第二章 菓子職人になりたい娘
二章プロローグ は、恥ずかしくないよ!
ジリジリ熱される空気。
カンカン照りの太陽。
濃茶色の大地。
その中を、陽炎のように揺れながら進む一団がある。
内訳は、人間が二名と犬が二匹、猫が一匹、その他が一匹。
人間は少年と少女が一名ずつだ。
噴き出る汗を拭いながら少年、
「あぢぃっす、マジパネェっす。よーやく次の街が見えてきたね」
その顔は夏バテそのものにダレており、舌もだらんとぶら下げて犬のようだった。
日本の夏は確かに地獄だが、それを毎年経験してきたからといって暑さに耐性ができたわけではない。
活動的でない人間は温度差の無い所で過ごす時間が長いので、順応とは無縁なのだ。
文明の利器がいかに素晴らしいか、ここへきて実感させられている。
次から次へと流れ出てくる汗。
拭うのも面倒くさくなってくる。
でも汗が目に入ると痛いので、このルーティーンをやめるわけにはいかない。
どうせならもっとマシなルーティーンが欲しかった。
異世界がどんな場所でも快適なんていうのは嘘だ。
異世界でも暑い所は暑い、当たり前である。
この世界で最初に降り立ったフルベルト地域が快適だったために、そんな当たり前のことにすら気付かなかった。
フルベルト地域から旅立ったは良いが、もうちょっと環境の穏やかな場所にすればよかったかと若干後悔が顔を覗かせる。
春太の隣を歩く少女、マキンリア・アイノーも汗を顎から滴らせて歩いていた。
しかしこちらは団扇で仰いで何とか凌いでいるようだ。
「こんな時は冷たいもの食べたいよね。ドドーンと大きいバケツにアイスクリームいっぱいにしてさ、アイスクリームまみれになるの」
赤茶色のショートボブに薄く日焼けした肌は活発な印象を受け、彼女はこの暑さでも充分テンション上げてやっていけそうだ。
よく動く瑠璃色の瞳は早くも街の門を通り越し、食事処を幻視しているらしい。
バケツ一杯のアイスクリームを想像して春太は微妙な顔をした。
「そんな甘いものいっぱい食べたら糖尿病になるよ」
「オヤジくさっ! 普通もうちょっと夢があること言わない?」
マキンリアが鼻をつまみながらそんなことを言う。
「うちの爺ちゃんが友達に何人かそういう人がいるって言ってたんだよ」
「あたし達の歳じゃそうそうならないよ。そんなことより頭がキーンってなる方を心配すべきだと思うな~」
「おお、なるほど。それより今気付いたんだけど、何でマッキーは団扇持ってるの?」
「持ってきたからだよ!」
こんな無邪気な回答をするのが彼女の特徴だ。持ってきてるのなら一声かけてくれてもいいんじゃないかなって意味で訊いたつもりなんだけどなぁ……
「貸して」
「一個しかないからムリだよ。代わりに仰いであげる、ヒューヒュー」
そういってパタパタ彼女が仰いでくれたお陰で、生ぬるい風が春太の頬に当たる。
しかし生ぬるい風でも充分気持ちいいと感じられるのだった。
「あー生き返る。自分で仰ぐより楽だなこれ。ずっとそうしてて」
「駄目だよ。もう少しで街に着くんだから我慢して。ほら、チーちゃんだって頑張ってるじゃない」
そう言いながらマキンリアは団扇で小型犬を指し示した。
その小型犬はチワワのチーちゃんだ。
春太達の足下でチーちゃんはちょこちょこと四肢を動かしていた。
この子は好奇心旺盛で気が強く、私が隊長とばかりに先頭を務めている。
人間と違って犬は身体が地面に近く、太陽に熱された地面の影響を大きく受けることになる。
しかも毛皮に覆われているため、暑さに弱い犬は多い。
だがチーちゃんは平気そうに歩いていた。
時折舌を出すくらいで、さして暑さを感じていないように見える。
チワワはメキシコ原産なので暑さに強いのだろうか?
