第27話 適材適所

 姉というものは可愛い弟の言うことを聞くものだ。

 だからセリーナが憮然とした表情をしているのもポーズだ。

『仕方ないわねえ』と言っているのである。

 そう都合よく解釈しようとしたら、セリーナが低くうなったので春太は慌てて訂正する。

『何で私だけ……』が本当の彼女の気持ちである。


「だってチーちゃんもプーミンも複雑なこと言っても分かってくれないし!」

 春太は必死に弁明する。

 試しにチーちゃんとプーミンに「マキンリアを見付けてきてって言ったら分かる?」と訊いたら二頭とも首を傾げてしまった。だが首を傾げるのも可愛い……ってそんな場合じゃない。

 複雑な内容を理解できるのはセリーナだけなのだ。

「時間が無いから頼むよぉ~! お願い! 後で首筋マッサージ増量するから!」

 セリーナは首筋を撫でる、というか掻いてあげると喜ぶ。犬がよく後ろ足で掻く場所だ。人間に掻いてもらうと自分で掻く手間が省けるので嬉しいのかもしれない。これを毎日やってあげているが、増量するとなればかなりの好条件……だと思う。

 そんな取引が通じたのかは不明だが、セリーナは溜息をついて遺跡の奥へ走り出した。

 颯爽と純白の毛を揺らす姿はいつ見ても惚れ惚れするものだった。


 残された春太達もここで突っ立っているわけにはいかない。

「俺達もぼちぼち行こうか。モンスターが強いっていうから慎重にね」

 セリーナの走って行った方に進み始める。

 巨岩の瓦礫があちこちに散乱しているので視界が悪い。モンスターが物陰に隠れて待ち伏せしているんじゃないか……?

 と思った矢先に物陰から何かが飛び出してきた。

 緑色の体。

 小学生くらいの背丈。

 大きな耳。

 下卑た笑み。

 これはゴブリンだ。ゲームでよく見かけるゴブリンじゃないか!

「グキイイッ!」

 ショートソードを装備したゴブリンが奇襲を仕掛けてくる。

「わっちょっ……」

 春太は物陰から何かが飛び出てきたというだけで驚いてしまい、対処が遅れてしまう。

 だが犬や猫は反応速度が速いものだ。

 チーちゃんが吠えながら走り、ゴブリンの足に噛みついた。

「グエッ!」

 ゴブリンはカエルみたいな声を上げてひっくり返った。

 2765のダメージが出ていた。


 ゴブリンのドロップアイテムを回収。

 何かの紐とか錆びたコインだった。

 最初は不覚をとってしまったが、次からはきちんと対処できるようにしよう。心の準備って大事。

 春太は弓をすぐ構えられるように持って歩くことにした。

 少し進むと八人組のパーティーと出会う。

 前衛職と後衛職がバランスよく配置された、上昇志向が感じられるパーティだ。

 ゴブリン八匹に囲まれながらも難なく戦闘を繰り広げている。

「白い犬来ませんでしたかー?」

 春太が大声で尋ねるとパーティーメンバーの騎士が答えた。

「さっき通ったよ!」

「どっち行ったか分かりますー?」

「あっち!」

 騎士が指で示してくれた。

 春太は礼を言ってその場を離れる。

 騎士は最初笑顔で手を振っていたが、春太が単独で行動しているのを見て驚きを見せた。

 この遺跡を一人でうろつくことは、つまりはそういうことらしい。

 ペットがいるので春太は単独のつもりは無いのだが。


 歩を進めていると度々ゴブリンが現れる。

 物陰から突進してくるのがいたり。

 巨岩の上から弓矢で狙ってくるのもいたり。

 石を投げてくるのもいた。

 春太は応戦してみたが、モンスターが強いというのがよく分かった。

 こちらから与えることができるダメージは10がいいところだが、食らうダメージは25と大きい。

 これでは一匹倒すのも一苦労なので、チーちゃんとプーミンに全て倒してもらった。

 ペットは戦闘係、春太は買ってきた回復薬を飲む係だ。

「これを適材適所という……!」

 無駄にカッコつけて春太はニヤリとした。


 更に進んでいくと、ワーワー人の声がしてきた。

 沢山の人の声だ。

 しかもドオンドオンと重い音も断続的に響いている。

 何だろうか。

 歩いていると背の高い障害物や背の低い障害物もある。

 背の低い障害物からは遠くが見えたが、石の巨人が暴れまわっているようだった。

 近付いていくと、十人パーティーが石の巨人と戦っていた。

 石の巨人には子分モンスターも沢山いるので、ボスモンスターなのかもしれない。

 このパーティーは子分モンスターの石人間を徐々に倒していき、攻勢を強めていた。

 大盾を装備した騎士がボスを食い止め、神官が回復魔法を連打。

 戦士や盗賊が子分達に攻撃を仕掛け、その後ろから弓士や魔法士が遠距離攻撃で支援。

 リーダーは神官で、常に全員に目を配りながら指揮をしていた。

「ハッさんはそのまま目の前の石人間に集中して! ヨーさんは奥の奴を攻撃、げっくんはいったん下がって回復! 気を抜くなよ!」

 本格的なボス狩りパーティーか。

 このままボスを倒すところまで行くのではないか。

 だがそうもいかなかった。

 パーティーの背後からジャッカルが襲ってくる。

 ジャッカルは群れをなしてパーティーの後衛に飛びかかっていく。

 後衛は近接戦闘が苦手だ。

 リーダーの指示で前衛の何人かを呼び戻す。

 しかしボスがそこでスキルを発動してしまった。

 巨体が大きくジャンプして着地、周囲に振動が巻き起こる。

 パーティーの半分くらいが尻もちをつき、その隙に後衛職が三人もジャッカルに倒されてしまった。

 人数が減るとパーティーは一気に全滅の危険性が出てくる。

 戦士も倒され、大盾の騎士も力尽きた。

 もはやボスを止める者も無し。

 一方的な殲滅が始まった。

 その時だ。


 ウオオオオオオオオオオオオオオオォン……


 チーちゃんとプーミン、春太が反応し、声のする方に振り向く。

 それだけではない。

 ジャッカルや石人間、石巨人までもがピタリと攻撃の手を止めて振り向いた。

 セリーナの遠吠えだ。

「見付けたか!」

 春太は喜色を浮かべ、駆け出した。

 それをチーちゃんとプーミンが付いていく。

 更にその後ろにジャッカル、石人間、石巨人も追いかけていった。

 後に残されたパーティーの者達は茫然としていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る