第32話 名物は爆発だ!

 名物クラザックスのお店の前で待っている間、春太はセリーナと戯れていた。

 セリーナは耳の裏辺りから首筋にかけて撫でられるのが好きだ。

 犬が後ろ足で掻くように、指を立ててマッサージしてあげると喜ぶ。

「セリーナ姉さん、どうっすか?」

 お伺いを立てると、セリーナは若干目を細めた。

 くるしゅうない……そう言っているようだ。

 ボルゾイという犬種は珍しく、尻尾を振ることが少ない(今も振っていない)。

 その分表情や態度で気持ちを見てあげると良いだろう。


 春太は首筋マッサージを終えるとセリーナに抱き着いた。

 大型犬の魅力はモフモフを全身で感じられるところだ。

 セリーナの純白の長毛はふわふわさらさらで、顔をうずめるとあまりの気持ち良さに声が出てしまう。

「ファアアアアアアアァ――――」

 快感に溺れそのまま眠りに落ちてしまいそう。

 どんな極上布団より気持ちいい。

 天国とは別の世界にあるのではない、ここに確かにある。

 オリンピックで水泳選手が『気持ちいい、超気持ちいい!』と言っていたことがあるが、彼がこの境地を知ってしまったらいったいどうなってしまうのか。きっと呂律が回らなくなるだろう。


「ねえシュンたん、気持ち悪い声出さないでよ。みんな見てるよ」

 マキンリアが心配そうに呼びかけてくるが、春太はふにゃふにゃした口調で応じた。

「んーサインなら後で……」

「誰もサイン求めてないよ。ほら、しっかりして」

「人を駄目にする布団っていうのがあるけど、これは人を駄目にするふわふわだね……」

 布団と犬の違いは生物か否かである。

 断然生物の方が良い。

 生命の温もりは絶大な安心感がある。

 人と犬は触れ合って安心感を得るのだ。

 セリーナはそっけないようでいて、嫌がることはなかった。


 お店には十分も待たずに入れた。

 菓子店【ノッテンバーグ】。

 春太達が来た時に外に何人か並んでいたが、ピーク時は長い行列ができるとグルメガイドには書いてある。

 リリョーの名物クラザックスは街中に30もの店が激戦を繰り広げており、その中でノッテンバーグは50年も続いている名店だった。

 クラザックス職人が腕を競う『クラザックスグランプリ』が年一回開催されるが、ノッテンバーグはこれに12回も優勝しているらしい。

 店の奥に並べられたトロフィーが誇らしげだ。

 喫茶店ほどの落ち着きはないが、明るく清潔感のある店内は幅広い女性層を取り込んでいるようだった。

 とはいえ名物と謳っているだけあって男性客にも広く楽しまれているみたいだ。

 比率で言うと若干女性が多いくらいで、割と均衡が保たれている。


 春太が昔両親に連れられて行ったフルーツパーラーでは女性が九割と圧倒的だったのを思い出す。

 その頃はまだ小学生だったため、女性恐怖症になる前だった。

 店はジャンボパフェを売りにしていて、上の姉・秋乃あきのと下の姉・夏美なつみが『ジャンボパフェをみんなで分け合って食べよう!』などと言い出した。

 両親はちょっと突っついただけでリタイア。

 姉二人は『こんなに食べたら太っちゃう~』などと主張しながら食べていたが、やがて飽きてしまったようで残りを春太に全部押し付けた。

 見向きもされなくなったジャンボパフェを黙々と食べる春太と、学校で起こった珍事をネタに盛り上がっている姉ズ。

 両親も株の話で盛り上がっていて、何でみんなバカ騒ぎしてる中俺だけ苦行みたいなことしてんの、と春太は疑問に思ったものだ。

 春太は最終的に半分近くを一人で食べることになり、甘ったるさと胃の調子の悪さに翌日まで悩まされるハメになったのを覚えている。甘いものは少量食べるからおいしいのだと学んだ。

 思えばその頃から姉ズにはオモチャにされていたのだ……腹立たしい。

 セリーナであれば自分がバカ騒ぎして後片付けを他人に押し付けるなんてことはしない。

 犬や猫の良いところは、無垢であるところだ。彼らの癒しパワーの半分はモフモフで、もう半分は無垢でできている。まさに最強。鬱になったら迷わずアニマルセラピーを受けた方が良い。


