第44話 この子は争いを好まないの
朝起きると、首に何かの重りを感じた。
きっとプーミンだ。
朝起きた時にプーミンが寄り添っていることが多いのだから。
だが春太は感触の違いに気付いた。
プーミンの短毛とは違う。おや、じゃあ誰だ……?
そう思っていると、首に乗った何者かは春太の耳に鼻を近付けて臭いを嗅いできた。
猫のような静かな挙動じゃない。
犬の激しい挙動だ。じゃあチーちゃんか。
春太の視界に鼻が入り、それから顔も入ってくる。
やはりチーちゃんだった。
「チーちゃん、どうやってベッドを上ってきたの?」
寝ぼけ声で春太は問いかけた。
チーちゃんは通常、ベッドを上れない。
だから起きた時に誰かがいるなら、プーミンだと思ったのだ。
セリーナに手伝ってもらったのだろうか。
背の高いセリーナが咥えれば、チーちゃんをベッドの上に運ぶことができる。
しかし扉の方に目を向けると、その傍で丸まっているセリーナは目を瞑ったままだ。
セリーナの腹に上半身を預けてプーミンが寝ている。
プーミンはオヤジ風にお腹を見せて眠っているのだが、これがオモシロ可愛い。
チーちゃんは春太の顔じゅうに鼻を付けて臭いを嗅いだり、ペロッと舐めたりした。
くすぐったさに春太は酸っぱい顔をする。
「もーチーちゃんたら朝から激しいんだからー」
チーちゃんはこうした顔舐めが大好きだ。
寝起きの顔は汗っぽいだろうに、お構いなしである。
例えば靴紐を結ぼうと屈んでいる時。
チーちゃんは足に上り、顔に飛びついてきたりする。
例えば寝転んでスマホを弄っている時。
画面が突然チーちゃんに遮られてそのまま顔舐めに移行、ゲームが制御不能に陥ったり。
そんな感じで熱烈なのだ。
これは小型犬だから普段人間の顔が遠いからかもしれない。
そういえば、スマホはもう無いんだよな、と気付く。
途中までやったゲームが悔やまれる。
暇つぶしにやっていたものだからそこまででもないけど。
でも、写真が撮れたら良かったかもしれない。
この世界の風景を撮影して持ち帰ったら大変な騒ぎだ。
チーちゃんの小さな頭を撫でると、彼女は耳を畳んで喜んだ。
耳を畳むのは喜びと信頼の証だ。
ちなみに、恐怖や警戒で耳を畳むこともあるので要注意。
頭を撫でられている時も喜びすぎて足踏みしているチーちゃんはとても愛らしい。
朝からいっぱい元気をもらった。
狩場へお散歩に繰り出そう。
朝のメッソーラは暑くなく、爽やかだった。
魔力噴出孔があるので特に地中に魔力が密集しているハズだが、その熱で地上が暑くなることはないそうだ。
噴出孔付近の魔力は流れが速くなり、熱を放出しなくなるらしい。
観光客は既に大量に来ている。
前日宿泊し、今朝になって見に来たのだろう。
旗を持ったガイドがツアー客を引き連れている。
ガイドが旗を持つのはどこでも共通なのかもしれない。
今日はそれを尻目に春太達は奥へと進んだ。
台地と台地に挟まれた細い通路に入っていく。
まるでここが本当の入口だと示しているようだ。
通路を抜けると視界が開ける。
濃茶の大地に草地や木々が緑を添え、起伏もある場所になっていた。
冒険者達やモンスターの姿もちらほらと見える。
狩場らしい狩場になってきたと言って良いだろう。
春太は指を立ててチーちゃん達の注意を引き付けると語り掛ける。
「さあみんな、お散歩だぞー」
『散歩』という単語は『ごはん』と同じくらい魅力的な言葉だ。
毎日散歩に行く時に『散歩』と聞いているのだから、これは日本語が分からなくても意味は理解する。
これから楽しい時間が始まるのだと刻み込まれた彼女達のテンションは一気に上がるのだった。
新しい場所は臭いの宝庫である。
犬でも猫でもまず周辺の臭いを確かめる。
チーちゃんもセリーナも物凄い勢いで鼻を動かしていた。
一方でプーミンは臭いを嗅ぐのもそこそこに、草地で動く虫を観察し始めている。
猫は動くものに飛びついたり観察したりする習性がある。
これは獲物を追うための『狩猟本能』であるとされる。
プーミンの場合はちょっと変わっている。
この子は観察するばかりで飛びつくことが殆ど無い。
よっぽど興味を示した時には手を出すのだが、その時はそーっとそーっと手を伸ばしてちょん、と触る程度なのだ。
しかも触った後に獲物が動くとびっくりしてバンザイしたまま硬直するのである。
テントウムシを触ってそれが飛んで行った時にバンザイしたプーミンを見た時は春太はニマニマしたものだ。
「シュンたん、早く行こうよー」
マキンリアが待ちきれない感じでいるのだが、春太は待て待てと落ち着かせる。
「この子達の準備ができてからだよ。臭いを嗅ぐのは準備運動みたいなもんだ。俺たちも準備運動して待てば良い」
「ウチのはんぺんは臭い嗅がないよ」
「そういえばそうだね。何でだろう」
「臭いじゃお腹膨れないからじゃないかな」
「それはマッキーでしょ」
「むしろお腹減るよね」
「なわばり意識が無いからじゃないの」
「お腹減るのが?」
「はんぺんが臭い嗅がないのが」
するとマキンリアははんぺんを自慢し始めた。
「この子は争いを好まないの。どんなに叩かれても耐え続けるんだよ」
「……それは君が囮に使ってたからでしょ」
「この子ってなわばり意識無いっていうか、セリーナとかにも興味示さないんだよね」
「どういうものだったら興味示すんだろう」
「謎だよね。種族も謎だし」
「えっ知らないで飼ってるの?」
「うん」
「意味分かんない。自分で飼ったんじゃないの?」
「親にもらったんだよ。気付いた時にはいたからさ」
春太はふうん、と釈然としない頷き方をした。気付いた時にはいたのか。つくづく謎な生物だ。
これまで出会ったどのモンスターとも似ていない。
街ですれ違う冒険者達が連れているモンスターにも同じようなのはいなかった。
意外とレアなモンスターなのかもしれない。
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