第23話 ネス湖のアレ
また次の朝を迎えた。
春太が寝ぼけたままチーちゃんをベッドの下から抱き上げると、チーちゃんが顔をなめてきた。
「んー……チーちゃん……ネス湖のアレはチーちゃんだったのね……」
ムニャムニャ言いながら春太はそのまま二度寝してしまった。
そのため朝はかなりゆっくりだった。犬の毛並みとぬくもりを感じながらまどろむのは最高の贅沢ではないだろうか。
ぽかぽか亭を出ると街は静かだった。
沢山の荷物を荷車で運ぶ人、住宅の修繕をしている人、悠々自適な老後を過ごしている人しか見かけない。
朝遅くなってしまったため、冒険者はもう行くところへ行ってしまった後なのだろう。
それに、歩いていると学校も見かける。
子供たちは学校へ行っているのだ。
大人たちはどうしているだろうか。
工場も見かけた。
そこでは人の出入りがあった時にちらっと中が見えたが、鎧を作っているようだった。
この世界では家電製品を作る代わりに武具を作っているらしい。
こうした人々の生活が見えてきたのも、心の余裕が出てきたからだろう。
最初は何も分からず、ただ目の前のことをこなすだけだった。そんな状態で街の細部まで目がいくことは難しい。
弁当屋モルチェッロに到着。
ここはいいにおいが充満しているのでチーちゃんのテンションがすぐ上がってしまう。
それをセリーナがあやし、プーミンは毛づくろいを始めた。
今日はカウンターに立っていたのは垂れ目のお婆さんだった。コーニーは学校へ行っているのだろう。
だが店内に設置されているテーブルセットを見ると、コーニーがそこにいるではないか。
しかもコーニーだけではない。
シーダスもノールトも、テンリンもいるのだ。
今日は学校が休みなのだろうか。でも途中で見てきた学校には普通に人気があった。元いた世界では開校記念日だと自分の学校だけ休みだったけど、そういうやつとか?
四人はそわそわしながら話していて、春太に気付くとテンリンが立ち上がる。
「あ、シュンたん! 大変! 大変なの!」
彼女の声は焦りを帯びているようだった。
「どうしたの?」
春太が尋ねると、彼女が話し出す。
「マッキーが学校に来てないの! 授業が始まっても来ないからオルカおばさんに連絡してみたんだけど、『今日は早めに家を出たんだよ』って言われてさ、みんなでエーッてなって! それでみんなで周辺を捜してみたけどいないのよ!」
「えっ……?!」
春太は頭が追い付かず絶句してしまう。
マキンリアがいなくなった。
オルカおばさんによると、朝早くにぽかぽか亭を出た。
ということは。
「え、それって行方不明なんじゃ……?」
やっとのことで春太は理解が追い付いた。
「だからそうなの! 大変なの!」
「そりゃ……大変だ!」
飛び火したように春太も焦り始める。誘拐とか、そういう事件に巻き込まれたりしていないだろうか。無事でいるのか。
ノールトがテーブルに目を落とし、難しい顔をする。
「付近は捜してみたんだけどな。もっと捜索範囲を広げるか?」
「いや、あいつのことだから冒険にでも行ってるんじゃねーの?」
頭の後ろで手を組んでそう言うのはシーダス。
コーニーがその意見に頷いた。
「んー多分冒険だと思うけど。でも……学校休んでまで行ったことなかったよね、これまでは」
春太はさわやかグラデーションの糸を思い浮かべた。まさか、あれを集めに……?
彼女は昨日、13個持っていると言っていた。
残りの個数を、一気に集めるつもりなのか。
だが、残り期間は何日なのか。
「収穫祭まで、あと何日だっけ?」
『明日だよ』
テンリン達は口を揃えて言った。
日にちをよく分かっていないのはこの世界に来たばかりの春太だけだ。
だが、これで分かった。
やはり、アイテムを集めに行ったのだろう。
今日しかないから、学校を休んででも行ったのだ。
少しでも狩りの時間を長くするために。
春太は考えを話した。
マキンリアが収穫祭に出るため、さわやかグラデーションの糸を集めていること。
そのアイテムが13個集まっていること。
今日はラストスパートでアイテム集めに行ったのではないかということ。
だが、みんなの反応は鈍かった。
「え、マッキーが収穫祭に出ようとしてたの?」
テンリンが目をぱちぱちさせる。
そこへノールトが続いた。
「冒険を優先するから出ないって言っていたんだけどな」
「大方、レベルが上がりそうなんで学校休んで冒険行っただけじゃねーの?」
シーダスもこんな調子。
なんてことだ、と春太は頭痛のする思いがした。そうか、みんなにとってマッキーは食いしん坊で冒険好きなだけだ。
あの笑顔だ。
マキンリアがあの屈託のない笑顔で語るから、みんな騙される。
既にみんなによるマキンリア像は固定化されていて、強固になっている。それをちょっと俺が何かを言ったからといって、変えられはしないのだ。俺は単純に、マッキーが服屋で民族衣装を欲しそうにしているのをこの目で見たから分かっているだけで。いや、もっと言えば、俺が彼女と過ごした時間が少ないからこそ、かもしれない。みんなはマッキーと過ごした時間が長いから、その分イメージが固定化されてしまっているのだ。
自分の見ている世界とみんなの見ている世界が違う。
それがたまらなくもどかしい。何でだ、何で共有できないんだ。
体験と説明では、両者に断崖の上と下ほどの差がある。
春太がいくら時間を費やして説明したところで、視界が同じになることはない。
だが、一人だけ、意外な反応を見せた者がいた。
「私は……あり得ると思う」
コーニーだ。
彼女は異端を明かすように、恐る恐る言葉を続けた。
「何だかんだで本当は収穫祭に出たいんじゃないのかなって、そう思ってた。だって、マッキーは学校行事は休んだことないもん。文化祭は午前の部が終わったら午後は帰っても良いってことになってた。でもあの娘は最後まで手伝ってくれたよ。冒険よりも文化祭を選んだ。その時、あの娘は確かに『あたしお祭り好きだから!』って言ってたんだよ」
すると場の空気が僅かに動いた。
テンリン、ノールト、シーダスは釈然としないながらも『絶対ないわけじゃないかも』という顔になった。
そこでノールトが提案する。
「まあよく分からないけど、冒険に行っている可能性が高いのに変わりはない。プラッケ山を見に行ってみるか?」
周囲から脳筋と評されるだけあって行動に移すのが早い。
それはこの場ではありがたかった。ここでうだうだ考えていても見付かるわけではない。
ノールトの作り出した流れを後押しするために春太は頷いた。
「俺が会ったのはプラッケ山の裏側だ。あそこによく行っているんじゃないかな」
これで流れは決まったようだ。
「じゃあノールトとシュンたんはプラッケ山を捜してみて。ウチらはもう一回この付近を捜してみる!」
テンリンが司令塔となって指示を出す。
仕切りたがりと周りから言われているが、こうした者がいた方が纏まりが出るようだ。
一同は頷き、モルチェッロを出ていった。
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