第37話 両手に花

 武具屋【タイリ】は大きなお店だった。

 セーネルの武具屋では図書館のようなレイアウトだったが、タイリは違った。

 この店の場合は広い店内の壁沿いにズラリと武具が並べられており、部屋の中央には正方形のレジしかない。

 通路が広々として移動が楽。

 しかしあちこちで勝手に試着を始めてしまう人がいて、雑然としていた。

 セリーナは人の足に当たりそうになるのを避けて春太にぴったり寄り添った。

 チーちゃんとプーミンは春太の脚をよじ登ってくる。

 プーミンは自力で登れたがチーちゃんは無理なので、春太はチーちゃんを抱え上げた。

 左手にプーミン、右手にチーちゃんを抱っこして春太はご満悦である。


「両手に花とはこのことを言う。ちなみに足にも花だ」


 マキンリアに見せつけるようにそう言うと、彼女はそれなら、と乗り気なことを言い出した。

「足が片方しか花が無いでしょ。あたしも入れれば両足も花になるよ」

「人間はノーセンキューだ」

「そこはブレないんだね」

「ペット道だからね」

 春太はドヤ顔で返す。ペットさえいれば俺は一生暮らしていける。そこに人間の入り込む余地はない。


 うっかりしていると試着中の人とぶつかったり躓いてしまいそうだ。

 実際に躓いている人を見かけたが、躓いた方も躓かせた方も笑顔で握手を交わしていた。これはそういう文化なのだろうか。

「セーネルでは試着室があった気がするんだけどなあ。ここではそこら辺で試着するのか」

 春太が文化の違いに関心を寄せていると、マキンリアも同意を示した。

「そうみたいだね。武具だから試着室なくても大丈夫だけど、無いとちょっと落ち着かないなー」

「俺はこんなにごちゃごちゃしてて勝手に持っていっちゃったりされないのか心配だよ」


 電子タグも無いのに商品管理ができるのか。

 父が旅先で入った土産物屋でそう零したことがあった。

 その店は昔ながらのスタイルで、奥のレジも空っぽ。

 レジの奥に声をかけてようやくお婆ちゃんが出てくるというアナログまっしぐらなシステムだった。

『今時は田舎の店でもタグを導入している所が多い。ここは持っていかれても構わないというのか』

 ぶつくさ言う父の背後に見知らぬおじさんが立ち、なぜかそのおじさんが父の独り言に答え始めた。

『糸は張り詰めるほど切れやすくなるからなあ。ちょっと緩いくらいで良いんだ。緩けりゃたわむだけで済む』

 おじさんはおじさんで商品をひょいひょいと手に取りながら、独り言を言うかのようだ。

 お店には土産物だけでなく生活必需品も並んでおり、コンビニ的な使われ方をしているのかもしれない。

 父はムッとして返した。

『それなら、ここの物を全部持ってかれたらどうするんですか』

 おじさんはクックと苦笑しながらレジに行き、お金を置いた。

『そんなこと誰がするんだい。するとすれば、そいつはよっぽど腹空かしてるだろう。ここじゃそういう奴見かけたら飯食わせるさ。婆ちゃん、お金置いとくぞー!』

 去っていくおじさんを見送ると、父は忌々しそうに吐き捨てた。

『外国人窃盗団だって入ってきているのに、全く能天気なものだ。いいか春太、人は絶対に信用するな。人を信用した奴から転落していく。そういう奴を私は何人も見てきたんだ』

 人は信用するな……

 信用。

 この小さなお店は信用で回っている。今俺達が商品を持ってそのまま出ていっても見付かることは無いだろう。防犯カメラも無さそうだし。

 それどころか、出ていったおじさんがレジに置いていったお金さえ持っていってしまうことが可能だ。

 もし自分達が素行の悪い集団だったら……と思うとゾッとしてしまう。

 でも、自分達は悪いことをしても見付からない状況であっても、悪いことをする人間ではない。

 奥からよっこらしょと出てきたお婆ちゃんにきちんと代金を払った。

 嫌な世の中だから、人を信用しない前提でしっかりした対策をとった方が良い、と春太は思ったものだ。


「持ってく人なんて滅多にいないよ」

 突然、春太達の背後から声がかかった。

 春太達が振り向くと、そこにはたれ目の青年が立っていた。

 服装からでは何とも言えないが、杖を持っている。

 魔法士かもしれない。

 いきなりだったので、春太はなかなか返事の言葉が頭から降りてこなかった。

 そうしているとたれ目の青年は怪しい者ではないですよとアピールするように続けた。

「ああ、僕は店員兼見回り係だよ。万一、お金を払わずに持ってっちゃう人がいたら捕まえることになる」

 役目を示すように杖を軽く振り、自信ありげな顔をしている。

 ようやく春太も会話ができる状態になってきて、口を開いた。

「それだけで大丈夫なんですか? 人は信用しない方が……」

 店内を見てみればこれだけごった返しているのだ。

 とても全員を見て回れるとは思えない。

「人を信用しない前提でやっていると嫌な世の中になっちゃうからね」

 唐突に青年は奇妙なことを言った。

 春太は目を丸くしてしまう。

「え、逆でしょう?」

 嫌な世の中だから人を信用してはいけないのだ。

「へえ、じゃあ嫌な世の中になったのは何故だい?」

「それは……悪い人がいるから」

「悪い人はいつの時代にもいるさ」

 青年はあくまで調子を変えずに朗らかに話している。

 父と正反対のことを言われて春太は思考がフリーズしてしまった。

 そうしていると突然、青年は店の出入り口付近にいる少年を呼び止めた。

「おいフレディ、その鎧は君のじゃないだろう?」

 フレディと呼ばれた少年は口が半開きで、顎の引っ込んだ顔をしていた。

 その少年は何も動じることなく当たり前のように返事をする。

「俺のだよ」

 青年は軽妙な口調を崩さずに指摘をしていった。

「君が入店する時に着ていたのは手製の革鎧、だが今着ているのはダイン社製の合成皮革鎧だ。レジはそっちじゃなくて、あっち」

「……出世払いじゃ駄目なの?」

「君が宝石鉱山パケラケに行けるようになったら考えよう。さあその鎧を元の場所に戻してきて」

「分かったよ」

「それから背中に隠したダガーもね」

「はいはい」

 フレディはここまで指摘されても悪びれることはなく、また店内へ戻っていった。

 それを見送ると、春太は素朴な疑問を口にした。

「滅多にないんじゃ?」

 すると青年は微妙な笑顔で肩を竦めた。

「君は運が良い、滅多を目撃した」

「……でも慣れた対応でしたよね」

「滅多なことにもスムーズに対応できるようきちんと社員教育がされているのさ」

「万全なんですねー(棒)」

「ああそれから、ここで働くと……視力が良くなる」

 確かに良くなりそうだ、と春太は思った。

 これだけごった返している中で悪さをしている者を見分けるには、色んな意味で視力も良くなければならないだろう。

 青年は最後に教えてくれた。

「ここでは誤って人とぶつかってしまった時『今日はツイてるね!』と言って握手するんだ。それじゃ、ゆっくり買い物を楽しんでいってくれ」


 変わったお店だ。

 でも、店内の雰囲気は良かった。

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