第25話 俺のせいかもしれない
『そんなわけないだろ』という言葉は、時に『そう思いたい』という願望を含んでいる。
選択肢が四つあったとして、『良い・普通・悪い・最悪』なら誰しも良いものを選びたいものだ。
次点で普通、まあ人生そううまくいくものでもないから悪いケースも想像しておこう。
だが最悪だけは嫌だ。
それが人間心理というものである。
デラゼリオン遺跡とは、つまりみんなにとって最悪だったらしい。
あまり良い空気でないことはペット達も勘づくようで、セリーナ・チーちゃん・プーミンはきれいに並び、固唾を呑んでテーブルを見守っていた。
「あり得ないだろう、あそこは俺達のレベルで行くような所じゃない」
ノールトが信じられないといった表情で言う。
「ないない、いいとこセマレンク湖だろ」
シーダスも何をばかな、といった調子だ。
言い辛そうにしながらもコーニーは反論した。
「でも、今日しかないから……今日だけで一気に集めようとして……」
「にしても無謀過ぎるでしょ……!」
責めるような口調になってしまったのはテンリン。
その圧でコーニーが委縮してしまい、テンリンはそんなつもりじゃなかったという風に目を背ける。
シーダスが面倒臭そうに持論を展開した。
「仮に、だ。あいつがさわやかグラデーションの糸を集めているとして。それでもデラゼリオン遺跡に行くとは考えられない。死ぬ危険を冒してまですることじゃない。それに……あと7個も集めなきゃならないんだろ? デラゼリオン遺跡だって一日でそんなに出るものじゃない。ボスでも倒せば幾つかは出るんだろうけど、ザコじゃ中々出ない。他の狩場よりはマシってだけだ」
「そうだよな。シーダスの言う通りだと思うぞ」
後押しするようにシーダスが納得を見せる。
コーニーが助けを求めるように春太に目を向けてきた。
議論の流れは劣勢だ。
候補は二つ。
デラゼリオン遺跡か。
セマレンク湖。
春太もコーニーを支持している。たぶんマッキーが行ったのはデラゼリオン遺跡だ。シーダスの言っていることはもっともなことに聴こえる。でもやっぱりデラゼリオン遺跡なんじゃないかと思うんだよなあ。
昨日の夜、マキンリアは平気そうにしていた。
それは、一見すると諦めがついたように見えてしまう。だが今までのあの娘のことを思い出してみろ。ぽかぽか亭で夕食の時、オルカおばさんに祭は出ないと話していた。その時も平然と話していたじゃないか。笑顔の裏に泣き顔があるんだよ、あいつは……
うまく言葉が纏まらないながらも春太はコーニーの援護に回った。
「理屈じゃそうかもしれないけど……でも、理屈じゃないんだよ。今日しかない、今日しかないんだって思いつめたら、少しでも可能性の高いところに賭けるものだと思う」
「可能性っつったって、リスクが高すぎるだろうがよ。何でそこまでする必要がある?」
シーダスの反論に春太は一瞬躊躇いが生じる。
少ししてから、歯切れ悪く言葉を絞り出した。
「俺のせいかもしれないんだ……」
「は?」
「俺は昨日、マッキーにさわやかグラデーションの糸をあげようとしたんだ。たまたま出たからさ。そうしたら『本当にいいから』って断られた。その後全然さわやかグラデーションの糸なんて気にしていない風だったんだけど、もしかしたら……それで『何が何でも自力で集めなきゃ』っていう気持ちにさせてしまったのかもしれない」
「そりゃ考え過ぎだろ」
「でもさ、マッキーは最初、諦めていたのかもしれない。でもそこで俺が例のアイテムを見せたことによって、再燃してしまったのかもしれないじゃないか。みんなは無い? 欲しいものを我慢してたけど、ひょんなことからやっぱり欲しくなっちゃうこと」
春太は多くのものが手に入る環境にあったが、手に入らないものもあった。
それは才能だ。
走る才能が欲しかった。
セリーナは散歩の時、いつも春太に合わせてくれる。
もし速く走れたなら、セリーナを全力で走らせてやることができるのに。
でもそれは諦めるしかない、そう思っていた。
だがある日、従兄の
彼は犬の散歩がしてみたいと言った。
それなら賢いセリーナが初心者には良いだろうと思い、セリーナの散歩を担当してもらったのだ。
そうしたらどういうことか。
阿蓮が『うっしゃー走るぞ!』なんて言って走り、セリーナも楽しそうに走り出したのだ。
セリーナは阿蓮の運動能力が高いと見るや、本気を出した。
彼女が本気で走ると阿蓮も引っ張られていたが、それでも『おもしれー!』なんて言ってくらいついていく。
散歩から帰ってきた時のセリーナは大満足したようで、晴れやかな顔をしていた。
春太はその時の嫉妬の炎を忘れられない。セリーナはあんな顔、俺にも見せたこと無いのに! キイィ悔しいっ!
その後すぐに春太は川沿いで走り込みを開始したのだ。
結局一カ月も続かなかったが、とにかく阿蓮のせいで諦めていたものが再燃したことは事実である。
シーダスがううむと考える。
テンリンもノールトも思い当たる節があるのか、下を向いた。意外にみんな何かを抱えているのだろうか……
議論の流れが変わった。
「デラゼリオン遺跡は無茶で無謀なのかもしれない。でも、そこが見えなくなるほど強い思いに突き動かされたのだとしたら、あり得るよ……」
春太がそう言い、コーニーが支援するように言葉を紡いだ。
「最後……だからかもしれない。もう私達、中学三年じゃない。今回で中学最後の収穫祭なんだよ。卒業したら離れ離れになっちゃうかもしれない。それが今日で全て決まってしまうとしたら……必死になるかもしれないよ」
流れは完全にデラゼリオン遺跡の方向になる。
可能性が完全に排除されていた候補が、有力な選択肢に返り咲いたのだ。
そしてそれは、みんなに多大な重圧を強いるものだった。
「仮に、デラゼリオン遺跡に行ったとして……そこで死んで誰にも見付けてもらえなかったらさ……」
テンリンが怪談話を怖がるように言う。
それにノールトが続く。
「仮死亡から六時間で本死亡だ。それまでに誰かに見付けてもらえないと……なあ、マッキーは朝いつぐらいから行ったんだ?」
「学校が始まる前から行ってたとしたら……七時~八時くらい?」
コーニーが店内の時計を見ながら呟く。
一同が時計を見て計算した。
もし七時開始であれば、十三時で六時間経過となる。
時計は既に、十一時三十分を示していた。
ある者は唾を呑み、ある者は血の気が引いて視線を震わせた。
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