それにしても、この子は上半分が黒い毛で覆われている(下半分はベージュ)……太陽光を存分に吸収してしまいそうだが……
自分が話題に上ったことを察したのか、チーちゃんは歩きながら春太達を振り返った。
そして嬉しそうに尻尾をフリフリする姿が何とも愛らしい。
街に着いたら抱っこして頬ずりしてあげたい。頬ずりした時の毛やヒゲの感触が心地良くてくすぐったくてたまらないんだよなあ。
更にチワワの特徴である大きくてウルウルな瞳を見ていると、全てがどうでも良くなってくるのだった。
「さすがチーちゃん。可愛いから暑さにも強いんだね」
一人頷く春太にマキンリアが微妙な顔をする。
「なに意味わかんないこと言ってるの」
「可愛いは最強なんだよ」
「変なこと言ってないで、ほら、セリーナだって頑張ってるよ」
マキンリアが次に団扇で指し示したのは大型犬。
ロシア原産のボルゾイ、セリーナである。
チーちゃんに比べればすらりと長い手足のお陰で地面からは若干身体が離れている。
しかしそれでも、人間より地面の熱の影響を受けやすいのに変わりはない。
それに極寒の国が原産なのだから、それはもう暑さには弱いはずだ。
だがセリーナは涼しげに白い毛を揺らし、暑さなど存在しないかのように優雅に歩いていた。
「おお、セリーナ姉さん今日も神々しいお姿で……」
春太は思わず拝んでしまった。人間の姉よりもしっかりしているこの娘はやはり本当の姉さんだと思う。
セリーナは自分のことを話題にされても耳をこちらに向けるだけだった。
このそっけなさがまたたまらないと春太は思う。
気が無いように見えて、危ないことがあればいち早く動き出せるよう注意を払っている。
この包容力が分かると虜になってしまうのだ。
「ほらほら、プーミンも頑張ってるじゃない」
マキンリアが指し示したのは、今度は猫だった。
シンガポール原産のシンガプーラ、プーミンである。
プーミンは春太の足下にぴったりくっつくように進んでいた。
この子はセリーナとは対照的に甘えん坊である。
自分のことが話題に上っていることにも気付かず、春太の足の運びに合わせて速く進んだり止まったり、を繰り返している。
セピア色の小さな身体は毬のようで、それがちょこちょこ動くのだから、見ていると思わず頬が緩んでしまう。
春太は納得を深めたように頷いた。
「うん、やっぱり可愛いは最強なんだよ」
「シュンたん、暑さで壊れちゃったの? アハハウフフの顔になってるけど」
「なに言ってるんだよマッキー、辺りはこんなに一面のお花畑じゃないか」
両手を広げ爽やかな笑顔を見せる春太にマキンリアは焦りの表情を浮かべた。
「花一輪も咲いてないよ?! 割とここ荒野だよ!」
「フッ……ポストトゥルースだね」
「それ絶対聞きかじったことを言ってみただけでしょ。きっとその子達はレベル高いからじゃないのかな。レベル高いと環境適応能力も上がるって言われてるし」
「何それ、隠しステータス?」
ゲームでは、プレイヤーが見ることができないステータスが存在する場合もある。
例えばRPGでは通常より多くのダメージを与えられる『会心の一撃』や『クリティカルヒット』が発生する確率が伏せられていることが多い。
ギャルゲーでも各ヒロインの『好感度』が伏せられていることが多い。
こういったものはプレイヤーに見えないだけで、HPや攻撃力と同じく全て数値化されている。
「そうそう。何かねー凄い冒険者だと灼熱の火山とか超寒い氷の世界とかにも行けるようになるんだってさ。そういう所ってかなりレベル上がらないと行っただけで死んじゃうんだって」
「そうなのか」
よくできたシステムだなと春太は感心した。
確かにRPGだと過酷な環境に主人公パーティーが赴くことがある。
それはよくよく考えてみれば、普通じゃ行けるわけがない。
この世界ではそこに条件を持たせ『レベルが上がったら行けるよ』という風になっているのか。俺もレベルが上がってくればこれくらいの暑さに耐えられるようになるのだろう。
「その証拠に、ほら、あたしのはんぺんはヒーヒー言ってる」
マキンリアは自身の左肩付近を指差した。
彼女の左肩の上数センチメートルのところを何かが飛んでいる。
それははんぺんに翼が生えたような姿のモンスターで、名前もはんぺんというのだった。
