第48話 ラブラブラブリー光線

 限定品、という言葉はただならぬ興味を搔き立てる。

 それを謳うからには良い物なんじゃないか、とか。

 うかうかしていたら売り切れになってしまうんじゃないか、とか。

 希少なものを使っているんじゃないか、とか。


「ここよ」

 メルムが自信を持って紹介したのは、イートインスペースみたいに小ぢんまりとしたお店だった。

 菓子店【マンマーリ】は、一日限定100個しか作らないクラザックスの個人店。

 観光ガイドでも『開店してすぐ行かないと食べられない』と赤字で書いてある。


 開店してからそれほど時間が経っていないためか、店先には一人しか待機客がいなかった。

「これだったらそんなに急がなくても大丈夫だったんじゃないの?」

 春太が疑問を投げかけると、メルムはウインクで応える。

「それはどうかなー」

 待機客は袋を受け取ると、そのまま帰っていった。どうやら持ち帰りのようだ。

 春太達の番が来て、弁当屋みたいに店先の窓で店主が応対する。

「はいいらっしゃい、残りは8個ね」

 店主は推定80歳のお爺さん。奥にはお婆さんの姿も見える。夫婦で営んでいるお店のようだ。


 残りは8個。


 その事実に春太は驚きを隠せなかった。

 まだ午前中なのに、限定100個のものが売り切れ寸前である。

 メルムは賭けに勝ったとばかりに満足気な表情を見せた。

「ここは殆どが持ち帰り客だから店が混んでいることもないの。中は5席しかないし。じゃあ入りましょ」

 メルムに続き、マキンリアが期待の眼差しで店に入っていく。

「まだあって良かったね! 楽しみだな~」

 チーちゃん達も嬉しそうにマキンリアの後ろを付いていった。


 メッソーラでボスを倒した春太達は、街中に戻ってきていた。

 ボスを瞬殺した微妙な空気に加え、メルムがやたらと焦ってその場を離れようと言ってきたのだ。その理由は分からない。

 冒険者塾を抜け出してきて良かったのだろうか。

 メルムの方は何とも思っていないようで、マキンリアと話に花を咲かせていた。

 その流れで、メルムがクラザックスを食べにいかないか、と提案したのだった。


 マンマーリの店内は簡素で、昨日行ったノッテンバーグの洒落た感じとは大違いだった。

 お店にしては客を呼び込もうという姿勢が感じられない。

 しかし、そこはかとなく落ち着く。

 家にいる感覚の延長線上にいるような。

 これはノッテンバーグの雰囲気とマンマーリの雰囲気どちらが良いか、意見が分かれるところかもしれない。


 チーちゃん達はここが気に入ったようだった。

 店主がクラザックスを運んでくると、チーちゃんが必殺のウルウル瞳で自分の分をねだる。

 しかし春太が確認したところ、ペット用のクラザックスは無いとのことだった。

 そうしたらチーちゃんは店主の足元に擦り寄り、お腹まで見せてアピールしたのである。

 初対面の人にはチーちゃんはここまでしないのだが、この店の空気と店主のお爺さんがのんびりと優しそうだったので心を許したのだろう。

 店主はペット用のを何か代わりに作ってあげようかと言って奥へ戻っていった。

 すごく家庭的な店というか、良い人だ。


 メルムが店主の背中を見送った後、教えてくれた。

「ここの店主はね、昔腕利きのクラザックス職人だったんだけど、引退してからは趣味で作ってるんだって。一日100個だけ作って、それを売ったら午後はのんびり過ごすそうよ。稼ぐつもりも無いから値段もリーズナブルだけど、味は確か。だからすぐ売れちゃうの」

「へえ、趣味で」

 春太は納得の相槌を打った。限定とは売り文句ではなく、単純にそれ以上作る気が無かったのか。悠々自適な生活なんだね。

「メルムってホント詳しいよね。これからはクラザックス博士と呼ぶよ!」

 マキンリアが変な称号を与えると、メルムは意外にも照れた感じで受け入れた。

「そう? まあ好きなだけなんだけど」

「食を追求する者に悪い人はいないよ!」

「意味不明だよマッキー」

 春太が律儀にツッコミを入れるとマキンリアは持論を展開する。

「意味に囚われちゃ駄目だよ。胃袋で感じなきゃ」

 そう言って心臓がある場所みたいに大切そうにお腹に手を当てるマキンリアはやはり意味不明だった。


「ねえ、あなた達のペットって、本当に強いのね」

 まだ信じられないという印象が残っている様子でメルムがチーちゃん達のことを話題に乗せる。

「いやあ、それほどでもあるよぉ」

 春太が素直過ぎる反応をするとメルムはひきつった笑顔になった。

「まさかボスを一撃で仕留めるなんて、驚いたわ」

「チーちゃんのラブラブラブリー光線ならどんな敵も一発だよ」

「ラブラブラブリー……光線……?」

「チーちゃんの火炎魔法をシュンたんが勝手にキモく命名しただけだよ」

 通訳を買って出るかのようにマキンリアが解説し、春太が顔をしかめる。

「キモとか言うなよ。愛情と言ってくれ。ね、チーちゃん?」

 春太が水を向けると、傍でプーミンと遊んでいたチーちゃんは小首を傾げた。

 これは偶然なのかどうか分からないが、『ん?』と思った時に首を傾げるのは人間も犬も同じなのである。種族に関わらず同じ動作をするのは実に面白い。

 チーちゃんの気が春太達に向けられると、プーミンは毛づくろいを始めた。

 ヨガみたいなポーズで毛づくろいするので、ネコは相当体が柔らかいのではないだろうか。

 セリーナは寝そべりながら、店主が消えていった方を気にしている。意外に何を作ってきてくれるのか期待しているのだろうか。いつも涼しい顔して食べているけど、隠れグルメなんじゃないのか。


 春太はメルムに向き直ると、冒険者塾のことに触れた。

「俺はメルムの強さにも驚いたよ。今日のあれが冒険者塾?」

「うん。大人数で来て迷惑だったでしょ」

「そんなことないよ。前回はサボったとかクローザーが言ってたけど……本当なの?」

 今日はちゃんと出席していたのだ。

 メルムがサボってしまう人には見えない。いや、でも、今日は抜け出してきたんだよな……

 すると彼女は、肩を竦めて何でもないことのように言った。

「飽きちゃったの」

 広く浅く流行に飛びつく女の子のように、あっさりとしたものだった。ちょっとかじって、飽きたら次へ、みたいな。

 その態度は、気のせいか……敢えて自分を悪者に見せようとしている感じがした。

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