第54話 チーちゃん助けて!

 周囲だけでなく、頭上も、更には足元も気にすべし。

 結局のところ、あらゆるところに注意を払え、というのがこの森の教訓だった。

 面倒くさい反面、冒険者にとってはこれほどためになる狩場はないかもしれない。


 次は木々の間からのそのそとダチョウが現れた。

 三匹のダチョウは春太達を見付けると飛び上がり、全速力で向かってきた。

 春太とマキンリアはすぐに弓を構える。

 近付かれる前に攻撃という鉄則が身体に沁み込みつつある。

 二本の矢が飛んでいく。

 どちらも中央のダチョウに命中。

『19』と『38』のダメージ表示。どちらが春太の与えたダメージかは言うまでもない。

 もう一射。

 中央のダチョウにまた矢が集中するが、今度はマキンリアの矢が当たった時点で倒した。春太の矢はそのまま飛んでいった。

 残るダチョウは二匹だが、足が速くてもう次の一射はできそうにない。

 マキンリアが右へ旋回し、それを見て春太は左へ旋回した。

 敵の突進を回避して素早く構え直し、攻撃……これが弓士の基本スタイルである。

 春太はダチョウの突進を引き付け、ここだと思ったところで横っ飛びした。地面に弓の持ち手から手を付き、飛び込み前転。これは日本にいた時モンスターをハンティングするゲームで見たことのある回避方法だ。

 しかし。

「ぶげっ!」

 ゲームのようにはいかず、弓に顔が当たり、前転できずに顔面からスライディングするハメになった。和弓の形状は思ったよりかさばる。弓を寝かせながら前転すれば良かったのかもしれない。

「くそ、やってくれるじゃねえか……」

 春太は不屈の闘志で起き上がる。

 せっかく顔面スライティングまでして稼いだ距離だ。攻撃に繋げなければ意味が無い。

 だが顔を上げたところで、太い鳥類の脚が視界に飛び込んできた。

 視線を上に移動させていくと、首を捻ってこちらを向いているダチョウと目が合う。

 ダチョウは急制動をかけ、止まったのだ。

「え、ちょっ」

 計算が狂った。

 春太の頭の中では、ダチョウはイノシシのように駆け抜けていくはずだった。そこへ矢を撃ち込む想定だった。

 ダチョウは向きを変え、羽を揺らして襲いかかってくる。クチバシで突いてくる。

 春太は額を強打し、突き飛ばされたように仰け反り、たたらを踏んだ後に尻もちをついた。

「いってぇー……っていうかこれやばくね? 残りHPいくつだ」

 立て続けにダメージを喰らったことで危機を覚える。

 ただでさえHPが少ないのだから危機管理は重要だ。

 しかしここでチーちゃん達に助けを求めるのはどうなんだろう。プライドとか……

 ……いや、プライドなど、ない。

「チーちゃん助けて!」

 春太は大して迷わず切り札に頼った。切り札を温存し過ぎて敗北するくらいなら、さっさと出した方が良いと思う。

 チーちゃんは難しいことは理解できないが、主人の危機ならば分かる。

 彼女は小さな身体をいっぱいに躍動させて草を蹴って走った。そしてダチョウの足元へ噛みついた。

 ダチョウは『2388』のダメージを受けてひっくり返った。


「チーちゃんよくやった! でも抱っこは街に帰ってからね!」

 春太が言い聞かせると、チーちゃんは飛びつきたいけど我慢、という感じで足踏み。このもどかしさが何とも不憫で、早く街に帰りたくなる。一回くらい飛びつかれてもダメージを無効化できるアイテムとかないのだろうか。

 一方、マキンリアの方は無事にダチョウを倒したようだった。

「マッキーよく倒せたね」

 回復アイテムを取り出しながら春太が声をかけると、マキンリアは考えるような調子で応じた。

「このモンスターは遠距離職には不向きだね。足が速いしどこまでも追いかけてくるし。近接職がいないときついかも。あたしははんぺんと一緒に戦ったから大丈夫だったけど」

 通常は近接職と遠距離職どちらもいるパーティーで狩場に行くものだ。このダチョウの場合、近接職が足止めしながら遠距離職が攻撃を加えるのが最も効率の良い戦い方なのだろう。

 パーティーのバランスまで試されるとは、本当によくできた狩場だ。

 ではバランスの悪い春太達はどうするか?

「よし、じゃあダチョウはチーちゃん達に任せよう」

 力でねじ伏せる。最も確実な解決方法だ。苦手な敵とわざわざ戦う必要は無いと思う。

「そうしよっか」

 マキンリアにも武士道は無いようだった。というか元々はんぺんを囮に使ってたくらいだから武士道があるはずがないか。


 しばらく歩いていると、チーちゃんが身体の水気を払うためにブルブルを始めた。


 犬は身体が濡れてしまった時、全身を激しくゆすって水気を弾き飛ばす。

 一番代表的なシチュエーションは、ゴールデンレトリバーが川から上がってきた時にブルブルするあれだ。頬肉がブルンブルンするところは犬好きにとって萌えポイントだと思う。

 なお、このブルブルは、犬にとっては自分の水気さえ払えればいいわけで、その水気が行く先には無頓着である。

 春太も散歩中に雨が降り出してしまった時、家に帰りつくなりチーちゃん達がブルブルをしてえらい目に遭ったことがある。玄関という狭い場所では当然飼い主に水滴がバシバシ当たるし、壁とかそこら中汚れるしで大変なのだ。


 チーちゃんは小さな身体を高速で揺すってブルブルした。

 この時、チーちゃんはブルブルを顔の方から徐々に後ろへ向かってやめていく。まず顔が止まり、胴体が止まり、最後はお尻だけ振っているのだ。気が済むまで振った後は区切りをつけるように尻尾をピッと左へ振る。これで完了。

 ちなみにプーミンは声を上げて飛沫から逃げた。セリーナはチーちゃんがブルブルを始めるのに気付いた時点で離れていた。


 自分達以外の冒険者達の気配がする。

 春太達が近寄っていくと、それが大きな集団であることが分かった。

「あれ……?」

「あ……!」

 春太とマキンリアは顔を見合わせる。

 大きな集団の中に、メルムの姿を見付けたのだ。

 冒険者塾。

 今日はズーズに来ていたのか。

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