第36話 シュンたん裸じゃん

 旅の目的というのは色々ある。

 傷心旅行とか。

 世界遺産を見に行きたいとか。

 バカンスを楽しみたいとか。

 あるいは何かの秘宝を求めて、とか。


 春太達みたいにただぶらぶらしているのは特異な例かもしれない。

 諸国漫遊してペット達のレベルさえ上がれば良い。

 プラス、名物が食べたいという食いしん坊がついてきているだけだ。

 トージロー達は何のためにここへ来たのか。

 それはどうしても聞きたいというほどでもなかったが、話の流れとして聞いてみた。

 よく旅先で出会った人達と『どこから来たの?』ととりあえず話すのと同じだ。

 するとトージローは顎を撫で回し、頭を整理するような表情をした。

「そうさなあ……強いて言えば、諸国漫遊かね。各地のうまい物を食わせろとうるさい者も約一名混じっているが」

 まさかの回答だった。

 春太達と偶然にも同じだった。

「もートージローさんたら、うるさい人って誰ですかー?」

 ヒマワリがニコニコしながら持っている杖でトージローの背中をぐりぐりする。

 トージローがこれやめんか、と杖を宥めると横からゴンがカッカッと笑った。

「お前のことに決まっているだろう! ヒマワリは食い意地ばっかりだからな!」

「えー、食い意地ならゴンだって張ってるじゃない」

「俺は食い意地『も』だ。食う時ゃ食う、ヤる時ゃヤる。常に全力全開よ!」

「そういうのをケダモノって言うのよ」

「ハハハ、そのまんまじゃねえか! 確かに俺はケダモノだ!」


 ワイワイ掛け合いしている一行を春太は呆然と見守っていた。

 食い物のことまで似ているとは誰が予想できただろうか。冒険者ってみんなこんな気ままなのか? 基準が分からない。

 そんな春太にトージローは持論を展開した。

「私はね、旅というのはどこへ行くかというのも重要だが、誰と行くかの方がもっと重要だと思うのだよ。私はこの子達と一緒にいられれば、どこだって良いさ」

 どこへ行くかではなく、誰と行くか……

 春太は小学校三年生の時の家族旅行を思い出した。


 まだ春の段階で、父の夏太郎が『今年の夏は軽井沢に行こう』と言い出した。

 ウチでは三カ月前には予定を立てないと家族イベントができないという妙な空気があった。父が忙しかったのでしょうがなかったのだろう。

 父は少しでも涼しい所が良いと主張した。

 母の静音は『じゃあそこの一番高い旅館の貴賓室にして』と言い出した。

 母はどこでも良いから一番高い所に泊まりたいという性格だった。今思えばそれだけでも充分アレな性格なのだが、もっと酷いのがウチの姉ズだ。

 上の姉・秋乃は『ドバイにしようよ。身なりのしっかりした人達と交流したい』などと言い出した。ちなみに響きの良さそうな言葉を選んで喋っているが、要約すると『金持ちの男と知り合いたい』である。羽休めや観光をするのが旅行ではないのだろうか。出会いが欲しいなんていうのは旅行というのか?

 下の姉・夏美は『面倒臭いのやだ。東京の帝国ホテルで良いよ』などと言い出した。ちなみに東京に宿泊する場合、移動時間は一時間以内である。それは旅行というのだろうか?