性別不詳のその生物は姿こそ珍妙なものの、割と愛嬌のある顔をしていた。
そんなはんぺんが本当にヒーヒー言って必死についてくるのである。
端的に言って可哀そうだった。
「虐待じゃないかよそれ。つかヒーヒー言ってるの分かってるんだったらしまってあげなよ」
マキンリアが連れているはんぺんも春太の連れている犬猫もこの世界では召喚獣という扱いだそうで、自由に召喚したりしまったりできるのだそうだ。
春太が真っ当な指摘をしてあげるとマキンリアはポンと手を打ったのだった。
「あ、そうか! しまえば良かったんだね!」
本当に今気付いたようだった。ありえねえ……と思うが彼女は本当に悪意なくこういうことをしでかしてしまうのである。この娘はつい最近までこのはんぺんを囮として狩りに使っていたのだ。まあ、注意してあげれば理解するので救いはあるが……
ポンと煙を残しはんぺんは消えた。
それを見届けると春太は肩を竦める。
「まったく、マッキーのペット愛はまだまだ、トーシローだね」
「ペット愛に素人も玄人もあるの?」
「あるある、ペット道には段位もあるんだよ。俺、プロペッターとして取材も受けたことあるし、毎週コラムも書いてるもん」
「それは恥ずかしい日記っていうんじゃないの?」
「は、恥ずかしくないよ!」
春太はドキッとして必死に否定してしまった。愛犬愛猫との日々を綴った『愛の日記』が恥ずかしいなんて、そんなことは、ない……はず。ちなみに内容は愛が溢れすぎているため非公開とする。今思ったけど、日記って不慮の事故で死んだ時とか他人に見られてしまうんだよな。やっぱやめようかな……これは自分が死んだ後の恥を別に良いと思えるかどうかだ。
「そうこうしている内に街の門が近付いてきたよ!」
団扇をパタパタしながらマキンリアが正面に注意を促す。
もう街の門に人の出入りがあるのも見え、門番が列になって見張っているのも見えた。
背の高い石壁が右から左へずーっと続いていて、ファンタジー世界の砂漠の街みたいだ。
春太達がやってきたのは、セーネルから西の暑い地域【ガイナール】。
地域の地盤には幾つもの『大地の血管』と呼ばれる魔力の通り道が集合していて、常夏になっているそうだ。
魔力が密集し過ぎていて地中で発熱してしまうらしい。
そのため、砂漠でもないのに、暑い。
春太はセーネルを出発する前のことを思い出す。
マキンリアは世界中の名物を胃袋に収めたいと言っていたが、オルカおばさんからは別のことを言われた。
あの時は珍しくオルカおばさんが宿屋ぽかぽか亭から春太を連れ出し、喫茶店へ入った。
オルカおばさんはコーヒーカップで口元を隠すような感じでこう言った。
『マキンリアの母親は、生きている。あの子にはお母さんは死んだって教えてきたけど、たぶん生きていることをもう気付いているんだ、それで捜したいんだと思うよ』
『え、本当ですか……? 世界中の名物を征服したいって言ってましたけど』
『あの子はあれでいて鋭いところもあるからねえ……だからさ、頼んだよ。なぁに、捜すのを手伝えって言っているわけじゃない。世界を旅していればいずれ会えるかもしれないから、あんたの行きたい所に連れてってやるだけで良いんだ』
『でも、俺も一応男ですよ?』
『大丈夫、あんたのヘタレ具合は信頼に値する』
『い、いや、でも、場合によっては』
『ハハハ、同じ部屋に泊まってすら間違いが起きないのが容易に想像できる! 抜群の信頼さね!』
大笑いでバシバシ背中を叩いてくるオルカおばさん。
春太は微妙なから笑いをするしかなかった。こんな信頼、されとうなかった……
まあ、マキンリアがついてくることは構わない。
気ままなペットとの諸国漫遊についてくると言っているだけなのだ。
春太としては各地を巡って愛するペット達のレベルさえ上がればそれで良い。
今までいた街、セーネル付近の狩場は全て制覇してしまった。
新たな狩場を求めてやってきたのがここ、ガイナール地域の大都市【リリョー】である。
ここではどんな狩場が待っているのか。
そして名物は何なのか。
新天地での生活を楽しみに、一行は街の門へ向かって行った。
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