「シュンたん、おーいシュンたん、トリップキメてないで帰ってきて!」

 マキンリアが春太の前で手を振っている。

 春太はプーミンを抱き締めて瞑想していたのだが、ようやく現実に戻ってきた。

 既にテーブルに着いており、注文も済んでいたのだ。

「キメてるとか言わないでよ。ちょっとプーミンと夢の世界へ行ってただけなんだから」

 ねー、と春太はプーミンに呼びかけた。


 シンガプーラのプーミンはセピア色の短毛で、触り心地は滑らかさとシャリッとした毛の立った感じが両方味わえる。

 毛並みに沿って撫でると滑らかで、返し撫でをした時に毛が立ってシャリシャリなのだ。

 プーミンは安心しきった顔で春太の胸に頬ずりした。

 この時リズミカルに喉を鳴らしているのが特徴だ。


 猫は安心すると重低音で喉を鳴らす。

『ゴロゴロ喉を鳴らす』と世間ではよく言われているが、文字にするのが難儀する音である。ちなみに俺は『ドドドド』って聴こえるけど、文字で表すと多くの人は工事現場みたいな騒音と勘違いしてしまうだろう。工事現場からしたら100分の1くらい小さな音だ。


「夢は食べられないじゃん! ほら、もうクラザックスが来るよ!」

 マキンリアはもうデザート用フォークを握り締めて準備万端だ。子供かよ。

「バクは夢を食べるとか聞いたことあるよ」

「そうなの? どんな味がするんだろうなー」

「人の夢なんて食べてもおいしくないんじゃないの? 良い夢とは限らないじゃん」

「悪夢は苦いのかもしれないね。でも苦いものは体に良いんだよ。薬草とか」

「そいや犬って散歩中に草食べたりするよな……お腹の調子が悪いと食べるらしいけど」

「ウチのはんぺんはまだ何も食べたことないよ!」

「それナチュラルに言うこと?! とりあえず水飲ませてあげなよ」

「うん、初水だ!」

 そうしてマキンリアははんぺんを捕まえ、ペット用の器の前に下ろした。

 はんぺんは最初、意味が分からなそうにしていた。

「指であげてみたら?」

「分かった!」

 マキンリアは器に注がれた水に指を浸し、その指をはんぺんの口元へ持っていく。

 はんぺんは戸惑いがちにペロッとした。

 すると口に入れても大丈夫なものと分かったのか、自ら器に顔(というか体ごと)を近付けていった。

「……シュンたん見て、はんぺんが水飲んだよ!」

 嬉しそうにするマキンリアは『ウチの子がハイハイ始めたのよ!』とはしゃぐ母親のようだ。

 そんなマキンリアを見て春太はほっこりする。そう、これだ。ペットを育てる喜びを彼女はようやく知ったのだ。ペットは家族、これは本当だ。

 はんぺんはコップの上にこんにゃくを置いたみたいに器に覆いかぶさって水を飲んでいた。

 はんぺんの背中には小さな翼しか見えないが、ちゃぷちゃぷ音がするのでたぶん飲んでいるのだろう。

 プーミンが獲物を見る目ではんぺんを捕捉しているので、春太はがっちりとプーミンを抱いて飛び出せないようにした。よほどはんぺんが狩猟本能をくすぐるらしい。


 店員の若い獣人娘がクラザックスを運んできた。

「お待たせしましたーこちらが人間用でこちらはペット用です。お皿の色が違うのでお間違えないようにお願いしますね!」

 人間用が白皿、ペット用は黄皿だった。

 クラザックス自体は全く人間用とペット用で見分けがつかない。

 その見た目は半透明のドーム型。

 ひんやりお菓子の一口ケーキという説明書きがグルメガイドに載っている。

 確かに半透明で涼しげであり、一口サイズのものが幾つも並んでいた。


「さあシュンたん、クラザックスが来たよ! あたしの世界征服の第一歩なのだ!」

 マキンリアにとって世界征服とは世界中の名物を食すことらしい。

 何とも平和な世界征服計画である。

「貴重な第一歩だね。ナイスな食レポよろしく」

「任せて! いただきまっ!」

 最後まで言い終わらない内に彼女は食べた。

 そして頬に手を当てて、ん~、と震える。


「名物は爆発だ!」


 食レポとしては終わっている気がするが、気持ちはかなり伝わってきた。

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