第39話 うわあ、おいしそう
装備を新調したので、いざお散歩へ!
お散歩というと、街中で見かける普通の犬の散歩を想像するだろう。
たまに猫もリードを付けて散歩している姿も見かけるが……
概ね春太達もそのつもりだ。
気分は街中を散歩して電柱や草むらを捜したり、川原に行って土の感触を確かめたり、それと違いはない。
だが、行先は狩場であった。
モンスターの出現する狩場であっても、春太達にとっては普段のお散歩なのだ。
ガチの冒険者からは批判を浴びそうなものだが、しかし春太はガチの冒険者ではない。
愛するペットとのぶらり旅。
気楽に気ままに行けばいい。
そうしてやってきたのは魔力噴出孔の丘【メッソーラ】。
リリョーの街外れに入口があるこの場所は、一大観光地だった。
メッソーラの入口周辺にはモンスターの出現もなく、観光客用の広場が整備されている。
多くの観光客が暑い暑いと言いながら広場の端に集まっていたのだった。
「はい皆さん到着です。あちらに見えますのが『メッソーラの昇り滝』でーす!」
旗を持ったツアーガイドが団体客に向かって説明している。
ごった返している人混みではそこかしこで感嘆の声が上がった。
「おおー」「綺麗!」「来て良かったね」「すごーい!」
春太とマキンリアも人混みの中でその景色を眺めていた。
光の柱だ。
荒涼とした濃茶色の大地と遠方の山々を背景に、球場くらいの円周を持った太い太い光の柱が、空に向かって昇っていく。
密度の濃い中心部は白く見え、密度の薄い外側は青色をしている。
そして密度の薄い外側からは光の束から離れていくようにしぶきが上がり、花火のように空中に溶けていくのだった。
柱の根元は土が盛り上がっており、地中から押し上げられ、突き破って出てきたのが分かる。
そんな光の柱がいくつもいくつも見えるのがメッソーラだった。
「うわあー、すごいな……」
春太は思わず感嘆の声を漏らす。
周囲の観光客と全く同じ反応だ。
春太はどこにでもいる普通の人間なのだから、普通の反応をしたのだ。
観光の醍醐味は絶景だ、それを素直に楽しめばいい。
「うわあ、おいしそう……」
隣では感動をぶち壊しにするような感想を吐いている食いしん坊がいた。
マキンリアは何を見ても食欲に結びつけてしまうという恐ろしい特性を持っているのだ。
「ねえマッキー、この景色を見てさ、感動とかしないの?」
「超感動してるよ! もうホント良い景色だよね!」
キラキラと目を輝かせる彼女はそこだけ切り取れば会話が通じているように思われた。でも何かが違う……
互いに思っていることは違っても会話が繋がってしまうのは奇蹟なのか恐怖なのか。言葉とは時として使い勝手が悪い物だな。これが言葉の限界なのかもしれない。空気を読むというのも全部が全部悪いってわけじゃないのかも……
それに、と春太は後ろを振り向く。
そこはやや空隙ができていて、セリーナ達が佇んでいる所だった。
セリーナの背中にプーミンとチーちゃんがしがみついているが、チーちゃんは光の柱に全く興味が無い。
プーミンとセリーナは珍しそうに光の柱を眺めているが、それが脅威なのかどうか確認しているだけのようだった。
春太は微妙な気持ちになった。景色を楽しんでいるのは俺だけか……
仕方がないので散歩の続きだ。
このメッソーラは入り口周辺が観光地になっているが、奥へ進めば普通の狩場になる。
ここではどんなモンスターが待ち構えているのか。
「マッキー、そろそろ奥行ってみようか」
「そだね。今日ははんぺんのレベル上がるかな~」
二人は人混みから離れるように歩いていき、セリーナ達がついてくる。
「ああ、育て始めたんだっけ。レベルは幾つになったの?」
「3だよ。まだまだだね」
「1のままよりは良いさ。何かスキルは覚えた?」
「覚えたよ。『笑う』っていうの」
「え……?」
春太は目を点にした。なにそのスキル?
ふふんとマキンリアは得意そうにして、肩の辺りを浮遊するはんぺんに指示を出した。
「さあはんぺん、見せてあげて! 覚えたてのスキルを!」
するとはんぺんは目を不等号『><』にしてキューキュー鳴いた。
人間の指ほどしかない小さな手を精一杯振り上げる姿が可愛い。
しかし、だ。
「え、それってスキルなの?」
「スキルだよ! ほら見て、ウチの子もやればできるでしょ!」
えっへんと胸を張るマキンリア。
それはスキルではなくて、芸というのではないだろうか……
春太は不安を抱かずにはいられなかった。
芸だったらウチの子の方がもっとできるんだけどなあ、などと妙な対抗心も芽生えてしまう。
そこで春太はこれみよがしにセリーナ達に「お座り」と言った。
セリーナ、プーミン、チーちゃんが三頭並んでお座りする。
三頭並んで見上げてくる姿が堪らない。
春太はニヤッと勝ち誇ってマキンリアを見た。お受験ママと一緒だ、ウチの子こんなにできるんですのよオホホホホ!
そんな時だ。
背後から少年達の集団が近付いてきたのは。
「おいお前今日の授業なに笑い取り行ってんだよ!」「笑いじゃねーよ!」「こいつおいしいとこばっか持ってってまーす!」「先生ガチギレだったぞ!」
ギャハハギャハハとふざけあっているようだった。
そして春太が勝ち誇った顔をしているところで、ドンッと背中に衝撃が走った。
ぶつかられた、というのだけは瞬間的に理解できた。
春太はポーンと吹っ飛んで、意識も一緒に飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます