第49話 楽で高収入な仕事がしたい

 触れづらい話題はなるべく避けた方が良い。

 冒険者塾のことはまさにそんな話題だ、と春太は思った。

 メルムにとって冒険者塾はあまりいいものではないのかもしれない。

 ゴブリンを瞬殺した姿、ボスの子分を次々倒していく姿からは天性のセンスを感じたものだが……


 話題を避けたい時は、別の話題に替えるのが良い。

 ちょうどマンマーリ店主が新たなお盆を持ってきたので、そちらの方に目を向ける。

 店主が持ってきたのは、骨付き肉の形をしたお菓子だった。

 それを見たチーちゃんは待ちきれないとばかりに店主の前で二本足で立ち上がり、前足をバタつかせる。

 これはくれくれポーズである。『ちょうだい』と呼ぶ人もいる。

 早く欲しくて堪らない感じが微笑ましい。

 プーミンとセリーナは顔を寄せ合って様子をうかがっていた。


 店主が盆を置くとチーちゃんは真っ先にがっついた。

 骨付き肉菓子は骨の部分もパイ生地みたいに柔らかいようで、簡単に噛み千切られていった。

 昔テレビで観たことがあるが、フォークの形をした菓子を作ったり生活雑貨に似せた和菓子を作る職人がいた。色合いや焼き目など細部のこだわりもあり、食品サンプル職人のような匠の技だと思ったものだ。

 セリーナはちょっと匂いを嗅いだ後食べ始め、プーミンはしばらく周囲を観察した後に恐る恐るパクついた。


 チーちゃんは食べ終わると店主に飛びつく。プーミンやセリーナの分を横取りしようとしないのがこの子の良い所だ。

 店主はしゃがんでチーちゃんを撫でまわした。孫をあやす好々爺といった感じだ。


 ペット達が先に食べてしまった。

 人間もそろそろクラザックスをいただくことにする。

 そうした時、メルムの様子に春太もマキンリアも視線が吸い寄せられた。

 メルムがただならぬ気配でクラザックスを見つめている。

 これは菓子店ノッテンバーグで見た時とオーバーラップする。


 小さな飾りつけまで子細に分析するかのような眼光。

 勝負を前にしたような真剣さ。

 瞬きすら忘れるほどの集中。


 彼女だけ別世界にいるみたいな温度差だ。

 それは冷たく重いものではなく、熱くて研ぎ澄まされたもの。

 単に好きというだけではここまではいかないのでは。

 そう思って春太は指摘した。

「随分と真剣なんだね」

 するとメルムは我に返ったようにビクッとなる。

「えっ……わたしそんなに真剣?!」

 自分で分からないのかと春太は苦笑する。周りが見えなくなるほどなんだな。

 周りが見えなくなるほど何かに集中するというのはなかなかない。


 小学校の時練り消しを熱心に作っているクラスメイトがいたが、彼は休み時間でも休みなく消しゴムをゴシゴシしては練り消しを巨大化させていっていた。

 チャイムの音すら耳に入っていなかった彼は起立・礼・着席という掛け声も聞き逃すので、よく先生に怒られていたな。

 テニスボール大にまでなった練り消しで最終的に縄文土器を作っていたが、周囲に将来陶芸家にでもなるの、と聞かれたら『楽で高収入な仕事がしたい』と大雑把な夢を語っていた。

 この練り消しの工作が後にどう活きるのかは分からない。


「まるでパティシエみたい。パティシエになりたいの?」

 これでメルムから『楽で高収入な仕事がしたい』などと返ってきたら奇蹟だ。というか俺が楽で高収入な仕事がしたい。働きたくないなあ。

 するとメルムは、うーんとかあーとか躊躇いの唸り声を上げた。

 話すかどうか迷っているようだ。

 しかしそれはやがて、話したくてたまらないという方に傾いたみたいで、ぽつぽつと話し始めた。

「本当はね、クラザックス職人になりたいの。と言っても、あなた達はここの生まれじゃないから分からないかもしれないけど、ここでクラザックス職人になりたいと言ったら、親に猛反対されるわ」

「そうなの?」

「クラザックス職人になるには厳しいコンテストを勝ち抜いて、それで初めて名店に弟子入りできて、そこから更に厳しいふるいにかけられる。晴れて職人になれても街ではライバル店がひしめいていて、店が生き残れるかどうかも分からない。華やかな見た目と違って、職人として生活していくのは難しいのよ」

「……けっこう厳しい世界なんだね」

「アイドルみたいな競争率だと思えば分かりやすいんじゃないかな」

 その例えはなかなか的を射ているものだった。

 なるのが大変なのに、なれたとしてもそれで生活していくのは難しい……普通の親なら反対するはずだ。しかし、夢の職業はなりたい人が後を絶たない。

 ただ、春太はなりたいものにはチャレンジしてみれば良いという派だ。

「頑張るだけ頑張ってみて、駄目だったら諦めれば良いんじゃないの?」

 大人はチャレンジできないとよく聞くが、春太達は大人ではない。やりたいことをやっていればいいような気はするが……

 そこでメルムの歯切れが悪くなる。

「たまたま、冒険者の適性が高かったみたいなの。何だかレベルが上がるのもステータスの伸びも早いし。そうしたら塾からも親からも期待されてしまって……冒険者って身の危険もあるでしょ。でも親は『クラザックス職人よりはマシだ』って言ったの」

 この街では冒険者以上に危険なのがクラザックス職人。それを印象付けるセリフだ。

 だんだんとメルムのトーンは湿り気を帯びるものになっていく。

「それでやめるにやめられず、ずるずると通っている内に周囲からねたまれるようになってしまった。何だかやる気が無いのに成績は良いから、印象悪いのは当然よね。でもわたしからすればそれは逆恨みよ。こっちは悩んでいるのに……」

 彼女は頬杖をついて、たそがれる顔になる。

「それで腹を立てて、外面そとづらは自慢気に語る嫌な子を演じるようになった。最近それも嫌になってきて、塾にも行きたくなくなってしまった。だから時々サボってしまうの」


 塾をサボってしまうというのは、こういうことだったのか。

 思いがけず彼女の悩みを聞いてしまい、春太は腕組した。

 なかなか複雑な状態になっているようだ。

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