第46話 少年よ、食欲を抱け

 冒険者というと自立と独学というイメージが強いかもしれない。

 しかし体育教室とか進学塾とか道場とか、一人前になるまでの道を作ってくれている場合もあるようだ。


 メルムが参加しているのは、冒険者を養成する冒険者塾、というところだろう。

「ああいうのって、セーネルにもあるの?」

 春太が隣に尋ねるとマキンリアが頷く。

「あったよ。冒険者を少しでも体験しておきたいって子達が入るみたい。集団で狩場に行くから危険も無いしね」

「なるほど。危険が無いのは利点だね」

「メルムはこっちに気付いてないみたいだよ。ちょっと見ていこうよ」

 その提案に春太は頷いた。こちらはガチ勢じゃないし、せっかくだから塾がどういうものか見ていこう。

 ガチ勢というのは効率至上主義者が多い。昔やっていたゲームの話だが、こうした人とパーティーを組む時は気を付けなければならない。パーティーの中にのんびりやりたい人とガチ勢が混ざっていると確実にどちらかがフラストレーションを溜めることになる。これはガチ勢が悪いわけではなく、ある程度認識の合ったパーティーを組むことが大事。


 木々の陰からデバガメを始める二人。

 別にメルムにバレても構わないが、気付かれていない時はそっと見守りたくなる。


 塾の講師と思われる大人は騎士姿の男性。

 講師が付近を走ってモンスターを引き寄せてくる。

「ハイ、では上級クラスの子はゴブリンを倒して下さい! タイムアタックでーす! まずはヘンリー君」

 呼ばれた生徒は戦士の格好をした男子で、大剣を手にゴブリンと戦い始める。

 ハッホッと息を吐きながら大剣を振り回すが、小柄なゴブリンにはなかなか当たらない。

 何度もゴブリンの鈍器攻撃を受けながらやっと倒した時には30秒が経過していた。

「ヘンリー君はまだまだ攻撃を焦っているね。相手の動きをよく見るように! 次、フラッターさん」

 次に呼ばれた生徒は騎士の女の子。

 だるそうに返事をして戦闘を開始すると、女の子は盾を前面に出しながらゴブリンの出方を探る。

 ゴブリンの攻撃を盾で受けると反撃で剣を繰り出し、また盾で防いでから反撃で剣を振る、その繰り返し。

 だいたい20秒くらいでゴブリンを倒した。

「フラッターさんはちょっと慎重すぎだね。盾を前に押し出していると視界も確保できない。一匹に時間をかけていると沢山モンスターが集まってきてしまうこともあるから、もう少し積極的にいこう! 次、メルムさん」


 メルムは呼ばれるとスッと前に出ていった。

 その姿は動きやすい軽鎧に、特殊な形状の剣……ジャマダハルというやつだ。

 まるで拳から生えているかのように伸びるブレードのジャマダハルを下げ、自然体で歩いていくメルム。

 そしてゴブリンの傍までくると、ワンテンポ歩調を速める。

 通り抜け様にジャマダハルが振るわれる。

 右手のブレード、左手のブレードが風切り音を立てて交差する。

 ゴブリンは何もさせてもらえず、グエッと声を上げてひっくり返った。


 戦闘開始から、わずか1秒。


 塾生の集団からはオオ……とどよめきが上がった。

「おお……」

 木々の陰から覗き見している春太も思わず声を上げた。これは凄い。ジャマダハル使う人初めて見た。

 しかし次の瞬間、メルムは塾生達に振り向くと髪をかき上げながら鼻で笑った。


「こんなこと、できて当然よ」


 塾生の集団が静まり返る。

 すぐに集団からは憎悪の空気が滲み出てくるが、メルムは何食わぬ顔でその中へ戻っていった。


 春太は絶句して声が出ない。きょ、強烈だ……

 昨日会ったメルムにこんな気配は無かった。顔の造りはお嬢系だが、性格はいたって普通に見えた。

 しかし今の決め台詞はいかにもな高慢お嬢ではないか。

 見てはいけない一面を見てしまった気がした。


 塾の講師は、今度は下級クラスの子供達を呼んだ。

 下級クラスは小学生達で、石ころや球体と戦うことになる。

 傍から見ると戯れているようだ。

 その間に春太達は奥へ進んだ。


「メルムって強いんだね」

 緩やかな坂を下りながら春太とマキンリアは話す。

「あの装備は盗賊シーフだね。短剣を使う人が多いんだけど、あの武器は初めてみたよ」

「セーネルには無かったよね」

「無いよ。こっちの地方の武器なのかな~」

「やっぱり地方によって違うの?」

「大手の会社が出してる物は世界中で卸されているけど、やっぱり昔からの伝統とか、そういうのは地元の中小企業が出しているんだよね。生産量が多いと隣街とかに輸出していたりするけど、一番確実なのは作ってる街に行って買うことだよ。更にお金に余裕のある人は腕利きの鍛冶屋に頼んで作ってもらうみたい」

「へ~マッキー結構詳しいんだね」

「でしょでしょ! 冒険者でやっていこうと思ってたから基礎知識はしっかりしてるんだよ~」

「食欲のイメージが強過ぎてしっかりしたイメージが無かったよ」


「『少年よ、食欲を抱け』と偉い博士は言った……」


 マキンリアが遠くを指差してドヤ顔で言う。

「…………それ抱くものが違うでしょ絶対」

「食欲が無いと死んじゃうじゃない。それだけ食欲は重要だよって博士は言ったんだよ」

「いったい何の博士だよ。生物学かよ」

 呆れて春太は渋い顔をする。

 こうやって話している間もちょくちょくモンスターを見かけるので、時折矢を放つ音が発されていた。


 ゴブリンはそんなにいないようで、やってくるのは石ころと球体ばかりだ。

 退屈してないかどうか気になってチーちゃん達の様子を見てみる。

 割と散歩を楽しんでくれているようだ。

 考えてみればこの子達は狩りが好きなわけじゃない。

 モンスターと戦わなくても退屈しないのだろう。

 ゆったりと歩いていたセリーナが唐突に止まり、耳を立てる。

 異変。

 ボスモンスターを察知したのかもしれない。

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