第47話 コンニチワワ

 セリーナがある一点の方向に目を留めたので、そこへ行ってみることにした。

 しばらく進むと、木々の向こう側で騒ぎが起こっているのが見えた。


 沢山のモンスターと、それに追われる冒険者達。

『逃げろー!』

 ゴブリン三匹に追いかけられながら叫ぶ男子。

『待って、待ってえ!』

 ジャッカルに追われて泣き声を上げる女の子と、それを助けようと割って入る男子。

 数人が足止め役を買って出るが、ジャッカルや石でできた蛇、ゴブリンに囲まれて一人、また一人と倒れていく。

 大抵の者が逃げ出せたのを見届けると、最後の足止め役の女性が安堵の表情を浮かべる。

『ある程度は逃げ出せたね。よかっ……?!』

 その女性に突然影がかかる。

 女性が驚愕の表情で見上げると、そこには異様な姿の飛来物があった。


 ゴブリンを巨大化させたような筋骨隆々の体躯。

 背中から生えるコウモリの翼。

 無数の鱗で覆われた硬質な肌。

 顔だけはゴブリンに見えるが、全くの別の生物に見えるものだった。


 それが大剣を振り被って女性の所に降ってきたのである。

『あああっ!』

 女性の悲鳴と大剣が振り下ろされるのは同時だった。

 女性はバレーボールのようにポーンと吹き飛ばされて、落下するとクリスタルに覆われた。

 クリスタルに覆われたのは仮死亡を意味し、HPが0になっている状態。そこから6時間以内に蘇生させなければ本当に死んでしまう。


「シュンたん、あれは明らかにボスだね!」

 マキンリアが示したのは翼を持つゴブリン。

「だろうね」

 春太は同意した。

 あの翼のゴブリンは存在感が違う。

 きっと周囲のモンスターを引き連れているボスモンスターだ。

「よし、行こうか!」

 春太は愛するペット達に呼びかける。

 チーちゃんが一番テンションが上がって立ち上がりながら尻尾を振った。

 しかし先客が先に到着してしまう。

 冒険者塾の集団だ。


 塾の講師が号令をかける。

『下級クラスのみんなは逃げてボス狩りパーティーを呼んできて! 上級クラスのみんなはここで足止めを手伝って!』

 どうやらここでボスを足止めするらしい。

 講師の大人ならボスも倒せるかと思いきや、そう甘いものでもないようだ。

 春太達が駆けつけると、講師を中心に塾生達の防戦が始まっていた。

 塾生だけで十人くらいいるので、ザコモンスターの集団にも負けていない。

 中でも際立つのはメルムだ。


 メルムは輝く金の髪を揺らしながら華麗なステップでジャマダハルを振るう。

 それはとても綺麗なリズムに乗っているようで、天性のセンスを感じさせた。

 彼女だけでザコを三匹、四匹と倒してしまう。


 問題はボスだった。

 講師がボスを引き受けていたが、ボスの攻撃を受け流すだけで30ダメージほど受けてしまう。

 回復薬をこまめに使用しているが、どこまでもつかは分からなかった。

 講師が春太達を見付けると歓喜の声を上げる。

「おおボス狩りパーティー……ですか?」

 歓喜の声は途中で萎んでいった。

 それもそのはず、春太とマキンリアの姿を見てボスを倒せるとは到底思えないからだ。

 春太は微妙な顔で受け答えをした。

「いえ、ボス狩りパーティーではないんですが……まあ任せて下さい」

 メルムも春太達に気付いたようで、慌てて駆け寄ってくる。

「あら、あなた達! ここは危ないからしばらく離れてて!」

「あいや、ボスを倒そうかと」

 慌てる彼女を落ち着かせるように春太が応じると、彼女は目を点にした。

「え……あなた達が?」

「そう、俺達が」


 微妙な間があった。

 メルムとしてはどう言葉をかけて良いか分からないらしい。

 講師も釈然としない様子だったが、やがてお願いしてきた。

「このボスはゴブリンミュータント『デービス』だ。攻撃力、防御力も高く翼を使って高くジャンプすることもできる。気を付けて!」

 緊急時にも解説を忘れないのが講師の鑑というべきだが、果たしてそれが役立つかどうか。

 春太はマキンリアと頷き合うと、弓を構える。

 二本の矢が飛んでいき、デービスに命中。

 春太の矢は2のダメージ、マキンリアの矢は9のダメージを与えた。

 傍で見ているメルムが青ざめる。

「え、ちょ、そんなんじゃ倒せない……」

 彼女の反応は当然だ。

 二桁もいかないダメージではいつになったら倒せるか分からない。

 だから春太は安心して下さいとばかりにギャグをかました。


「コンニチワワ」


 空気が凍り付く。

 メルムだけじゃなく講師や他の塾生、果てはモンスター達まで『えっ?』という表情で固まってしまう。

「ねえシュンたん、すべってるよ! それいつの時代のギャグ?」

 マキンリアが言うので春太は顔をしかめた。

「うるさいな、これからチワワが活躍しますってことだよ。じゃあチーちゃんお願いね」

 チーちゃんは自慢のウルウルした瞳をしながら首を傾げる。これがまた可愛い。


 気を取り直してデービスが高く飛翔する。翼を使い、軽々とモンスターも人も飛び越えてきた。

 影がチーちゃんにかかる。チーちゃんが驚いて見上げる。足止め役としてやられた女性の時の焼き直しのような光景。

 だが、そこからが違った。

 チーちゃんが怒りの声を上げると炎の柱が噴き上がる。

 炎の柱はデービスを丸呑みした。それほど太かった。


『3231』


 デービスの頭上に圧倒的な数字が表示される。

 ゴウゴウと音を立て、周囲を明るく照らす。

 炎の柱が消えると、デービスは真っ黒になって落下。

 そして大きな天使に姿を変えると空に昇っていった。


 今度は違う意味で空気が凍り付いた。

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