第53話 食うか、食えないか

 黄色カラスを倒して得たアイテムは卵だった。

「これって食べられるのかな?」

 春太が卵を手の平に乗せて呟くと、マキンリアが的確な回答をくれる。

「そうだよ。八百屋さんの前を通った時に売ってるの見えたもん。値札のところに黄色カラスのイラストも描かれてたから間違いないよ」

「……え、売ってたっけ?」

「売ってたよーもーシュンたんどこ見て街歩いてるの?」

 今まで歩いた通りで八百屋も見かけた気はするが、どんな物を売っていたかなんて細かくは見ていなかった。

 しかし食い意地の張った彼女はそこまで見ていたということか。

 それはある意味凄いことだ。だが……

「……じゃあ俺達が泊まっている宿の名前は覚えてる?」

「知らないよー」

「【冒険者の灯台】だよ。入口に大きな看板が出てたじゃないか」

「そうだっけ? 忘れちゃった」

「食べ物のことしか見てないんだな……」

 知識に偏りがありすぎるのが難点だ。

「シュンたん、この世の中は食うか、食えないかの二択なんだよ」

「何でも口に入れる赤ちゃんみたいじゃないか」

「赤ちゃんは本能的に分かってるの。それがいかに大事なことかをね……こんな話してたらお腹空いてきちゃったよ。間食しようっと」

 そう言ってマキンリアはアイテム収納袋である『大食い袋』に手を突っ込み、おにぎりを取り出した。

 間食と聞くとクッキーとかちょっとしたおやつを連想するが、彼女の場合そうではない。がっつりした食事なのである。燃費が悪いといって何度も食べるようだが、食べたものがきちんとエネルギーになっているかどうかは謎だ。吸収が悪いだけではないだろうか……


 周囲だけでなく、頭上も気にすべし。

 その言葉を頭に入れて水の滴る森を進んでいく。

 水滴はいたるところで降ってきて、避けようがない。

 ぽたぽた、ぽたぽた。

 チーちゃんとセリーナは頭に水滴が当たる度に耳をパタパタさせている。

 プーミンは水滴が当たると怒られたみたいな顔をして首を竦めた(ちなみに最初の内は飛び上がっていた)。


 右見て左見て、上を見て。

 時々後ろも確認して。

 春太はそうしている内にプロっぽくなってきた気がした。ツーマンセル、ツーマンセル。特殊部隊が敵のアジトに突入する時よく言ってるよな。よく分からないけど。

 そんなことを考えていると、不意に足裏が妙な感触を捉えた。

 草を踏んだ時のそれとは別の、硬い感触。

 石ではなく、外骨格的なミシミシッという。

 反射的に虫を連想してしまい、ウゾゾッと恐怖が背中を這い上る。

 春太は虫が苦手だ。

「うっわっ」

 足を上げて、踏んでしまったものに目を向けると、そこには大きな卵があった。

 ラグビーボール大の卵だ。

 虫で無かったのは幸いだ。

 背中を這い回っていたものが霧散していく。

 しかしなぜこんな所に卵があるのか。

「シュンたんどうしたの?」

 マキンリアが近寄ってきて、春太の足元を覗き込む。

「いや、こんな所に卵が……」

 春太は答えようとして、途中でやめた。

 卵の頭上に、『10』の表示が出ていたのだ。


 ダメージ表示……!


 春太もマキンリアも目を見開く。

 卵はぐるんと回転。

 すると絵に描いたような暑苦しい顔が現れた。

 そして手足をニョキッと生やし、立ち上がる。

 どうやって取り出したのか、剣と盾まで持って。

 それは卵戦士と形容していいものだった。

 卵戦士は驚きで硬直している春太に飛びかかり、剣で攻撃する。

 春太は瞬時に避けられるような運動神経を持ち合わせていない。見事に攻撃を喰らってしまう。卵戦士の背が低いため、弁慶の泣き所にヒットしてしまった。歩いていて机の脚に強打してしまった時のような痛みに襲われる。

「ぐおおっ……~っ!」

 弁慶の泣き所を強打すると、決まってこの声が出てしまう。誤って肘を強打してしまった時も同じだ。それはともかく、まずは距離をとらねば。

 弓士は遠距離攻撃を得意とする職業だ。懐に飛び込まれては満足に戦えない。

「シュンたんまずは距離をとって!」

 弓をこちらに向けながらマキンリアが言う。

「ちょ、俺に当たったらどうすんの!」

「当たらなきゃいいじゃん!」

「答えになってないよそれ!」

 春太が抗議していると、卵戦士が次の攻撃モーションに入る。

 だがそこで、卵戦士は雷の槍に貫かれた。

 焼け付く音とフラッシュ。

 春太からほんのわずかの距離にいた卵戦士を精確に撃ち抜いた雷の槍は『2255』のダメージを与えた。

 卵戦士はひっくり返り、天使になって天に昇っていった。


 ドロップアイテムは卵だった。

 これではアイテムが落ちているのかモンスターなのか分かり辛いではないか。トラップみたいなモンスターだな。まあモンスターが正々堂々戦いを挑んでくるばかりでは芸が無い。あの手この手で冒険者を倒そうとしてこないとゲームとして面白みがないからな。

 一人で春太が納得していると、マキンリアが呆れ声を出した。

「もーシュンたん、雷が当たったらどうするの? あんなの喰らったら即死じゃん」

「なに言ってんのさマッキー。プーミンが俺に当てるわけないじゃないか」

 そう言って春太は爽やかな笑顔を見せる。

 雷の槍はプーミンの出したものだ。

 プーミンが褒めて褒めてという風に見上げてくるのが可愛らしい。

「あたしの弓には『当たったらどうすんの』とか言ってたじゃーん!」

「だってプーミンが雷の槍を発射したわけでしょ? なら狙いを外すわけがない。当然の公式じゃん。全国の小学校で教えてることだよ」

「意味分かんないし。何でプーミンだけ信じられるの」

 ぶーたれるマキンリアに春太はフッ……と鼻で笑い、この世を憂う調子で言った。


「人間は信用できないがペットは信用できる……この世の真理さ」


 言っていてこれはあながちギャグではないかもしれない、と春太は思った。

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