第24話 魔法だ

 石畳を蹴り、街を往く。

 二人の靴音。

 ペット達は本来チャッチャッと爪の音を立てて走るのだが、靴下を装備しているので無音だ。

 チーちゃんとプーミンは普通に走っているが、セリーナだけは早歩きといった感じで楽に付いてきていた。


 ノールトが走りながら左手をグーにし、何かを念じてからパッと開いた。

 するとその手の平の上に、スマートフォン大の画面が現れたではないか。

 春太は不思議に思い、尋ねてみた。

「それは何?」

「電話という」

「電話?!」

 なぜこの世界に電話があるのだ。

 そんな春太の反応を『何も知らないのか』と受け取ったのか、ノールトは得意そうに説明し始めた。

「これは人を登録しておけば、遠方にいる相手とも話すことができる優れものだ。しかも相手の顔を見て話すこともできるんだぞ」

 得意げに語られてもそれは知っている。

 春太は顔を引きつらせながら訊いてみた。

「そ、そうなんだあ……! それってどういう仕組みになってるの?」

「魔法だ」

 ノールトは何の迷いもなく言い放った。

 魔法とはそれで全てが解決できるジョーカーである。

 魔法と言われたらそれで納得するしかない。

 妙なところでハイテクな世界だなどと春太が思っていると、ノールトは手元の画面をスワイプしたりタップしたりしていた。

 中世ファンタジーな世界でタッチ画面を操る現地民……異様だ。

「駄目だな、やはりマッキーには繋がらない。せめて応答してくれればもう少し安心できるんだけど」

 ノールトは諦めたようだった。

 彼が手を振ると画面が消える。

 街の門を出てプラッケ山に急いだ。


 結果から言うと、プラッケ山では見付からなかった。

 春太とノールトは駆け足で山を登り、裏側の斜面へ回ってみたが、いくら捜してもマキンリアの姿は無い。

 通行人にも尋ねてみたが、それらしい情報は無かった。

 ノールト情報によると、マキンリアはプラッケ山にかなり長い期間来ているからみんなに顔も知られている。

 だから他の冒険者達がマキンリアを見ていないというのなら、彼女は本当に来ていないのだろう。

 プラッケ山の捜索は打ち切りとなった。


 では、彼女はどこにいるのか?

 春太もノールトも難しい顔をしてモルチェッロに戻ってくる。

 テンリン達が見付けているのではないか、という一縷の望みをかけて店内に入った。

 だがテンリンから発せられたのは。

「そっちはいた?」

 どうやら彼女も春太達に望みをかけていたらしい。

 春太とノールトが首を振ると、そんな……とテンリンは肩を落とした。

 一同の不安が高まってくる。

「いったいどこに行ったんだ……」

 ノールトが顎に手を当ててそう言うと、テンリンが深刻な表情で続く。

「やっぱり、誘拐されたんじゃ……」

 こうなっては警察に届けるのが常だが、ここに警察はあるのだろうかと春太は考えを巡らす。

 そこへ異を唱えたのはシーダスだった。

「冷静になれ。誘拐なら犯人が何も要求してこないのはおかしいだろ」

「じゃあどこにいるって言うの!」

 テンリンが苛立たし気に言うとシーダスはそんなこと知るか、と顔を背ける。

 もやもやした空気。

 それを払ったのはコーニーだった。

「私はやっぱり、冒険だと思うけど」

「でもプラッケ山にはいなかったぞ」

 ノールトが言うと、コーニーは首を振った。

「セマレンク湖かもしれないし。もう一度街での聞き込みをおさらいしよ?」

 その提案にみんなは乗った。

 情報の整理は大切だ。

 また、情報を整理することで心を落ち着かせたいというのもあった。


 テンリン達は街で捜索するのと同時に聞き込みもしていた。

 まずオルカおばさんは朝早くにマキンリアがぽかぽか亭を出ていくのを見送っている。

 街の中央広場で朝早くから露店を出していた冒険者が、マキンリアが近くの露店で回復アイテムを買っているのを見かけたという。

 行商が『そんなような子を南の大通りで見かけた気がする』と言っていた。

 運送屋が『石材店の辺りで見た』と言っていた。

 酔っぱらった壮年男性が『古書店前のベンチで目覚めた時見た気がする』と言っていた。

 あやふやな情報も多い。

 だが、そこには共通点があった。

 南である。

 石材店は中央広場のやや南にある。

 古書店はそこより更に南。

 行商が見たと証言しているのも南。

 中央広場で買い物をした後、マキンリアは大通りを南へ行ったのか。

「南なんてデラゼリオン遺跡しかないのにねえ」

 テンリンがそう呟いた。

 デラゼリオン遺跡。

 春太は思い出す。それは昨日教えてもらった狩場じゃなかったか。セマレンク湖より高レベルの狩場。でも敵が強いからかなり難易度が高いという……

 テンリンの口調は『そんなハイレベルな狩場に行くはずがない』とハナから除外している感じだった。

 だがコーニーはそこに可能性を見出したようだった。

「そこかもしれない……」

「ちょっとコーニー、そんなわけないでしょ? デラゼリオン遺跡なんて親の同意無しでは行けない。危険過ぎるからやめておけって先生にも言われてるじゃない」

 テンリンに強く言われながらも、コーニーはもごもごと意味深なことを言った。

「でも、シュンたんの言っていることが本当なら……」

 自分の名前が突然出てきたことに春太は驚く。えっ俺……? 俺何か言ったっけ?

 少し記憶を遡ってみると、思い当たることがあった。

 マキンリアはさわやかグラデーションの糸を集めている。

 まさか……と思いつつ春太は質問した。

「ねえ、さわやかグラデーションの糸が一番出やすい狩場って……」

 コーニーは頷く。

「そう、デラゼリオン遺跡だよ」

 場が凍り付く。

 春太はデラゼリオン遺跡がどんなところかまだ知らない。

 しかしみんなの反応を見て、ヤバイ所なのだということだけはひしひしと伝わってきた。

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