第33話 クラザックスをたずねて三千里

 クラザックスは見た目も涼しげだが食感も良かった。

 説明に偽り無しで、口に入れるとひんやりが広がる。

 これまでの記憶と照合すると『雪見だいふ○』に近いかもしれない。

 ただし包んでいるのはアイスではなく、もっと柔らかいケーキだ。

 歯触りは葛切り風。

 味は半透明の部分はゼリーみたいに爽やかなもので、中のケーキは生クリーム。

 更に中央にはベリー系のソースがとろっと出てきて、これがまた美味かった。

 名店だけあって舌を抜ける時に味覚に響く。

 また食べたいと思わせるものがあった。


「マッキーの言う通りおいしいね。名物というだけはあると思う」

 春太が率直な賛辞を贈るとマキンリアが得意顔になった。

「でしょでしょ! これが食べたくてわざわざリリョーに来る人もいるんだよ!」

「それはかなりのファンだね。暑い中ここまでやってくるの?」

 すると彼女は世界的な名作を紹介するように言った。


「クラザックスをたずねて三千里、という絵本があるくらいだからね……!」


「ないだろ」

「あるよ! 南のとっても寒い大陸に住んでいた少年がクラザックスを求めて船でやってくるお話だよ。途中なんかあったけど、最後は少年がクラザックスを食べて幸せに死んでいくんだよ。あたし最後の食べるシーン何回も読んだもん」

「途中の説明が雑!」

「でも苦労話とかあんまり興味ないし。おいしいとこ取りだよ!」

 元気いっぱいに宣言するマキンリアの頭には、本当に食のことしかないようだ。

「たぶん途中の苦労話が大事な所だと思うんだけどなあ。食べて死ぬってところも本当に幸せなのか疑わしい」

「食べて幸せすぎて死ぬんだから最高のことだよ! あたしも食べて幸せ死にしてみたいなあ」

 あたし素敵な男性と結婚したいなあみたいに夢見る乙女の顔で言う彼女。

 これはある意味尊敬に値する本気度だ。何でこんなに食に拘るのか……謎のままだが。


「この地域って他にも名物あるのかな? 俺の元いた世界では、暑い所は辛いものが多かったけど」

「そういうのは、ここガイナール地域特有のものは無いみたい。リリョーの外れの方に富裕層向けの保養地があるんだけど、昔保養地の半分を所有していた王子様が辛いものが嫌いだったんだって」

 辛いものが嫌いな王子は甘いものには目がなくて、料理人に色々作らせた。

 その内料理人の中でお菓子専門の人がパティシエみたいになって洗練されていき、クラザックスが生まれた。

 王子はクラザックスのひんやりが絶妙だとたいそう気に入り、これを国内外問わず大宣伝。

 クラザックスを求めてやってくる者、クラザックス職人になれば稼げると聞いてやってくる者、人の流入を当て込んでやってくる商人。

 人が増えることで更に職人が必要になり、職人が増えると商人も更に増えて……

 最初は保養地と小さな町しか無かったリリョーはクラザックスと共に徐々に大きくなっていった。

 今では大都市にまでなったのである。

 マキンリアが意外にも博識ぶりを発揮したので春太は感心した。まあこれも、食に関わることだからかもしれないが……


 暑い地域では辛い食べ物が発達するイメージが強かったが、ここリリョーではひんやり系が発達したようだ。

 春太は特に辛いものが好きというわけでもなかったので、正直ひんやり系はありがたい。

 エアコンが無いのなら飲み物や食べ物で体を冷却したいものだ。

 日本にいた頃はエアコンがなくなったら、なんて考えたことも無かった。

 文明の利器はあまりにも便利だ。

 これが無かったら生活成り立たないでしょ、くらいに思っていた。

 エアコンだけじゃない、スマホだってそうだ。

 便利さと引き換えに人は不便さを失った、なんていう人もいたけど、そう言う人をジジクサいとしか思っていなかった。

 便利なら便利で良いじゃないか、不便さも良かったなんて回顧主義だ、と。

 そういう『昔は良かった』系は大人が子供に嫉妬してるだけ、時代についていけてないだけ。たぶん俺だけじゃなく学生はみんなそう思ってる。


 でも、何のことはない。

 無いなら無いで仕方ないんだな、と今まさに実感している。

 スマホも無いなら無いで大して困らないことに気付いた。どうしても異世界から日本に連絡したい相手なんて、考えてみたらいないじゃないか。むしろ、自分がいなくなっても誰か心配する人っているんだろうか?

 思い返せば、そこまで便利なものだったか?

 暇つぶしには良かったかもしれないけど……暇つぶしなら別に他のものでも良かったわけで。

 これが無い生活なんてあり得ないだろ、なんて思いつつ実は大した役目を果たしていなかったようだ。思い込みって怖い。

 人は環境が変わって初めて、それまでの生活に疑問を持つのかもしれない。


 名物は食べるのも美味いが、春太にとってはここからが真のお楽しみタイムだ。

 ペット達の食べる姿を見守るのは至福のひと時である。

 チーちゃん達にもクラザックスは好評だった。

 ペット用に調整されているとのことだが、どんな味になっているのだろうか。

 ガツガツ食べるチーちゃんは殆ど呑み込むみたいな食べ方だ。

 食べ物を咥えて4~6噛み、そしてゴクンと呑み込む動作を2回行う。

 呑み込む動作を2回行うのは口の中を早く空にして次に行きたいからだろう。

 小さな喉を動かした後こちらに目を合わせてくるのが何とも可愛らしい。

 食事中に目を合わせてくるのは『どう、わたしの食べっぷりは?』と言っているのだろうか。

 よく噛んで食べなさいねと言いたくなるが、犬にそれを言うのもどうかと思うのでそっと見守っている。

 プーミンの方は顔をしかめながら食べている。

 これはまずいからではなく、猫はそういう顔で食べることが多いのだ。

 口の片側だけ使って食べる時にそうなるのだが、犬も骨ガムをあげた時には口の片側で噛もうとするのでしかめっ面になる。

 セリーナはやはり優雅に食べていた。

 一つ食べては余韻を楽しむように口の周囲を舐めている。

 この口の周りを舐める仕草を見ていると、ああ満足してくれたのかと思ってほっこりする。

 チーちゃんなんて皿まで舐めている。

 よくテレビなどで飲食店の店主が『完食していただいて皿が綺麗になっていると嬉しいですね』と言っているが、その気持ちがよく分かるというものだ。

 これを見られるだけでも、クラザックスを注文した甲斐がある。

 この世界では食べる必要が無いとしても、これを見られるから良いのだ。


 春太はニコニコしながら愛するペット達を眺め、紅茶を一口すすった。

 これは祖父がよくしていたことだ。

 祖父は縁側でセリーナ達を眺めながら紅茶を楽しんでいた。

 のんびりとしたひと時。

 自分も老後はそんな姿になりたいと早くも思っている。

 そんな時、ふと隣のテーブルに目をやると奇妙な光景が目に飛び込んできた。


 隣のテーブルには同世代と思われる女の子が一人で座っている。

 その女の子が、やけに真剣な表情でクラザックスを凝視していた。

 張り詰めた表情……何かあったのだろうか?

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