第51話 次はエベレストだ!
川べりを歩く春太達。
緩やかな水の音。
先頭を行くクローザーは浮かない顔だ。
ちょうどベンチの代わりになりそうな岩が横たわっていて、そこに三人で座る。
チーちゃん達は周囲の臭いを熱心に嗅ぎ始めた。
「姉貴はさあ、ウジウジしてんのがいけないんだよなあ」
クローザーは溜息をつくようにメルムの批判を始める。
それは日頃溜めていた愚痴なのかもしれない。
「ウジウジしてる?」
春太は聞き返す。
メルムが悩んでいて、それが複雑な状態だというのは分かったが、ウジウジしているイメージは無かった。むしろハキハキしている気がするけど。
「してるよ、しまくりだよ。クラザックス職人になりたいんだったらなりたいって素直に親に言えばいいじゃんって言ってるのに、ぜんぜん聞かねーしさー」
「クラザックス職人は、なるのがとても難しい職業なんだってね。アイドルみたいに」
「アイドル? はは、確かにそんなもんだな。俺のダチにも目指している奴いるけど、熾烈な競争があるとか言ってた。ま、なれたらすげえってことは確実だよ」
そうしてクローザーは立ち上がり、そこらの石を拾ってアンダースローで投げた。
石は川面に跳ねて波紋を作り、沈むまでに十個以上の波紋を刻んだ。
マキンリアが何それ楽しそうと言って真似を始める。
春太も川面に石が跳ねるのは初めて見た。
父はこういう遊びを教えてくれたことは無い。
マキンリアも春太も試してみたが、うまくいかない。
石を投げても無情にポチャンと沈むだけだ。
「上から投げるんじゃないよ。もっと低いところから、こう投げるんだ」
クローザーのアドバイスで二人の技術が進歩していく。
少しずつ投げ込んだ石が水面を跳ねるようになっていった。
「君は……お姉さんのことを心配しているの?」
「そんなんじゃねーよ。ただ、なんか嫌なんだよ。家で姉貴が落ち込んでる姿を見るのが」
「それは心配しているっていうんじゃないの?」
「だからちげーって。家帰った時の居心地とか、そういうのあるじゃん。居心地いい方がいいじゃん?」
「あーはいはい、そうね」
「ちゃんと本心を親に言った方が良いって言ってるのに、ウジウジして言わないし。だから親も勘違いして冒険者になってくれるもんだと思ってるし……このままじゃ全然解決しない。俺が言っても姉貴は聞かないし、あんた達で何か言ってやってくれよ」
石を投げながら続けられる会話。
夕方に差し掛かったところで、川の色が変わってきている。
川に投げ入れているのはクローザーの悩みなのかもしれない。旅行者に悩みを打ち明けるのは川に独白しているのと変わらない。
春太達がこの先メルムと会う可能性は殆ど無い。
それに、人の家の事情にはあまり踏み込めない。
しかし、それでもこうして依頼してくるクローザーのことを考えると、あまり冷たくあしらうことはできなかった。
石が跳ね、力を失って沈んでいくところを春太は見つめる。姉が悩んでいることが弟の悩み、か。一人が悩んでいると周囲も気にするもんなのかな。それとも姉弟愛?
プーミンが川に投げ込まれる石を興味深そうに観察している。
レーザー光線を追うように視線がパッパッと動くのが可愛かった。
次の日、春太が目を覚ますと近くからカリカリと音がした。
何かを引っ掻く音だ。
それはベッドサイドから聴こえてきていた。
春太は寝ぼけまなこでベッドサイドへ顔を出す。
すると、ベッドサイドをチーちゃんがよじ登ってくるところだった。
よく見ると、チーちゃんが目いっぱい体を伸ばして届くか届かないかギリギリの高さにとっかかりがある。
チーちゃんは既にとっかかりに上り、ベッドへ手を掛けようとしているところ(これも体を伸ばして届くか届かないかというギリギリのライン)だった。
届くか届かないかというところに必死に手を伸ばしてプルプルしている様子が思わず応援したくなる。
頂上に手を掛けたチーちゃんは歯を食いしばりながら懸垂で上がってくる。
後ちょっとという所でなかなか上がれずもどかしい。
そして奮闘すること20秒、遂に後ろ足が崖の上にかかり、登頂に成功した。
「チーちゃん登頂成功! 次はエベレストだ!」
春太はチーちゃんを出迎えて抱き締めた。
一つ謎が解けた。
昨日チーちゃんがベッドに上がってきたのはセリーナの助けがあったのではないかと思っていたが、自力で上がってきていたのだ。
そんなにまでして起こしに来てくれることに愛を感じた。ペット愛は崖を超える。
「シュンたん静かにしてぇ……まだ朝早いよぉ」
隣のベッドのミノムシ状の何かからクレームが寄せられた。
まったくお寝坊さんめ……と春太は思ったが、部屋の時計を見るとまだ四時だった。歳をとると早起きになっていかんのぅ。寝直すか。
ということで春太はチーちゃんを抱いて二度目の夢に旅立った。
チーちゃんの耳の裏が顎に当たってこそばゆかった。
巨木の雨林【ズーズ】。
大型トラックがすっぽり収まるのではないかというほど太い幹の木が集まり、森を形成している。
霧状の雲がひっきりなしに降りてきては水気を与え、上空の枝葉からポツポツと水滴が落ちてくる。
潤沢な水気によりそこかしこが苔むしている。
秘境。
第一印象はまさしく秘境だった。
有史以来ずっとそこにあり続けているという古い木が奥にあるという。
冒険者向けの観光スポットとして紹介されていて、メッソーラが安全なのに対しズーズは『ちょい難』と書かれていた。このちょいワルみたいなフレーズはなんなのか。
今日はここをお散歩だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます