第45話 2000回生きた犬
春太達が歩いていると、草地からころころと石ころが転がり出てきた。
起伏のある地形なので、ふとした拍子に転がってしまうのだろう。
しかし、妙だった。
石ころは、坂を逆に上ってきている。
春太はじっとみつめた後、恐怖で飛びのいた。
反応が遅いのはいつものことだ。
既にマキンリアはクロスボウを構えていた。
「シュンたん、これモンスターだ!」
「ぽいね!」
春太も担いできた弓を手に取り、構えの姿勢に移行。
よく見ると石ころには小さな手足も付いており、ペンで描かれたような糸目もあった。
いわばマスコット系の見た目と言えなくもない。
とても弱そうだが油断は禁物。
初めて会うモンスターは慎重に相手しなくてはならない。
まずマキンリアが矢を放った。
乾いた発射音を残し、一瞬で矢が対象に突き刺さる。
石ころの頭の上には『32』が表示された。
この数字はダメージである。
与えたダメージが敵のHPを上回れば倒したことになる。(ダメージは蓄積していく)
そうしたゲーム的な原理がこの世界では成り立っている。
石ころは涙目でひっくり返り、ぽんと音を立てて煙になった。
煙は天使に姿を変え、空へ昇っていった。
「…………よわっ!」
春太は驚きを声に乗せる。
一撃で倒せるとは何という弱さだ。見た目通りじゃないか。
「この街で最初に行く狩場ってだけのことはあるね」
マキンリアはほっとしたようにクロスボウを下ろす。
確かに、彼女の言う通りかもしれない。
セーネルでは森や山といったところがモンスターが弱かったが、それと似たようなものなのだろう。
こういった初心者用の狩場が無ければ子供達のレベル上げができない。
既にそういった狩場を卒業してきた(春太はし切れていないが)二人には余裕なのだった。
石ころはその後も次々現れた。
遠距離攻撃をする春太とマキンリアは一切触れられることなくそれを倒していく。
少し進むと別のモンスターも出てきた。
赤い色の球体がふよふよと草地の上を漂っている。
これはセーネルでも見たことのあるモンスターだった。
確かセマレンク湖か何かで出てきた気がする。
球体は春太達を感知すると火の玉を吐き出してきた。
手の平に収まりそうなほど小さな火の玉が迫ってくる。
春太は弓を構えたまま横に走り、火の玉を避けた。
そして反撃で矢を放つ。
春太の矢はきれいに敵に吸い込まれていった。
球体の上に『20』と表示され、球体は灰色になってポトリと落ちる。
これも楽勝だった。
「これは簡単過ぎるな~もっと歯応えのあるモンスターいないのかい?」
春太はちょっと強くなっただけで『俺ツエー』感を出したいタイプなので、カッコつけてニヒルな笑みを見せる。
そんなありがちな油断をしていると、マキンリアが春太の背後を指差した。
「シュンたん、危ない!」
「え?」
春太は振り返る前に聞き返す。
まさにザ・普通の反応。
その直後、春太は後頭部に何かをぶつけられた。
「あいたっ」
頭を押さえて春太は振り返る。
すると十歩くらいの距離を置いて、ゴブリンの姿が見えた。
ゴブリンも見たことがある。
セーネルの街では一番難易度が高いデラゼリオン遺跡にいたモンスターだ。
難易度が高い場所にいるのは、必然的に強いモンスターである。
いきなり強いモンスターが現れてしまい、春太は慌てて弓を取り落としてしまった。
ありがちな慢心にありがちな奇襲、そしてありがちな慌てぶり。
通常ならゴブリンの強さを見せるためだけに死亡するモブキャラAだっただろう。
つまり春太自身のスペックはやられキャラと同じ水準なのである。
しかし春太がやられることはない。
春太の危険を察知するとチーちゃんとプーミンが襲い掛かるのだ。
チーちゃんがゴブリンの足に噛みつくと、ゴブリンの頭上にダメージが表示された。
『2461』
チワワの小さな口で懸命に噛みついても、痛いことには変わらないが命に関わるようなことは想像できない。
しかしこの世界ではダメージとHPで生死が決まるのだ。
日本にいた頃では想像できなかったことが、起こる。
ゴブリンは情けない声を上げてひっくり返り、天使になって空へ昇っていった。
「まったくーシュンたん油断するんだから」
マキンリアの小言に春太は肩を竦めた。
「そろそろチーちゃんの出番だと思ったんだよ」
「チーちゃん達はボス戦だけでいいじゃん。ゴブリンだって一匹なら何とかなるよ」
彼女の言う通り、チーちゃん達は強すぎる。
春太はまだレベル10もいってないし、マキンリアだってせいぜい20以下だろう。
しかしチーちゃん達はレベル400台なのである。
もはやチーちゃん達さえいれば何でも倒せてしまうのだが、この子達をもっと難しい狩場に連れていった時、春太が即死しては満足に狩りもできない。そこで最低限春太も生き残れる程度にはレベル上げしなくてはならないのだった。
「念には念を、というやつだよ」
「2000ダメージは与えすぎだから」
「物凄いオーバーキルだよね」
「あれ……そういえばトージローさんが『チワワに2000』って言ってなかったっけ。しかもシュンたんに関係あるような口ぶりだったけど」
突然マキンリアが要らないことを思い出してしまった。
ゴブリンに与えたダメージを見て、春太にそれが向いたことがあるのでは、と気付いてしまったのだろう。
春太は爽やかな顔で否定した。
「いや、『2000回生きた犬』という本があるんだ。その本に登場したチワワにチーちゃんがよく似てるねって言われたんだよ」
「……えっそんなに人生があるの?」
「人生というか、犬生ね」
「へー、そうなんだー」
素直に納得してしまうマキンリア。
こういう所が彼女の長所である。
そうしていると、近くを通った冒険者の集団に目が留まった。
集団の中に知っている顔が混じっていたのだ。
褐色で金の髪、ツンとした高慢そうなお嬢である。
メルムだ。
集団の先頭には大人がいて、パンパンと手を叩いて注目を集めた。
「ハイ塾生はちゅうもーく! 今日の課題を出しまーす!」
塾生とは何だろうか、と春太は首を傾げた。
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