第34話 命を頂く部分はほら、見て見ぬふりだから
おいしいお菓子を食べて談笑する三人組の女の子達。
そのテーブルではクラザックスは既に空になっており、ジュースをお供に恋愛話に花を咲かせている。
別のテーブルではカップルがクラザックスを口に運びながら、一週間の内にあった出来事を語り合っている。
菓子店の風景としては、それらが普通と言って良いだろう。
たまに喧嘩を始めるカップルもいたりなんかするが、多くの場合は和気藹々と過ごすものだ。
その中にあって、春太達の隣のテーブルは異質だった。
一人だけでテーブルに着き、楽しさとは無縁の真剣な表情でクラザックスと向き合っているのである。
まるで真剣勝負。
クラザックスに……?
いつの間にかチーちゃんやセリーナも気付いたようで、隣のテーブルを注目していた。
セリーナを中心にチーちゃんとプーミンが顔を寄せ合って同じ方向を向いているのが何とも可愛らしい。
「どうしたの?」
マキンリアが尋ねてきたので、春太は指で隣のテーブルを示した。
彼女の視線は指の先を辿り、隣のテーブルへと行き着く。
それから少し様子を見て、納得したように頷く。
「…………あの娘、分かってるね!」
何をどう解釈したらそうなるのか。
「どういうこと?」
「尊敬と恐れだよ。あの娘、食に崇高な念を抱いている」
翻訳すると、同じ趣味を共有する同志を見付けた、ということらしい。
「食に尊敬と恐れって珍しいね。鳥や豚から命を頂いているんです尊敬しましょうって授業で教わったことはあるけど」
春太が話を合わせて適当に記憶を漁って口にしてみると、マキンリアは秘伝のタレのレシピを特別に弟子に伝授するかのように真剣な顔をした。
「ううん、あたし達のは違う。あたし達の場合は食べる行為だけが崇高なの。命を頂く部分はほら、見て見ぬふりだから」
「ナチュラルにクズ発言してる?!」
「じゃあシュンたんは進んで命を頂く場面を見たいと思う?」
「や、それは思わないけど」
「そうでしょ、そうでしょ。だからあたし達はただ食べることだけに集中すればいいの。純粋に食の道を歩むのは残酷で美しいの」
「そんなことをあの娘が考えてるのかな……?」
「あたしには分かる。ほら見て、遂に食べるよ!」
マキンリアが注意を促すと、隣のテーブルに動きがあった。
隣のテーブルに座る女の子は褐色で金の髪を持ち、ツンとした高慢そうなお嬢といった顔立ちだった。
そんなツンとした顔立ちの彼女が、クラザックスをフォークで掬い上げ、自身の目の高さまで持ち上げていく。
古美術品を鑑定するように色んな角度から眺める彼女。
本当によく観察するものだ。
これはもしかしたら、と春太は思いつく。
ミシュラ○ガイドみたいにグルメガイドを作っている人なのかもしれない。ああいうのを作る時、色んな店に通い詰めて味を確かめるのだそうだ。それならこの女の子の態度も納得がいく。きっとクラザックスを観察しているのも見た目の評価をしているんだ。
そして褐色金髪の女の子はチェックを終えたようで、おもむろにクラザックスを口へと運んだ。
彼女は目を瞑ってクラザックスを食べた。
観察も真剣なら、味わうのも真剣。
視界をシャットアウトし、全神経を舌に集中させているようだ。
すごくプロを感じさせる食べ方。
春太は邪魔してはいけないと思い、小声でマキンリアに話す。
「やっぱりマッキーとは違うよ。凄く真剣に食べてるじゃん」
「あたしだって真剣だよ」
「君のは単に食欲を満たすだけじゃないか。あの娘は食欲を満たすだけじゃないよ。きっと見た目とか味とか採点してる」
「あたしだって見た目とか味とか採点してるよ」
「そんな意地張らないでよ。張るのは食い意地だけにしてよ」
「もー分かってないんだから。彼女とあたしは同じ食の道を歩む者同士。今からそれを証明してあげる」
