エピローグ・マキンリア

 月明かりの、簡素な部屋。

 マキンリアは民族衣装【ツァーイン】を部屋に飾り、柔らかく微笑んだ。

「あたしのツァーイン、みんなが作ってくれたよ、お母さん」

 そして彼女はベッドに腰掛ける。

「それから、あたし、母さんを捜しに行くことが決まった」

 ツァーインの後ろに母がいるかのように語り掛ける。

 母が死んだというのは嘘だ。オルカおばさんがついた嘘。子供にはショックが大きいから隠しているのだ。母が子供を置いてどこかに行ってしまうというのはショックが大きすぎるだろう、と。


 マキンリアは小学校に上がる時、学校用鞄をもらった。

 それはこのぽかぽか亭に届いたのだ。

 差出人は知らない人だった。

 たまたまオルカおばさんがいない時に荷物が来たので、何だろうと思い、後でおばさんに尋ねるつもりだった。

 だがその日の夕飯の時、オルカおばさんは『学校用鞄買ってきたよ!』と言って見せてくれたのだ。え、それはもらいものじゃないの……? そう思ったけど、言えなかった。その時は何だかよく分からなかった。でも、中学生になってからは気付いた。あの時の差出人は、母だったのではないかと。

 きっと母は、死んだことにしてくれとオルカおばさんに頼んであるのだ。


 幾つか母の声が断片的に記憶に残っている。

『ごめんな、アタシが魔王のせいで……』

『アタシはちょっと、さ、欲求が強過ぎてさ、その……あの人腹上死させちゃったんだよね』

『やっぱ人間に交じって暮らすのは無理だ……もうアタシ鬱だからさ、あの人の死に方が周囲に笑われるのが耐えられない』

『アンタはアタシのようにならないように、欲求を別の方向に変える呪術を施したから。だから人間の世界で、普通に暮らしなさい』


「い、言えない……こんなこと……!」

 マキンリアは両手で顔を覆った。母の素性とか、父の死に方とか、母の特性とか、色々とアレだ。

 だから母が死んだという嘘を信じているフリをして、世界中の名物を制覇するという名目で、母を捜す。

 お腹が空きやすいというのも、これからもその場しのぎの嘘をつき続けるだろう。

 明るくて裏表が無い、という風にクラスメイトに言われたこともある。でも、実際はこんなに嘘つきなのだ……

 だが、そんな嘘つきでも遠慮してしまうものがある。

 それがツァーインだ。

 学校に通いながら冒険に行って、稼ぎは生活費ギリギリ。その上食費がかさむ……

 最初は、みんなが当たり前に享受している物がうらやましいと思った。でも、だんだんこんな小さなことで悩んでて良いのだろうかと思うようになった。

 みんなはもっとレベルの高いことで悩んでいるのではないか。そんな人達にあたしの悩みを打ち明けたら、白けさせてしまうのではないか……

 それに、経済状態が似たような人は世界にいっぱいいる。もっと厳しい状況に置かれている人もいる。でもみんな頑張ってる。そんな中で弱音を吐いたら、まずいんじゃないか……

 前向きなことを言わないといけないんじゃないかという、そんな空気。

 これは、自分が勝手にそう思っているだけなのだろうか?

 それは分からない。

 とにかく、隠し続けた。

 でも、今回は綻びがあった。

 それを春太に見付けられてしまった。


 今までも綻びはあったのだろう。しかし誰も気付かなかったし、気にしなかった。人は思ったより他人のことを気にしないものだと、思った。そしていつしか、自分も思いやりを置き忘れてきてしまったのかもしれない。

 手の平を上に向けると、ポンと音を立ててはんぺんが出現する。

 この子のレベルは3まで上がった。

 表現も増えた。

 喜びを示し、キューキュー鳴くようになったのだ。

 それとも、表現が増えたのではなく。

「……今まで気付かなかっただけかもね」

 実際、コーニーは気付いていたのだ。誰もあたしのことを心配などしていないと思っていたのに。でも、それが見えていなかった。

 マキンリアはベッドに寝転がり、目を閉じる。

 母の苦悩も、こちらからは分からない。

 だから、会って、話を聞きたい。

 そして、言ってやるんだ。

 それでも良いんだって。




【あとがき】


 作者の滝神です。ここまでお読みいただきありがとうございます。

 前回書いた『天才設計士の恋愛事情』が重く大きなお話だったので、今回は軽く小さなお話にしました。

 交互に書くことでバランス取ろうかなんて思っています。

 他人にとってみれば小さな悩み、でも自分にとっては……ということ、よくありますよね。

 作中のマキンリアはこんなことで悩んで良いんだろうかなんて引け目を感じています。

 でも、どうにもならないんですよね。

 ロジックで考えれば『あれをこうするだけ』の話。

 しかし脳がロジック通りにはいかない何かを持っている。

 ある意味、それは機械との違いですかね。


 あと、これは注意書きとして絶対にお伝えしておくことがあります。

 あらすじにも書きましたが、作中ではペットの飼い方がかなりの親バカっぷりを発揮しております。

 しかしそれはあくまで物語の中だけ、ということだけは念押しさせて下さい。

 実際はリードも付けずにペットを外に連れていくのはNGですし、食べ物もドライフードが基本です。

 主従関係が逆転するような言動もやめておきましょう。

 それを踏まえた上で、私はワンニャンが大好きなのでそうした子たちが活躍するお話を書かせていただきました。


 本作の続きを書くかはまだちょっと未定です。

 続きのプロットは既にあるのですが、これから4月までは電撃大賞向けの作品に取り掛かります。

 その後、新作を書くかこれの続きを書くか決めることになります。

 ので、次の作品公開は早くても6カ月後くらいです(執筆に3カ月として)。

 その時が新作になるか本作の続きになるかは分かりませんが、その辺りでまたお会いしましょう。

 あ、それから、ペンネームを変更します。

 滝神はそのままなんですが、龍二の方は変えます。

 最初につける時、何故か昔やったファミコンのくにお君のキャラクターが頭に浮かんでつけてしまいました。

 ノリでつけて失敗したと思っていたので、ここらで変更です。

 ので、次回作ではニューペンネームで会いましょう。

 まあ滝神は変わらないので間違うこともないと思いますが。

 執筆状況は活動報告やツイッターなどにちょくちょく載せるので、気が向いたら覗きに来てください。

 名残惜しいですが、今回はこれにて。



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 応援メッセージも募集しています。

『感想書くのは難しい』という方、気楽に考えて大丈夫です。

 立派な感想や素晴らしい感想を書く必要は全然ありません。

 究極的には『どのシーンが好き』とか、『どのキャラが好き』とか、『面白かった』の一言でも受け取る側は絶対喜びますよ。

 そうすることによって作品が双方向になり、互いにwin-winです。あなたの推しキャラや好きなシーンを教えて下さい。

 ではでは。



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