第28話 ウチのペット達は、無双だから

 声には力がある。

 遠くの相手の鼓膜を震わせる。

 それは発声者の存在を知らせる、圧だ。

 虎の唸り声を聞けば震え上がるし、子猫の鳴き声なら頬が緩んでしまうだろう。

 セリーナの発した圧はモンスターにどう知覚されたのか。

 仲間だと思わせたのか。

 春太がセリーナの所にやってくると、周囲はおびただしい量のモンスターに囲まれていた。


 セリーナの傍らには大きなクリスタルが横たわっていた。

 春太は大食い袋から蘇生薬を取り出す。

「俺のために蘇生薬を使ってくれたんだよな。そのせいで食費を圧迫しちまったんだろ」

 クリスタルの中で眠るマキンリアに語り掛ける。俺に蘇生薬を使ってくれた次の日、彼女は間食を抜いたと言っていなかったか。きっと蘇生薬を買い直したために食事を制限するハメになってしまったのだ。あれだけ食いしん坊なのに、まったく……

 彼女は目を閉じ、静かに眠っていた。

 蘇生薬は目薬型の容器だ。

 春太は容器の蓋を開け、中身を垂らした。

 クリスタルが発光し、どんどん溶けてゆく。

 マキンリアはクリスタルから解放され、脈動を再開させた。

 胸が上下するのを見て安堵を覚える。

 彼女はすぐに目を覚ました。

「あれ……シュンたん? どうしてここに……」

 ここで『助けに来た』と言うのも芸が無い。

 そう考え春太は助けに来たヒーローらしく決め台詞を吐いた。


「俺はどこにでも現れるさ」


「…………ストーカーだったの?」

「…………助けに来たんだよ」

 言葉選びに失敗すると思わぬ濡れ衣を着せられてしまうようだ。

 結局無難な言葉に落ち着いた。

「よくここが分かっ」


 ズズウウンッ!


 突発的な揺れが起きて春太は尻もちをついた。

 どうやらボスが揺れを起こしたようだ。

 マキンリアはようやく周囲の状況に気付いたのか、目を見開いた。

「何あれ、『ラオダルカ』じゃない! 滅茶苦茶強いボスだよ! しかも子分モンスターにしては、この数多過ぎない?!」

 改めて見てみると、周囲はモンスターだらけだった。

 瓦礫の上も下もゴブリン、ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン。

 群れて獲物を見据えるジャッカル、ジャッカル、ジャッカル。

 ボスを取り巻く石人間。

 そして、石巨人ラオダルカ。

 ぐるりと視線を一周させても切れ目なく包囲網が出来上がってしまっている。

 何十匹じゃ済まない、これはもう一桁多い。

「遺跡のモンスター全てが集まってきているんじゃないか……?」

 そうとしか思えなかった。

 セリーナの遠吠えが、これだけのモンスターを集めてしまったのだ。

 ここでモンスターの気持ちが分かった。

 ゴブリンも、ジャッカルも、落ち着かない様子でセリーナを見ている。

 ラオダルカも気が立っているようだが、注目しているのはセリーナだ。

 どのモンスターも恐れているのだ。

 遠吠えの主を。

 声の圧からその強さを感じ取ったのだ。

 だから遠巻きにしながら、まだ攻撃してこないのだ。


「シュンたん……これってヤバくない?」

 顔を青くするマキンリアに、春太は安心させるように言った。

「いや……ヤバくない」

 どれだけ数がいても問題ない。

 これはお散歩だ。

 この子達にとっては、お散歩なのだ。


 ラオダルカが遂に心を決めたようで、前に足を踏み出した。

 それを合図に他のモンスター達も一斉に声を上げて駆け出す。

 包囲網を狭めてそのまま押し潰してしまおうというように。

 合戦のようにモンスター達の鬨の声が轟く。

 春太はチーちゃん、プーミン、セリーナと目を合わせて頷く。

 そして、自信を持って、言った。


「ウチのペット達は、無双だから」


 セリーナがロケットスタートでゴブリンの群れに突っ込んでいく。

 チーちゃんが炎の波を作り出す。

 プーミンが雷を迸らせる。


 セリーナがタックルで弾き飛ばしたゴブリンが後ろのゴブリンにぶつかり、それが更に後ろのゴブリンにぶつかり、更に後ろのゴブリンにも……と連鎖が起こる。

「アッ!」「ガッ!」「ギャッ!」「グゲッ!」


 炎の波に呑まれゴブリンやジャッカルが悲鳴を上げる。

「ギャヒイッ!」「ギャンッ!」「ワヂャアッ!」「ゲガアッ!」


 雷が無数に枝分かれしてゴブリンや石人間を屠っていく。

「ピギャッ!」「アギャッ!」「ギャッ!」「ガッ!」


 2000、3000、4000というダメージが花火のクライマックスのように咲き乱れる。

 あっちを見てもこっちを見てもダメージ表示だらけ。

 大金をはたいてゴージャスなショーを間近で見せてもらっているかのようだった。

 攻撃の手が緩められることは無い。

 音と光のショーは続き、空は昇天していく天使たちで埋め尽くされた。


 最後に残ったラオダルカが炎の柱に包まれる。

 1949のダメージ。

 今度は雷球が直撃、激しいスパークに塗りつぶされる。

 1992のダメージ。

 だがまだ倒れない。

 魔法への耐性が高いのか、これまでよりも与えるダメージが低い。

 ラオダルカの体色が黒くなり、関節などの継ぎ目から赤い光が漏れ出てくる。

 HPが減ったことによる怒りモードだ。

「ゴオオオウッ!」

 大きな体を揺すり、肩を前に出して突進開始。

 それを迎え撃つのはセリーナ。

 5mはあろうかという黒い石巨人と。

 60~70cmの純白の犬。

 両者が真正面から。

 ぶつかる!

 トラックが衝突したかと思うような音を撒き散らし。


 ラオダルカが大きく仰け反り弾き飛ばされた!


 石の巨体が跡を残しながら後方へ滑っていく。

 大きな石の足が地面を滑っていく際、接地面には激しい音を立て火花が散っていた。

 4416のダメージ。


 一方、セリーナが受けたダメージは。

 2。


 ラオダルカは堪えたかに見えたが、支えを失ったようにボロボロと崩れ落ちた。

 討伐、完了!


「ね、大丈夫でしょ?」

 当然の結果だとばかりに春太は得意顔になる。

 マキンリアは開いた口が塞がらない様子だった。

「強過ぎる……なにこれ……」

 まだ分かっていなかったようだな、教えてやろうと春太はキザな口調で言った。


「俺達は三本の矢だ。一本でも折れない矢が二本になればもっと折れない。三本になれば、折ろうとした奴の方が、折られるのさ……」


「……それって、シュンたんの矢はどこにあるの?」

「俺は………………透明な矢だ」

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