自信満々にマキンリアは立ち上がり、隣のテーブルの傍へ移動した。
金髪の女の子はちょうど食べ終わったところで、訪問者の気配に気付いたようだった。
いきなり知らない人がやってきたということで、わずかな警戒を見せている。
そこへマキンリアがねーねーという感じで話しかけていった。
「凄く真剣に食べてたよね! あたしこれ凄く気に入っちゃったよ!」
そうしたら、ちょっと警戒の色を浮かべていた金髪の女の子がパッと笑顔に変わった。
「あら、あなたもクラザックスが好きなの? わたしもかなりハマってる。色んなお店があるけど、ノッテンバーグは1、2を争う味だと思う」
「あたしは初めて食べたからよく分からないけど、他にも良い店あるの? 教えて教えて!」
「ああ、他の街から来たのね。どこから来たの?」
そんな感じで、マキンリアは金髪の女の子とすぐに打ち解けてしまった。
マキンリアはセーネルの名物マイオークラッケのことを誇らしげに語り、金髪の女の子は楽しそうにそれを聞く。
金髪の女の子はクラザックスがお店によって全然味が違うことを解説し、マキンリアは目を爛々とさせて聞いていた。
五分ほど話すとマキンリアが春太の方へ振り向き、ミッション成功とばかりに親指を立てた。
「ね?!」
「『ね?!』じゃないよ。女子トークしただけじゃないか」
春太は呆れ顔で返すしかない。
金髪の娘はクラザックスを解説する時表現が豊かで、そして職人目線だった。対してマキンリアは食べて美味い、それだけだ。両者には決定的な違いがあると言わざるを得ない。
しかしそんなことはもう忘れたとばかりにマキンリアはニコニコである。
「いいんだよそんなこと! それよりさ、この娘この街の人だからこの街のこと色々聞けると思うよ!」
さっき話したことはもう過去のこと。気にしない。こうした切り替えの早さは彼女の美徳かもしれない。それに付き合わされる方としてはたまに溜息をつきたくなるけど。
現地の人と仲良くなれたのは収穫だ。ちょうどいいので一番重要なことを聞いておこう。
「リリョーの近辺にある狩場はどんなのがありますか?」
春太が尋ねると金髪の女の子がそれなら、と教えてくれた。
「狩場は四つね。巨木の雨林【ズーズ】、魔力噴出孔の丘【メッソーラ】、宝石鉱山【パケラケ】、お化け谷【マイス】」
彼女の声は非常にはきはきとしていて、明瞭だった。
最初に行くべきは魔力噴出孔の丘メッソーラ。ここは入口付近が大観光地でツアーにも必ず入っている絶景ポイント。奥に進むと普通の狩場になっている。
巨木の雨林ズーズは有史以来ずっとそこにあり続けている木が奥にあると言われている。この場所はメッソーラを卒業した冒険者が行くようになる。
宝石鉱山パケラケは他と違って特殊な場所。一攫千金を求めて人が集まる。ドロップアイテムは帰る時全て入口の衛兵に申告しなければならない。宝石は市場価値の4割を徴収される。それが街や国の財源になっている。
お化け谷マイスはこの付近では一番難易度が高い。大地の血管から噴き出た魔力の影響はここが一番出ているようで、敵が強い。行くなら他の狩場を全て攻略するくらいレベルを上げてから。
丁寧な解説で助かった。
ちょっとお嬢系だったのでとっつき辛いかと思いきや、そんなことはなかった。
観光ガイドだけでは得られない現地の人の話というのは貴重だ。
春太にとって最終目標はペット達の人化である。
ペット達はレベル999になった時、人化するらしい。
チーちゃん、プーミン、セリーナ……彼女達が人化した時、一体どんな姿になるのか。
想像しただけでワクワクが止まらない。
俺、この子達が999になったら結婚するんだ……
目標を再確認。
これはこの先もブレることはないだろう。
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