第50話 あたしの辞書に、食欲不振という文字はない
菓子店マンマーリを出てメルムと別れた後、春太達は街をぶらついた。
アイテムの買取所を捜すためだ。
冒険者の生計はモンスターを倒し、そのモンスターが落としたアイテムを売ることによって成り立つ。
今日春太達が倒したモンスターもアイテムを落としていて、それらはちゃんと拾ってある。
アイテムを収納するのは大食い袋という。これは腰に下げられるサイズなのに見た目より遥かに容量オーバーした物を収めることができる。ドラえも〇的な袋だ。
相変わらずの暑さに参りながら春太は歩く。
「あっついなー。マッキーは暑いのと寒いのどっちが好き?」
「熱い方が好き! 熱い方が美味しいから!」
迷いなく答えるマキンリアはズレにズレていた。
「食の話はしてないよ」
「あたしは食の話をしてるんだよ」
「こうも暑いと食欲も減退しそうな気するけど、マッキーは大丈夫なの?」
するとマキンリアはナルシスティックな笑みを浮かべ、決め台詞を吐いた。
「あたしの辞書に、食欲不振という文字はない」
非常にカッコつけて言っているが、割とどうでも良いものが辞書に欠けているようだ。欠けていてもあまり困らない気がするし、かと言って自慢する要素も無い。ここに自慢している変な人がいるけど。
「どうせ欠けさせるならもっと重大なものを欠けさせようよ」
「これ以上重大なものなんてないよ!」
「例えば、不可能という文字は無いとか」
「何それ、嘘じゃん」
皇帝の名言をバッサリ切ってしまったマキンリア。妙なところで現実的だ。
春太はチーちゃんを抱っこしながら歩いていた。
他の二頭と比べたらチーちゃんは落ち着きが無い方だが、抱っこされている間はおとなしいものだ。
中央アジア風の建物が並ぶ道には今日も水売りが荷車を曳く姿が見える。
昨日は見ているだけだったが、今日は利用してみようと思い立った。
春太は水売りの少年へ近付いていく。
「いくら?」
「2コロン」
水売りの少年は足を止め、簡潔に答える。
春太は後ろを振り返る。
「マッキーとはんぺんはいる?」
「いるー」
マキンリアの返答を得て、春太は支払額を算出。自分の分と、チーちゃん、プーミン、セリーナ、マキンリア、はんぺん……6人分か。
12コロンを支払い、荷車の後ろへ回る。
マキンリアは人から奢られることが嫌いなようだ、ということがこれまでの付き合いで分かっていたが、これくらい少額であれば気にしないようだった。
荷車に鎮座したタンクにはまだ満タン近く水が入っている。
タンクに付いた蛇口を捻り、マイカップに水を注いでいく。
マイカップは先ほど露店で買ってきた。お洒落な雑貨を並べている店で、色んな国を回って集めてきた物だと言っていた。隊商として各地を巡るのもなかなか面白いのかもしれない。
ちゃんとペット用の皿も購入しておいたので、それらにも水を注いで地面に置いた。
そして抱っこしていたチーちゃんを降ろそうとした時、妙なことが起こった。
チーちゃんが水の入った皿の上で手足を動かし始めたのだ。
犬が川に入った時などにする、犬かきである。
それを空中でやり始めたのだ。
「こ、これは……エア犬かき……!」
春太は感動して、しばしそのまま鑑賞した。チーちゃんには悪いが、これは可愛い。
エア犬かきでほっこりしたら、水を飲んでみた。程よく冷えていて、うまい。
「あんた達、召喚獣沢山連れてるけど召喚士?」
水売りの少年が暇つぶしといった感じで話しかけてきた。
「いや、弓士だよ。召喚士ってなに?」
春太が応じると、水売りは荷車の縁に寄り掛かりながら教えてくれた。
「モンスターを沢山連れて戦わせる人さ。一般的な職業じゃないけど、レベルが凄く高い人はなれるらしい」
「ウチの子達はペットだから、そもそもモンスターじゃない」
「普通の犬猫が戦うのって珍しいな。戦力になるの?」
「なるよ、充分に。この水は一日に大体どれくらい売れるの?」
「百以下になることはない」
「水はどこから汲んでくるの?」
「メッソーラの近くで地下水を汲み上げているんだ。魔力が集まる場所だから、浄化されてるんだって。よその街に引っ越してった奴から『ここの水はまずい、リリョーの水が恋しいよ』って言われたくらいだから、ここの水はおいしいんだろうね。俺はよそに行ったことないから分からないけど」
言われてみれば、セーネルよりも水がおいしい気がする。
「へえ」
「汲み場の辺りはちょっとした洞窟もあって面白いよ。たまに魔力の流れが変わるんだけど、その影響で地下に道が出来上がるんだ。奥には光る泉もあって綺麗だよ。今はモンスターがいないから、見るなら今の内だね。もっと洞窟が大きくなればモンスターも出てくるだろうって言われてる」
思いがけず、密かな観光スポットを教わってしまった。気が向いたら行ってみよう。
近くにアイテム買取所が無いか聞き、春太は礼を言って水売りと別れた。
無事アイテムの売却を済ませ、昼も食べた後のこと。
街を散歩していたらクローザーと出くわした。
クローザーは鞄の肩紐にボクシンググローブを括り付けていた。
「ああ、あんた達か」
「やあ、部活の帰り?」
春太が尋ねると、クローザーは頷く。
「そっちは狩りの帰り?」
「今は散策してるだけだよ。でも今日狩りには行ってきた。君のお姉さんにも会ったよ」
「姉貴のやつ、今日は塾に行ったのか」
「ああ、でもまあ……悩んでるみたいだね」
するとクローザーは複雑な表情になった。
口や顎をもごもご動かし、何かを躊躇う。
しばらく迷っていたが、やがて意思が決まったようだった。
「少し……話さないか」
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