るような姿勢でマキンリア。

「でもこのままずっと稼ぎなしってわけにもいかない」

「明日はメッソーラの奥に行ってみようよ。クラザックスを食べてから」

「今日もう食ったじゃん」

「シュンたん、この世には三大欲求というものがあるんだよ」

「食欲、睡眠欲、性欲でしょ」


「昨日の食欲、今日の食欲、明日の食欲だよ」


「それ一つじゃん。一つを細分化しただけじゃん」

「違うよ。昨日の自分と今日の自分が本当に繋がってると思う?」

「なんか難しいこと言ってる。誰かに吹き込まれたんでしょ」

「シーダスだよ」

 それはセーネルの街で出会った少年だった。

 マキンリアのクラスメイトである。

 捻くれていてみんなの意見には必ず異論を挟んでいた。

 しかし、そんな彼の名前が出てきたのが酷く懐かしく思えてしまう。

 まだセーネルから出て何日も経っていないというのに。

 知らない街に来るというのは、そういうことなのか。

「シーダスは普段そんなこと考えてたのか」

 そこで変なことを思った。

 日本から異世界へやってきた自分は、果たして繋がっているのだろうか。

 プーミンはどう思っているのだろう。

 短毛のシンガプーラは頬ずりするとシャリシャリした感触が味わえる。

 ついつい頬ずりだけでなく顎でスリスリしたくなってしまう。

 プーミンは目を細めて気持ちよさそうにしていた。


 猫は割とベタベタするのを嫌う。

『愛撫誘発性攻撃行動』といって撫でているといきなり怒り出したりするのだ。

 だから猫は必要以上にベタベタするのはよろしくないと言われている。

 しかしプーミンみたいに物凄い甘えん坊もいたりするのだ。

 この子は自分からすり寄ってくるし、ずっとベタベタしていても怒らない。

 性格というのはどんな生物にも色々あるのだ。


 マキンリアは興に乗ったように話を続けた。

「他にもねーテンリンは自分の使ったお金が自分の手元に戻ってくることってどれくらいあるのかなー運命の人と出会うのと同じくらいかなーとか考えてたりするんだよ。ノールトは色ってみんな同じに見えてるのかなーとか考えてたり。コーニーは匂いって視えるようにならないのかなーとかね。みんな色んなこと考えてるんだよ」

 みんなマキンリアのクラスメイトだ。

 セーネルの街で、その中の弁当屋モルチェッロに集まってダベっていた。

「ふうー……ん…………」

 彼らがとりとめのない話をモルチェッロのテーブルで繰り広げている光景を思い浮かべる。

 春太はついでとばかりに尋ねてみた。

「マッキーは何か無いの? そういう哲学チックなやつ」

 そうだねえ、と彼女は記憶を掘り起こすように目線を上に向けた。

 目線を戻すと、これは口にしていいのだろうか、という躊躇い混じりに言った。

「何で食べなきゃいけないのかな……って」

 春太は返答に詰まった。何でって……何でだろう?

 生命活動を維持するのに、別のシステムにはできなかったのだろうか。

 食べずに必要なものが全部体内で生成できれば苦労しないのに。

 考え始めると眠れなくなりそうなので、早々に思考を放棄した。


 明日はメッソーラに再チャレンジだ。


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 お知らせです。

 書き溜めていた分をアップしきってしまったため、今後は更新がかなりゆっくりになります。

 気長に待っていて下さい。

 2017/5/27現在



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