 その後父だけは涼しい所へ行きたいと渋り、姉ズと母は帝国ホテルへ、父と春太だけが軽井沢へ行くことになったのだった。

 素直に観光を楽しもうとしていた春太だったが、旅先での父は観光もそこそこに殆どの時間を旅館で過ごした。

 父はダラダラしたいだけだったのだ。

 男二人旅でこれでは非常に微妙なことになったのを覚えている。


 しかし、思い返してみればみんなバラバラの方を向いていたものだ。

 今の気持ちなら、こんな人達と一緒に旅行になんて行きたくない。

 春太はセリーナ達を振り返る。うん、そうだ、やっぱり誰と行くかが重要だ。俺はこの子達とだったら、どこへ行っても楽しいと思う。実際、今がそうだ。

 セリーナはじっとトージローのことを見ていて、彼女の下ではチーちゃんとプーミンが二本足で立ち、なんと左右交互にハイタッチしていた。

 どうやら何かの拍子に思いついた新しい遊びなのだろう。

 茶摘み歌の遊び(二人で向かい合って唄いながら手の平を打ち合わせたりする遊び)を小型犬と猫でしているような光景だ。

 チーちゃんとプーミンの小さな手が打ち合わされる度、肉球が触れ合っている。肉球同士がぶつかった時、どれだけプニッとするのだろう。このプニプニが見ているだけでも堪らない。

 いつまでも眺めていたい光景だった。


 トージロー達は宝石鉱山パケラケに行くというので、ここで別れた。

 春太達は武具屋を捜した。

 通りには相変わらず水売りが歩いている。

 水のタンクを曳いているのは子供ばかりだが、売るほどの容量を積んだ荷車を曳くのはしんどそうだ。

 水売りの子供も客が途切れたのを見計らって自分で商品を飲んでいる。


 冒険者はいないだろうかと左右に視線を振ってみたが、パッと見で分かるような人はいない。

 だがよくよく観察してみると、弓だけ担いでいるリザードマンがいたり剣だけ腰に下げている人間がいたりした。

 暑いから防具を外しているのか。

「ねえマッキー、街では防具を外した方が良いのかもしれないよ。暑さも少しは和らぐんじゃないかな」

 良いことを思いついたとばかりに春太は隣に話しかけた。

 しかし話しかけられたマキンリアは眉毛をひん曲げて胡乱な顔をする。


「シュンたん裸じゃん」


 春太は目をぱちぱちさせ、自分の身体を見下ろしてみた。

 プレートアーマーどころか、革の鎧すら身に着けていない。

 普段着である。

 その上に、申し訳程度に弓士用の手袋とブーツを装備していたのだった。

 鎧を着けずに狩場に行く冒険者を俗に『裸』と呼ぶ。

 裸に手袋とブーツ、そして弓を持った男……日本ならお巡りさんにモテること必至。

 普段着も鎧として認識してくれれば良いのに、そうはいかないようだ。

「いや、そ、べ……手袋とか、ブーツとかは外せるよ。手とか足のムレるのは防げるし」

「そこで強がり言うのが子供だよねーシュンたんは。あたしも大した物は着けてないから、外してもそんなに変わらないけど」

 ニシシと笑うマキンリアも、革の胸当て等の薄手の鎧しか装備していなかった。

 彼女も春太も、同じ弓士だ。

 弓士は遠距離職と呼ばれ、鎧と剣を装備した剣士が戦っている後方から援護射撃をするのが一般的な戦闘スタイルだ。

 そこで春太は気付いた。

「俺達ってすっげぇバランス悪いね。いまさらだけど」

 弓士二人のパーティー、剣士無し。

 こんなにバランスの悪いパーティーがいるだろうか。

 普通、アニメとかなら主人公が後衛の場合ヒロインが前衛とか、バランスをとるものである。

 するとマキンリアは全然問題ないという風に指を立てた。

「大丈夫だよ、セリーナ達がいるじゃない!」

 彼女が立てた指はすすすっと動いていき、セリーナ達を指差した。

 なるほど、と春太は納得した。そうだ、ヒロインはマッキーではなかった。

 セリーナ、チーちゃん、プーミンという三頭のヒロイン(全員メス)がいれば前衛としては充分すぎるではないか。

 春太の意見はコロッと変わった。

「やっぱり絶妙なバランスだね!」

「この子達が強過ぎて逆にバランス悪いと思うけどなー。あ、武具屋あったよ」

 マキンリアが言う通り、剣と盾を象った看板のお店が見えてきた。

 この看板はどう見ても武具屋だ。

 そろそろ裸冒険者も卒業するかと春太は思い、今回のテーマを鎧の購入に決めた。

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